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軽巡洋艦エーランド

 昭和十一年二月半ば、海軍省では防空火力の切り札となる近接信管の開発を巡る中間報告会が行われていた。

『未来からの贈り物』には回路図から動作原理まで詳細に書かれていた。

中身は思ったほど複雑では無い、使われている真空管は4本しかない。

回路設計は単純にして必要十分な物だった。

四本の真空管の役目は単純明快だ。

一本目は電波の発信

二本目と三本目は反射波を検出、濾波(フィルタリング)、増幅する。

四本目は大電流を瞬間的に流して起爆する役目だ。


これだけ単純な構造で動作する秘訣は、レーダーのように反射波が一定以上に強くなると起爆するのでは無く。

砲弾と航空機の相対速度が秒速100メートルを超えるのを利用して、ドップラー効果によって発生する数10Hzの位相変化を検出して起爆する。

この方式だと相対速度が小さい目標には反応しない。

つまり、多数の高射砲から撃ち出された砲弾が近くを並走しても誤爆しない。

周波数も180MHz~220MHzぐらいの範囲なら動作するから周波数の調整も大雑把でいい、むしろ電波妨害されない利点になる。

答えが分かってしまえば簡単だが、ここまで簡潔にして最適な仕組みにたどり着くのにどれほどの試行錯誤が行われたのか見当も付かなかった。


技官は山本五十六を初めとする海軍首脳を前に、まだ試作品すら完成しない言い訳を始めた。

「現在の問題は200MHzの非常に高い周波数で発信できる真空管が存在しません、是空管(トランジスタ)も同様です」


電気工学の難しい話がよく分からない山本五十六は単純な質問を返した。

「周波数を一桁落しては駄目なのか?」


技官は予想していた素人質問に即答した。

「周波数を一桁落とすと位相変化が小さすぎて動作しません」

「この回路は高い周波数と早い相対速度の両方が揃わないと成立しません」

「180MHzの真空管ですら、欧米で研究段階に達したばかりです」

「それも、大きく脆弱で砲弾に詰めて撃ち出せるような物ではありません」

「『未来からの贈り物』によると、アメリカですら実用化には、まだ5年かかる代物です」


山本五十六は面倒な説明に苛立って怒鳴った。

「『未来からの贈り物』に書かれている技術ですぐに出来ないのか」


技官は素人相手に根気よく説明を続けた。

「真空管そのものを小さくし、内部容量と配線インダクタンスを減らし、電子の飛行時間を短くしなければなりません」

「その為には顕微鏡を使った微細加工技術が必要です、紙の資料があっても技術はすぐに追いつきません」

是空管(トランジスタ)も同様です」

「ベースを薄く、ベース抵抗を下げ、接合容量を減らす作業を再現よく行わなければなりません」

「微細加工技術は一朝一夕に取得できる物ではありません」


山本五十六は説明に納得した訳では無いが、黙るしか無かった。

技官は理解してもらえない将官を前にして次の問題点を並べた。

「次の問題ですが、砲弾の弾頭に取り付けて撃ち出すためには、二万Gの衝撃と毎秒500回転の遠心力に耐える真空管が必要です」

「小指ほどの大きさしか無いのに、極めて高い強度を持つ金属製の真空管が使われているようです」


山本五十六はため息をついた。

「つまり、現時点では設計図があっても何一つ作れないのか」


技官は粘り強く素人相手に説明を続けた。

「真空管は時代と共に扱える周波数が高くなって来ました、5年後なら可能だと考えられます」

「それに、『未来からの贈り物』によると、是空管(トランジスタ)は真空管より遅れて高い周波数に対応しています」

是空管(トランジスタ)で200MHzが可能になったのは昭和30年を過ぎてからです」


イライラしながら話を聞いていた将官が怒鳴り声を上げた。

「それでは戦争に間に合わん!」


砲術出身の将官も問題を挙げた。

「40ミリ以上の大口径砲弾にしか使えないのでは機関砲で撃てないぞ」

「毘式四十粍機銃は射程が短すぎて使えんのだ」


山本は、その場の空気を押さえるように口を開いた。

「それなら問題は半分片づく。スウェーデンのボフォース社に派遣した技術将校が、四十ミリ機関砲のライセンス交渉をまとめた」


予算を預かる将校が、不安げに顔を上げた。

「購入資金はどうされたのですか?」


山本は平然と答えた。

「軽巡洋艦夕張と交換した」


室内の空気が凍りついた。

「あんな旧式の二線級艦で、取引に応じたのですか!」


山本は肩をすくめた。

「ジェーン年鑑には過大評価な記述が載っている。そのうえ、アメリカに勝った日本海軍の巡洋艦という箔もある」

「相手にとっては悪い話ではなかったのだろう」


その言葉に、将官たちは事後報告であることを悟って頭を抱えた。

地球半周を航海してスウェーデンへ到着した夕張は、そのまま現地で引き渡された。

スウェーデン側にしてみれば、新型四十ミリ機関砲の技術供与の見返りとしては破格だった。

予算に乏しいスウェーデン海軍にとって、即戦力の巡洋艦が転がり込むのだから、断る理由は無かった。

ボフォース四十ミリ機関砲の製品と図面、治具類の一部は、すぐにシベリア鉄道経由で日本へ送られる手配に入っている。

派遣された技術者たちも、年内には資料一式を抱えて帰国する見込みだった。


スウェーデン海軍の巡洋艦となった夕張には、新たにエーランド(Öland)という名が与えられた。

ゴトランドがスウェーデンで一番大きな島なら、エーランドは二番目に大きな島だ。

すでに就役したゴトランド(Gotland)に続く巡洋艦名として、順当な命名ということらしい。


夕張の乗員たちは、スウェーデンから鉄道でレニングラードへ渡り、そこからシベリア鉄道でソビエトを横断し、一か月あまりで帰国した。

往路に二か月近くかかったことを思えば、帰りは驚くほど早かった。


このままでは近接信管の実用化はおぼつかない。

そう判断した海軍首脳は、優先順位を定めて妥協するしかないと結論づけた。

第一の課題は、200MHzの高周波を出せる真空管と是空管(トランジスタ)の開発である。

そこを突破できなければ、何も始まらない。

逆に、後回しにできるのは大きさと耐久性だった。

砲弾への搭載は無理でも、ロケット弾なら発射の衝撃を大幅に下げられる。

安定翼式にして回転させなければ遠心力は発生しない。

とりあえず、ロケット砲として近接信管を早急に実用化する方針が固められた。

近接信管が搭載されれば、空に花火をばら撒くような兵器でも役に立つと期待していた。


会議が終わると、何人かの将官は、欧州へ親善航海に出たはずの夕張が、いつの間にかスウェーデン海軍へ引き渡されていた事後報告に、改めて頭を抱えた。

先方が応じなければ、そのまま帰国する予定だったらしい。

山本五十六は、つくづくギャンブル好きな男だった。

他にも何かしでかしているのではないか。

そんな不安を覚える人間は、決して少なくなかった。

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