大夢発動機
日本郵船の船となった貨客船シャルンホルストは名前を「神鷹」と改め、日本とドイツを往復していた。
ドイツから運び込まれた機材は小型の艀に積み替えられ、日本橋川を遡上して飯田町駅で列車に積み替えられた。
新しく作られた常磐新線は東京と筑波を結ぶ鉄道となっていた。
西側の小貝川と東側の桜川に囲まれた台地と平地は筑波科学研究都市と呼べるほどの規模になっていた。
筑波村は軍機の塊であり、出入りは厳しく制限されている。
小貝川と桜川を渡る橋には検問所が設けられ、一般人は通れない。
背後の筑波山の山中には鉄条網が張り巡らされ、侵入を拒んでいた。
帝都から筑波へ向かう常磐新線はホームも改札も一般とは分離され、切符がないとは入れないのは当然だが、切符は売っていない。
東京に出てきた堀越二郎は海軍省で筑波行きの切符を交付してもらった。
海軍省か陸軍省から切符の交付を受けないとホームにも入れないほどの厳重な警備だった。
列車の中もスパイが入り込まないように、車掌に偽装した憲兵が見回っていた。
筑波村で暮らすドイツ人は再起の日を夢見て、ドイツ人であることを諸外国に気付かれないように筑波村の戸籍には日本人名で登録されていた。
まるで数百年前から筑波村に住んでいた日本人のような体裁を取り繕った。
ドイツのダイムラーベンツ社はフランス政府によって解体されてしまった。農業用トラクターの名目で戦車を開発していた事がフランス政府にバレてしまい。ドイツはエンジンの付いた農業用機械すら製造を禁止され、欲しければフランスから買えと言われている。
自動車も全て禁止され、世界有数を誇っていたドイツの自動車産業は壊滅した。ドイツ人は自動車工場を破壊される前に、自分達で破壊したフリをして日本へ疎開させた。
日本も鉄くずを買い付ける名目で輸送船をかき集めてドイツから運び込んだ、今は大夢発動機という偽装名で日本企業になっている。
解体されたメッサーシュミット社は三菱の第五支局という偽装名で日独共同開発を行っていた。
筑波駅で降りた堀越二郎は、改札出口で持ち物検査から身元確認まで念入りにされてから筑波飛行場へ向かった。
ゼロ戦という暗号名を付けられてしまった堀越二郎はやっと完成した試作機の初飛行を眺めた。
空を見上げながら呟いた。
「全く別物になってしまった……」
完成した試作機は『未来からの贈り物』に描かれていた姿とは似ても似つかなかった。
水冷エンジンと20ミリ機関砲を搭載したゼロ戦は日本海軍機というよりドイツ軍機みたいで、日独混血の戦闘機になっていた。
同じ三菱の本庄技師は『未来からの贈り物』に描かれていた写真を見比べて微妙な感想を述べた。
「ゼロ戦より飛燕に似てしまったな、コイツはゼロ戦も飛ばして三式戦闘機になってないか?」
エンジンはドイツ人の協力で史実よりも強力な物が完成した。
離昇1,450馬力、2,800回転を誇る大夢601エンジンは戦闘機の性能を大幅に引き上げた。
複雑怪奇なエンジンだったが『複雑なシステムに於ける信頼性の法則』を編み出したロベルト・ルッサー博士のおかげで信頼性は劇的に向上していた。
高回転エンジンでやっかいな振動に関してはエルンスト・レーア博士と神蔵信雄博士の共同研究により解決した。
『未来からの贈り物』に日本が実用化出来なかった弱点と描かれていた「排気タービン」も実用化した。
複雑な加工を可能とする自動制御の5軸加工機と耐食性、耐熱性、耐摩耗性、極めて低い熱膨張率の全てを実現したニレジスト鋳鉄。素材から加工技術まで全てが揃った。
理想的なエンジンにより、ゼロ戦の最高速度は時速659キロに達した。元より100キロも早い。
航続距離は計画通り3350キロを達成した、しかも巡航速度が90キロも速くなったおかげで同じ距離でも作戦時間は短くなり、乗員の疲労も軽減される。
武装は機首に毎分700発を誇る20mmマウザー砲を2門搭載した、プロペラ同調装置を介して撃たれる。
主翼には武装を搭載せず、端まで燃料が詰まった主翼の形をした燃料タンクになったが、セルフシーリング機能と自動消火装置を備えている。
主翼に関しては日本側とドイツ側で要求性能が違い過ぎて揉めた。ドイツ側は航続距離の要求が過剰すぎる、半分で十分すぎると主張した。広大な太平洋と欧州では戦場の広さが違い過ぎた。
揉めた末に、主翼を簡単に交換できる構造になり。航続距離を半減させた代わりに、主翼面積を減少させた薄い主翼に機関砲を搭載した高速重火力の局地戦型が作られた。
そして、無茶を言われた主翼の折りたたみ機構は妥協の産物になった。主翼を簡単に取り外せる機構を最大限に活用して、短時間で主翼を取り外し、取り付け可能にした。
だが、主翼を取り外し可能にしたしわ寄せで、主脚の間隔が本来のゼロ戦より1メートルも狭くなった。着陸時に操縦が難しくなったが、そこは訓練して馴れるしかなかった。
燃料が一杯に詰まった主翼の重量は片側だけで900キロ近い。これを狭い空母の上で迅速に動かすために、圧縮空気で動く専用の主翼運搬車が作られた。
そもそも、ゼロ戦は制式採用されたのが昭和15年、皇紀2600年だからゼロ戦になるはず。昭和13年、皇紀2598年の制式採用になりそうだが、それでもゼロ戦なのかと疑問があった。
山本五十六は気にしていなかった。
「正式名称は九八式艦上戦闘機で通称をゼロ戦にしよう」
堀越二郎が作るはずだった九六式艦上戦闘機は存在しない、一世代飛ばしてゼロ戦が九八戦になってしまった。
ゼロ戦のゼロはどこから来たのか?
奇妙な気分だったが、完成した戦闘機は満足のいく物だった。
そして、ゼロ戦は陸軍と海軍の戦闘機統合計画により、陸軍でも運用される事が決まった。
さらに、存在しないはずのドイツ空軍でも制式採用される。ドイツ人はゲルマン神話に登場する戦士の名前を与えた。
「ジークフリート」
ドイツ帝国を象徴する英雄、健康で強壮なドイツ男子の特質を象徴する存在。
ドイツと日本の混血は奇妙な英雄になった。
ただ、全くの別物になったゼロ戦には微妙な問題もあった。
高圧縮比のエンジンはオクタン価100の燃料を前提としている。
燃料搭載量も機内580リットル+増槽320リットルで合計900リットルの予定が大幅に増えた。
エンジンの高出力化により、燃料消費が増えたからだ。
機内1040リットル+増槽320リットルを2個で一回の全力出撃で消費する燃料は1680リットルにも達する。
1.86倍にも増えた燃料消費量と要求される高品質。
その供給は大慶油田に依存しきっている。
陸軍は油田の警備に一個師団を専従させ、満州鉄道の警備隊に、大陸に移民した日本人集落の自警団まで動員して警備にあたっている。
今はなんとかなっているが、大規模な空襲を受けるようなことがあれば輸送路は容易に切断される。
可能な限り本土の備蓄を増やそうとしているが、現在の消費量を賄うだけで精一杯で、備蓄に回せるほどの輸送量が確保できていなかった。
ゼロ戦の試験飛行が終わった頃、ドイツ村にお客さんがやってきた。
ドイツの中でも武器の町と呼ばれるズールの出身の銃職人だったフーゴ・シュマイサーと名乗る人物は、若いロシア人を息子のように連れていた。
人口二万人を誇ったズールの町はドイツの中でも最大の人口減少が起きていた。
流出した人口の大半は武器製造の場所を求めて、ソビエトと日本に流れていたからだ。
ロシア人の青年と呼ぶにはまだ若い男はミハイル・カラシニコフと名乗った。ミハイルはソビエトの粛正対象者だから日本へ亡命させて欲しいと言った。
亡命者の報告を受けた山本五十六は驚いたが、予想可能な範囲の事態だったので冷静に対応した。
やはり、ソビエトにも『未来からの贈り物』が届いている。
そして、ヒットラーのように、未来の何者かがスターリンを殺そうとしている。
おそらく、スターリンは自分の状況を理解しているが、未来技術を手に入れることより、自分の安全を最優先で動いている。『未来からの贈り物』を受け取った者たち、本来ならソビエトの偉人となるはずの人間は大粛清の嵐に飲み込まれていた。ミハイル・カラシニコフは運良く大粛正の嵐から逃れる事が出来た数少ない人間だった。




