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未来の大粛清

昭和十一年の初夏。

西シベリアの寒村、ニジニャヤ・モホーヴァヤ。

まだ少年らしさが残る若者が、親友ガヴリイル・ボンダレンコとともに脱走を企てていた。

若者の名は、ミハイル・ティマフェービッチ・カラシニコフ。

一家は富農撲滅運動のなかで「富農(クラーク)」の烙印を押され、故郷を追われてこの地へ流されてきた。彼らは、このまま朽ちていくくらいなら、故郷の村へ帰ろうとしていた。


旅立ちの前に、ガヴリイルの家の納屋に隠してあったブローニング拳銃を回収しようとした、その時だった。


何もない空中に、唐突に金属の箱が現れた。


梁の上から落ちてきたのではない。

誰かが投げ込んだのでもない。

何も無い空中に突然現れ、次の瞬間には重い音を立てて納屋の床に落ちた。


二人はしばらく息を呑み、顔を見合わせた。


やがてミハイルが、おそるおそる箱に手をかける。

蓋を開けると、中には精密な機械部品と説明書が詰められていた。

表紙には、見慣れぬ言葉が書かれていた。


「AK-47自動小銃」


ミハイルは、その名を知らなかった。

だが、部品の並びを見た瞬間、目を奪われた。そこにあるのは無秩序な鉄片の山ではない。ひとつの完成された意思が、分解された姿のまま箱の中に眠っているように見えた。


説明書に目を通すうち、彼の指先は自然に動き始めた。

まるで長年それを扱ってきたかのように、部品が迷いなく噛み合っていく。


やがて一挺の銃が姿を現した。


小銃と呼ぶには短い。

かといって短機関銃とも違う。

それはミハイルがそれまで見たどの銃にも似ていなかった。

初めて目にする銃を手にしたミハイルは、それが自分にとって特別なものであると、不思議な確信を覚えた。

理由は分からない。

だが、その銃は奇妙なほど手になじんだ。


箱の底には、一通の手紙が入っていた。

そこに書かれていた言葉を読んだ瞬間、二人の背筋は凍りついた。


『この銃でスターリンを殺してくれ』

『二千万人の同胞がスターリンに殺される』

『たった一発の銃弾で、二千万人の犠牲を回避できる』

『世界で最も有名で、最も多く作られ、最も多くの敵兵を殺したAK-47を生み出す』

『ミハイル・ティマフェービッチ・カラシニコフ博士に未来を託す』


ミハイルは息を止めた。

自分の名が書かれていた。

それだけでも十分に異様だった。だが、それ以上に彼を打ったのは、いま手の中にあるこの銃を、自分が未来で生み出すのだと告げられたことだった。


富農撲滅運動によって故郷を追われた二人にとって、スターリンは憎むべき暴君でしかなかった。

自分たちの人生を踏みにじった現実そのものだった。


そしていま、そのスターリンが未来において、おびただしい数の同胞を殺すと知ってしまった。

だが、たった二人でクレムリンに乗り込んだところで、撃ち殺されるだけだ。

たった一挺の銃でスターリンは殺せない。


しかしミハイルは思った。

この銃が十挺、百挺、いや十万挺になればどうか。

ロシア皇帝は暴力革命で倒された。

ならば、二千万人を殺す暴君もまた、暴力革命によって倒されるべきではないか。


その考えは、若者の胸の中で、恐怖よりも速く固まりつつあった。

故郷へ向かうはずだった二人は、行き先を変えた。


二人が目指したのは、ソビエト領内にある亡命ドイツ人の町だった。

かつて世界大戦と革命が帝国を打ち倒したように、スターリンを倒すしかない。

資本論を書いたマルクスはドイツ人だ。

二人は、ドイツ人と手を組むことを考え始めていた。



二人がドイツ町へ逃げ込んだ頃、ソビエト全土で粛正の嵐が吹き荒れていた。

スターリンが最優先に指定した粛正対象者は『未来からの贈り物』を受け取った人間だった。

スターリンを殺す為に『未来からの贈り物』を受け取った一人が逮捕され、取り調べを受けた。


スターリンは未来の世界で、自分がどんな評価を受けているのか知ってしまった。


そこから取った行動は反省でも改善でもない、自分を殺せと未来から囁かれた人間を根絶することだけだった。


スターリンの特命を受けた秘密警察は容赦なかった。

タイムマシーンの可能性を論じた科学者は全て粛正された。

物理学の研究自体が禁止され、相対性理論も全て焚書された。


未来の何かを所持している者は、逮捕され、即決裁判にかけられ、銃殺された。

1930年を1980年と誤記しただけの書類一枚が死刑の理由になることすらあった。

空想画を描いただけで処刑されることすらあった。

タイムマシーンという言葉は禁句になり、SF小説は全て焼かれ、作家も銃殺になった。


SF作家への弾圧は苛烈を極めた、誰一人生かしてはならないと厳命された秘密警察は、パリに逃亡していたSF作家エヴゲーニイ・ザミャーチンの家を爆破した。

フランス国内で行われた赤色テロは外交問題になったが、スターリンはそんな事は構わないどころか、無差別に暗殺を命じた。

パリで暮らしている、医師でSF作家のオクターヴ・ベリアールが射殺された。

時間旅行作品を書いていたことで目を付けられたからだ。

逮捕された犯人がソビエトの諜報員だった事実が発覚すると、外交関係はソビエト人の入国禁止にまで急激に悪化した。


パリでSF作品を出版していた出版社が爆破された。

フランスの出版社はSF作品を自分で焚書し、SF作品の出版を取りやめた。

ソビエトの暗殺者に怯え、自分達で自主的に検閲を行った。

言論の自由は赤色テロに屈した。


外国にまで波及した赤色テロを請け負ったのはロシア人ではなかった。

ニコライ・エジョフやラヴレンチー・ベリヤといったスターリンの側近を密告によって粛正させた亡命ドイツ人。

その冷酷さから「金髪の野獣」と呼ばれた男、ラインハルト・ハイドリヒだった。

スターリンの番犬はより凶悪な金髪の獅子になっていた。

大粛正は本来の歴史より苛烈になっていた。


そして、スターリンに取り入った亡命ドイツ人は信用を勝ち取り、いつのまにかソビエト政府の中枢にもぐり込むようになっていた。

ナチスと共産主義、本来なら絶対に相容れない、末代まで敵対し合うはずの両者は奇妙な融和を見せ始めていた。

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こんな融和は嫌だ…
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