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ヤンマー・ディーゼル博士

 ドイツのMAN社から流れ着いた技術者達は山岡内燃機株式会社の一部門として活動していた。彼らの手によって潜水艦用ディーゼルエンジンの開発が進められている。


 MAN社の開発計画は少ない予算と限られた人材をやりくりしてオットー・マイヤーが仕切っていた。

 グスタフ・ピールスティック博士は潜水艦用の高過給、高回転、四サイクル機関の開発に注力していた。

 ディーゼルエンジン固有の大きな振動が潜水艦の機密性を損なう問題は振動工学のエルンスト・レーア博士が解決案を示した。

 彼らは祖国ドイツを取り戻すために昼夜を惜しまず研究に没頭していた。


 ここで、一つの問題があった。

 彼らは日本人に偽装して活動するのが嫌だ、ドイツ人の誇りを無くしたくないと訴えた。だが、大勢のドイツ人を抱えている事は公には出来ない。

 ドイツのルドルフ・ディーゼル博士に多大な尊敬の念を抱く山岡孫吉社長は彼らの願いを尊重した。軍と話し合った末、彼ら開発チームを一人の、架空のドイツ人として扱うことにした。


 ディーゼルエンジンの発明者、ルドルフ・ディーゼル博士はすでに故人だが、息子が二人と娘が一人いた。ドイツがメチャクチャなのをいいことに四人目の息子をでっち上げた。

 MAN社が開発した特許は御雇外国人として日本で働いているヤンマー・ディーゼル博士の名義で発明されたことになった。


 そして、MAN社は山岡内燃機株式会社の子会社として独立した。架空のドイツ人、ヤンマー・ディーゼル博士が社長を務めるヤンマーディーゼル株式会社は奇妙な会社だが、肖像画家がルドルフ・ディーゼル博士の写真を元に架空の息子の肖像画を描き上げた。


 軽量小容積かつ高出力のディーゼル機関が求められた新型潜水艦にはディーゼル・エレクトリック方式が採用された。

 最大の理由は隠密性だった。耐圧殻から内部の床を浮かせる「浮き甲板構造」によってエンジンの振動が外に伝わるのを防いで静粛性を高める。

 その為には機械的な接続が存在しない方式、吸気と排気、燃料配管と電線しかない構造なら、完全に浮いた機関室を実現出来るからだ。

 シュノーケルの常時使用を前提とし、出港と入港以外は浮上しない完全な潜水艦を目指していた。


 日本が開発を進めている伊400号潜水艦は原爆を運用する制約から本来の歴史よりも巨大化を余儀なくされていた。

 基準排水量は六千トンに達するとみられている。これを走らせるには二万馬力のエンジンが必要だった。2500馬力エンジン8機で達成するしかない。

 8機のエンジンの出力を二軸のスクリューに配分する為にもディーゼル・エレクトリック方式が最適だった。


 その為には、高回転エンジンにして小型軽量にする事が必須となった。日本海軍が採用している艦本式ディーゼル1号内火機械が350回転に対して800回転まで引き上げることが要求された。

 ユンカース社が研究していた航空機用ディーゼルエンジンの技術を応用すれば実現は不可能ではなかったが、厳しい条件がついた。

 高品位燃料を前提とする。潜水艦用のD重油が新たに制定された。


 軍艦のボイラーで燃やす重油はC重油と呼ばれるかなり精製の荒い燃料だ。

 ディーゼルエンジンはA重油と呼ばれる精製度の高い、灯油に近い燃料が用いられる。A重油よりもさらに精製された高品位燃料をD重油と定義した。

 少しでも粗悪な燃料を使うと、すぐに詰まって動かなくなる上品すぎるエンジンは武人の蛮用に耐えるのかと疑問が持たれた。

 機関員はお姫様のように扱えと言われ困惑した。

 

 燃料代が航空機と大差ないとまで言われるほどになったが、大慶油田があれば大丈夫だと断言した。

 そもそも、伊400号は敵都市に核攻撃を行う戦略兵器であり、通常の哨戒や艦隊攻撃には使わない前提だ。

 今の日本は石油の一滴は血の一滴と言っていた時代とは違う、豊富な油田があると奢り、燃料費が高いことには目をつぶった。


 そして、地球一周半の航続距離はドイツ海軍にとっても必要不可欠だった。

 彼らは日本の港から出港してドイツへ向かわなければならない。しかも、途中で外国の港に寄港して補給を受けることが出来ない。

 なぜなら、ドイツ海軍は存在しないはずだからだ。


 伊400号から航空艤装を取り払い、代わりに燃料と補給物資を搭載した補給潜水艦も計画している。

 巨大化した潜水艦は不便も多いが、地球半周も隔てた祖国の為には必要不可欠だった。


 新型ディーゼルエンジンの実用化のメドがたったころ、千葉県市原市八幡海岸に新しく作られた造船所にはドイツから運び込まれた資材が積み上がっていた。

 解体されたアドミラル・グラーフ・シュペーから取り外された6門の28センチ砲が陸揚げされた。倉庫から回収した予備砲身と合わせて9門がココにあった。


 亡命ドイツ海軍は祖国から持ち出せた9門の主砲を搭載する新造戦艦の設計に着手していた。

 今度は何の制限も無く自由に設計できる。ポケット戦艦ではない、本物の戦艦を……


 そして、ドイツ海軍は工作艦も建造を進めていた。

 祖国ドイツの産業基盤はフランスによって徹底的に破壊されている。

 祖国を取り戻した直後に問題になるのは軍艦の修理や整備を行える設備が無くなっていることだ。

 離島でも造船所並みの作業が行える工作艦が必要不可欠だった。


 亡命ドイツ政府が新しく生み出した工作機械の群れを積み込まれた三隻の工作艦に名前が与えられた。


プロフェッサー・エッゲルト


ゲオルク・ベルコフ


ゾーマ・アートマ


 三隻の工作艦の名前はハンス・ドミニクの作品の中で活躍するドイツ人科学者と技術者で、架空の人物だった。

 彼らはフィクションの中で悪の秘密組織や悪の国家と戦っていた。

 ハンス・ドミニクの小説は敗戦で傷ついたドイツ国民の心を癒す願望充足小説であったが、今のドイツ人が抱く願望そのものになっていた。

 存在しないドイツ海軍の艦艇には、あえて実在しない人物の名前が与えられた。


 彼らは祖国を取り戻す準備を静かに進めていた。


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