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行き詰まる開発


昭和九年も年末が迫っていた。

海軍は臨時予算をもらい、来年度から増額される事になったが全く足りなかった。

修理しなければならない艦艇があまりに多い。

工作艦明石こそ今の状況で一番必要な物だと建造が承認されたが、完成まで二年はかかる。

さらに、造船所は修理作業に追われ、新造艦を作る余裕がないから工作艦明石が作れないジレンマに陥っていた。


そして、無傷の艦艇にも工事しなければならない問題点が山ほどあった。

第四艦隊事件が起きる前に補強工事を行わなければならない。

『未来からの贈り物』によると、来年には水雷艇友鶴が復原力不足で転覆事故を起こすことが判明している。

千鳥型水雷艇は四隻とも駆潜艇に改修されることが決まった。

水中探信儀(アクティブソナー)と新型対潜兵器の実験艦として使われる予定だ。


藤本喜久雄海軍造船少将は膨大な改修作業に追われていた。

そして、藤本少将には仕事以上に不安があった。

『未来からの贈り物』に自分の死亡記録があったからだ。


『昭和10年1月9日、自宅で脳溢血で倒れて急逝』


「自分の寿命はあと一ヶ月……」

藤本少将は病死を避けようと必死で予防していた。

だが、方向性が間違っていた。

藤本少将は未来からの贈り物を元に作られた薬を注射しろと軍医に懇願した。

軍医は真面目に「ペニシリンやストマイは脳溢血の予防に何の効果もない」と説明したのだが、自分の死を宣告された藤本少将は仕事が手に付かなくなっていた。

軍医も藤本少将の懇願を無視するわけにもいかず、仕方なしに無意味な薬を毎日注射した。


艦政本部第四部で基本設計主任に抜擢された福田啓二造船大佐も困っていた。

戦艦大和の資料を渡され、基本設計を始めるように命令されたが。

大和の機密保持が厳しすぎたせいで未来の世界でろくに情報が残っていないらしい。

そもそも、艦隊決戦を一度も経験しないまま航空機攻撃で撃沈された大和を建造すべきなのか。

防空火力の強化を命じられたが、現実的に可能なのかすらよく分からない。


この状況下で発言力を増したのが空母派だった。

戦艦は一度決戦を行えば勝っても大損害を受ける。

そうなれば札束の殴り合いと同義で経済力の強いアメリカの勝利になる事は『未来からの贈り物』でも明らかだ。

空母なら戦術次第で無傷で勝利できる。


重爆派は軍内部からあまり支持が得られなかったが、中島飛行機が勝手に進めていた。


原爆派は「開戦と同時に敵国の主要都市を同時多発的に破壊できる原爆と潜水空母こそ無傷で圧勝できる最終兵器である」と主張しているが。

開発は行き詰まっていた。

早くも六フッ化ウランを作る工程でフッ素ガスによる死者が出ていた。

ガスマスクでは防げない致死性の猛毒を扱う作業は毒ガスの製造よりも危険だった。


原爆の具体的な設計図はあるが、ウラン濃縮装置を作るのが困難を極めている。

原爆を作るためには核分裂を起こさないウラン238と核分裂を起こすウラン235を分離しなければならない。

99.3%が役に立たず、必要な0.7%だけを濃縮する工程が必要だった。

質量差はわずか1.003倍

微少な差を利用して遠心力で分離するためには高度な装置が必要だった。

濃縮装置に要求される回転数が早すぎる。

こんな回転数で回せるモーターもエンジンも存在しない。


さらに、原爆に要求される部品の工作精度が高い。

わずかな誤差も不良品も許されない。

現代日本の手に余る技術だった。


ゼロ戦の開発も行き詰まっていた。

『未来からの贈り物』によるとゼロ戦に搭載された油圧式可変プロペラは住友金属工業がアメリカのハミルトン社から製造販売権を購入して生産したと記述されている。

おそらく昭和9年ぐらいの出来事だと推測できるのだが、購入できなかった……

戦争の影響で日本へ軍事技術を売る事が禁止されたので買えなくなってしまった。

おそらく、製造販売権の購入には製造に必要な図面だけでなく、工作機械や治具も含まれているはずだ。

自分達で開発するしか無くなってしまった。


航空機用エンジンの開発も行き詰まっていた。

技術者は精密すぎて手に負えないと泣き言を言い出していた。

よく考えてみると当然の話で、本来であれば何年もかけて開発すべきノウハウが無いのに作ろうとしているからだ。


行き詰まった技術者は弱音を吐いた。

「彗星のエンジンはドイツ製のライセンス生産品です、ドイツに協力を仰ぎましょう」

軍としては軍機漏洩を理由に反対するしか無かった。

しかし、アメリカが原爆を開発するまで時間が無い。

ドイツと原爆を分け合う事になってもアメリカより先に作らないとおしまいだ。


イギリスとドイツの関係は悪化しているが、ヒットラー暗殺は個人の犯罪としてチャーチルがギロチンにかけられたことで決着は付いた。

フランスとドイツも賠償金をめぐって緊張状態にあるが戦争にまで発展する様子は無い。

今は世界的に第一次世界大戦の反省から反戦派が主流だったからだ。

火種は山積みだが、今ならドイツまで船で往復するのは可能だ。

新型機の開発に成功しても量産するための工作機械が不足する事は『未来からの贈り物』で判明している。

今のうちにドイツから輸入するしかない。


国家の命運を左右する問題について御前会議が開かれ、ドイツに協力を求めることに決まった。

ただし、原爆の存在は秘匿する。

濃縮ウランには『高光度夜光塗料』という非匿名が与えられた。

ウラン濃縮技術には「ラジウムを使うより遙かに高光度な明るい夜光塗料を量産するため」とダミーの理由をつけることになった。

コレがあれば室内照明は電源が不要になると、ソレっぽい説明をでっち上た。


ドイツ派遣団の団長には陸軍から原乙未生中佐が指名された。

すぐに横浜港に大日本帝国、欧州派遣団が集まった。

巨大な荷物が重クレーンで持ち上げられ、積み込み作業が行われた。


船が横浜を出航すると、洋上で佐世保からやってきた巡洋艦と合流した。

予備艦に編入された軽巡洋艦夕張だった。

原乙未生中佐は護衛が付くのかと変に思ったが、夕張は欧州に着いたら別れてスウェーデンに行くらしい。


購入資金は十分とは言えなかった。

原乙未生中佐はいかにして『未来からの贈り物』を元に作った重戦車を高く売りつけるかを考えていた。

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