偽フィリピン将軍
重巡洋艦オーガスタを旗艦とする艦隊は、再編成のただなかにあった。
完成したばかりの新型駆逐艦が加わり、重巡三隻、駆逐艦九隻を擁する艦隊へ整備された。
そして、アジア艦隊に配属されるために向かう先はフィリピン。
アメリカの植民地から独立国になろうとしている国だった。
重巡洋艦オーガスタの艦橋では、戦死したまま空席になっていた航海長に新しい将校が配属された。
カールトン・ファントン・ブライアント少佐は上海沖でマニラからの輸送船を護衛中に被弾、動けなくなった所を鹵獲されてしまった駆逐艦スチュワートの艦長を務めていた。
それから部下と共に、十か月ものあいだ捕虜となっていた。
戦争が終わるとすぐに開放され、アメリカに帰ってきたが、周囲の目は冷たく、扱いは悪かった。
それでも見捨てられなかったのは、深刻な将校不足だったからだ。
マニラを母港とするアジア艦隊に所属し、フィリピン方面の海域にもマニラ港にも土地勘がある。航海長の欠員を埋めるには、ちょうどよい人材だった。
オーガスタに「客」が乗り込んできたのは、ブライアント少佐が着任して間もない頃だった。
「フィリピンまで送れ」との命令書を持参していた。
その男は、どこか場違いなほどぎこちない英語で名乗った。
「レオナルド・レイエス・ムタグチ。フィリピン陸軍少将」
リチャードソン少将は、相手を一瞥しただけで、さして興味を示さなかった。東洋人はだいたい似たようなものに見えるし、植民地軍の将官などどうでもよかった。
だが、ブライアント少佐は違った。
アジア艦隊所属でマニラを母港にしていた彼は簡単なタガログ語ぐらいは話せるし、フィリピン人を見慣れていた。目の前の男には、何か説明しがたい不自然さがあった。
試しに、ブライアントは軽い調子でタガログ語の挨拶を投げた。
「マガンダン・ハーポン」
フィリピンで使われているタガログ語で「こんにちは」の意である。
通じないみたいだ。
牟田口廉也いや、レオナルド・レイエス・ムタグチ少将は、内心で舌打ちした。
英語ならなんとかなる。だがタガログ語なんて習った事が無く、フィリピンに行ったことすらない。ルーズベルト大統領が用意してくれた肩書きだけが頼りで、薄氷の上を歩くようなものだった。
彼は曖昧に笑い、聞き取れなかったふりをして、崩れた英語で応じた。
それで押し切るしかなかった。
リチャードソンは、陸軍少将だというのに副官も従兵もおらず、荷物も少ないその男を見て、妙だとは思ったが、植民地軍にすぎないフィリピン軍など、その程度なのかと思って、それ以上考えなかった。
一応は将官だから将校室の一つを与え、食事を運ばせる。
それで十分だと思った。
当時のフィリピン軍は、独立へ向けた体裁をようやく整え始めたばかりの未熟な組織に過ぎない。将校は現地の治安維持を行う警察軍出身者とアメリカ軍で教育を受けた者が混在し、制度そのものが定まっていなかった。大統領の一存で経歴の怪しい少将を一人ねじ込むくらい、たやすい事だった。
問題は、嘘を現場で誤魔化しきれるかどうかだった。
アメリカの植民地軍だけに、使っている軍事用語はアメリカ式だし、将校同士なら英語で話が出来る。
牟田口はアメリカの情報部から最低限の講義を受けていた。もしタガログ語ができないことを怪しまれたら、ルソン島北部の少数民族出身だと言い張れと教え込まれていた。イフガオ語を母語とする人間で、アメリカ育ち。そういうことにしておけば、タガログ語の不自由も、多少は説明がつく。
もちろん、説明がつくだけだ。
周囲から信用されるかどうかは別問題だ。
牟田口は航海中、狭い船室にこもってアメリカ軍の軍事用語を自習し、タガログ語の勉強をした。軍人として勤務が始まれば誤魔化しきれるか不安だった。
アメリカで生まれ育ったアメリカ陸軍士官学校を出たフィリピン人の将官。
そんな人間を演じるには、彼の素地はあまりにも貧弱だった。
だが、それ以上に苦しかったのは、孤立だった。
アメリカ政府は少将の身分を与えただけで、あとは放置されている。事情を共有する人間が誰もいない。敵地へ単身で放り込まれるスパイと同じだ。将官の階級章だけは立派でも、その実態は、肩書ひとつで漂流する亡命者に過ぎなかった。
せめて、一人でも事情を知ったうえで自分に協力してくれる人間が欲しい。
三週間後、艦隊は横浜へ寄港した。
牟田口にとっては、もっとも近づいてはならない場所だった。国内では指名手配されている。港で顔を見られれば、すべてが終わる。彼は上陸など論外で船の窓越しに埠頭の様子をうかがうしかなかった。
埠頭にはリチャードソン少将を歓迎するため、日本海軍の儀仗隊が整列していた。軍楽隊の金管が鳴り響き、小銃が捧げられた。
リチャードソン少将は日米融和を象徴する軍人らしく、日本に寄港したのも日米友好のためらしい。
牟田口はその華やかさを、暗い船内からじっと見つめていた。
翌日、リチャードソン少将とブライアント少佐が、一人の日本人を伴って帰艦した。
牟田口は反射的に物陰へ身を引いた。日本人だと悟られる危険を避けるためでもあり、同時に、その男の立ち居振る舞いに異様さが見えたからでもある。
背広姿の男は軍艦に馴れた元海軍将校みたいだった。
男は「エアプレーン・エンジニアリング・コンサルタント」と自称していた、横文字の怪しい肩書は虚勢の塊だった。
アメリカ海軍少将を相手に、拙い英語で必死にまくし立て、何とか自分を売り込もうとしている。いまこの場で食らいつかなければ、二度と機会は来ない必死さが、全身から滲み出ていた。
ブライアント少佐は多少は日本語が解るらしい。捕虜生活の副産物だろうと牟田口は思った。
しばらく様子を眺めているうちに、リチャードソン少将の表情が露骨に曇っていくのがわかった。厄介な押し売りに捕まった、という顔である。日米友好の建前があるから追い払わないだけで、本心では一刻も早く追い返したいのだろう。
これは無益だと牟田口は判断した。
部屋へ戻ろうとした、その時だった。
「ムタグチ少将」
リチャードソンに呼び止められた。
牟田口を招き寄せると、日本人の男へ向き直って、いかにも面倒を押しつける時の口調で言った。
「こちらはフィリピン陸軍のレオナルド・レイエス・ムタグチ少将です。航空分野なら、発展途上のフィリピン軍でこそ力を発揮できるかもしれません」
うっとうしくて邪魔だから誰かに押しつける。
その誰かとして、たまたま牟田口が選ばれただけだった。
男はぱっと顔を上げた。
大西瀧治郎
その名を聞いた瞬間、牟田口は内心で驚いた。
日本海軍航空畑の男として、それなりの経歴の持ち主である。だが、今の大西は過去の栄光を全て失っていた。
声には焦りがある。海軍を追われ、事業も立ち上がらず、日本に居場所がない男は式典に潜り込んでアメリカ軍の将官に売り込みをかけていた。
その惨めさが、本人の言葉以上によく伝わってきた。
リチャードソン少将は「では、あとはご自由に」とでも言いたげにその場を離れた。
重巡洋艦の応接室に残されたのは、偽フィリピン将軍と、落ちぶれた元海軍将校の二人だけだった。
最初のやり取りは、ひどいものだった。
互いに英語が不得手で、意思疎通が噛み合わない。牟田口は大西を追い払うつもりだが、大西は最後の藁にすがるように食い下がる。やがて牟田口が苛立ちのあまり、うっかり日本語を洩らした。
その瞬間、大西の目の色が変わった。
「日本語が、おわかりになるのですか」
しまった、と思ったが遅い。
牟田口は即座に嘘を重ねた。
「日本人とフィリピン人の混血なのだ、多少は話せる」
大西はあっさり信じた。いや、信じたかったのだろう。この異国の軍艦の中で、日本語で話せる相手がいるというだけで、彼にとっては救いに近かった。
話を聞くうちに、事情は見えてきた。
大西は失敗を重ねて海軍を追われた。航空機会社はどこも雇ってくれず、会社を興そうにも資金は集まらず、海軍にも財界にも見放され、居場所が無かった。
外国で雇って貰えないかと、外国の将官相手に必死で自分を売り込むところまで転落していた。
牟田口は黙って相手の顔を見た。
使えるかもしれない。
フィリピンへ行けば、自分には味方が一人もいない。だがこの男なら、少なくとも日本語で話ができる。軍人として航空機に関する知識もある、落ちぶれて立場が弱い。
そうした人間に恩を売れば忠実な部下になる。
「報酬は出来高制でいいなら」
牟田口は自分の秘密を隠して、慎重に言葉を選びながら条件を出した。
大西は息を呑んだ。
それは最低以下の条件だが、自分がそこまで値崩れしていることも理解していた。彼は誇りを飲み込んだ。飲み込まなければ、生き延びられない。
「やります」
声は、かすかに震えていた。
それが居場所を見つけた安堵であることを、牟田口は見逃さなかった。
こうして、本来なら神風特別攻撃隊の創始者として歴史に刻まれるはずだった大西瀧治郎は、鞄一つを抱え、偽のフィリピン軍少将とともに南方へ向かった。




