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重すぎる豹

 山本五十六のもとに新しい『未来からの贈り物』が届いた。

 開けてみると、入っていたのは設計図の束だった。

 マイクロフィルム化された図面まで収められている。

 かなり詳細な図面で細かな部品に至るまで、びっしりと書き込まれていた。

 これほど詳細ならすぐにでも作れそうに思えた。


 海軍にとって問題だったのは、コレは重戦車の設計図だった。重戦車など海軍には使い道がない。図面一式は陸軍へ引き渡された。


 海軍から設計図を受け取った陸軍技術本部で、検討に当たった原乙未生中佐は、設計図を広げながら微妙な顔をしていた。

 おそらく、これから始まる戦争において最強クラスの戦車であることは間違いない。

 ただ、寸法を見た瞬間、頭を抱えた。


全長:8.66メートル

車体長:6.87メートル

全幅:3.27メートル

全高:2.85メートル

重量:44.8トン


 国鉄で一番大きなチキ1500型貨車ですら最大過重は35トン、鉄道で運ぶことが出来る車両限界は3.1メートルだ。

 これでは鉄道輸送が出来ない。欧州規格の広軌線路ならギリギリ一杯で運べる寸法なのか。


 さらに、重すぎて橋も渡れない、45トンの戦車が載っても耐えられる橋が思い浮かばなかった。

 船に積み込むにしても、これを吊り上げられるクレーンを備えた埠頭は少ない。船からの積み下ろしすら一苦労だ。


「本当に、これが量産戦車なのか」原中佐は思わずそう呟いた。

 だが、『未来からの贈り物』の資料にはこう書かれていた。


総生産数:五五〇〇両


 未来のドイツはこの重戦車を五五〇〇両も作ったというのか。

 自分が関わった九四式軽装甲車でさえ、おそらく二千両も配備できれば上出来だろう。

 十倍も巨大な戦車を、半分も作れない……


 さらに図面の日付を確認すると、戦後もかなり後の時代に作成されたと思しき図面が大量に混じっていた。

 図面には作成者の住所と名が記されていた。


「ドイツ連邦共和国ラインラント=プファルツ州コブレンツ……」

「コブレンツ国防技術博物館」


 おまけに、動いているカラー写真まで入っていた。その写真の日付は一九九四年になっている。

 つまりこれは、未来の時代に博物館が実物をもとに採寸し、逆算して書き起こした図面なのか?


 正直なところ、日本で量産し、実戦で運用するにはあまりにも手に余る大きさだった。

「パンター戦車」と呼ばれるこの戦車は、大日本帝国陸軍にとって、あまりにも扱いに困る兵器だった。


 そもそも、日本の戦車部隊は創設されたばかりの未熟な組織に過ぎない。

 そこへ、いきなりこんな巨大な重戦車の設計図を渡されても、使いこなせるはずがなかった。


 それでも、この戦車そのものには使い道がなくとも、未来の先進技術の塊であることに疑いはない。

 ここから吸収できる技術を吸収し、日本に適した戦車設計へ繋げるべきだ。

 そう結論づけた陸軍は、予算との兼ね合いも検討した末、試作三両のみを製作する方針を決めた。


 原乙未生中佐は、完成間近だった九四式軽装甲車の仕事を他の者に引き継がせ、試作重戦車計画に向かった。


 まず、やるべきことは単純明快だった。

 図面どおりに作る。

 だが、それが最初にして最大の難関だった。


 図面に記された公差は、当時の日本の工作精度から見れば、かなり厳しい。

 しかも形状がやたらと複雑で、部品一点一点に手間がかかる。

 外国から購入した高価な工作機械をかき集め、腕の立つ熟練工を動員して、ようやく試作が始まった。


 とにかく部品が巨大で重い。

 厚さ一〇〇ミリの装甲板など、陸軍技術本部では製造できなかった。

 四〇ミリですら持て余すのに、一〇〇ミリなど話にならない。


 結局、装甲板は軍艦を建造している造船所へ発注するしかなかった。

 だが、造船所の側も艦艇の修理と建造で手一杯であり、最初は露骨に難色を示した。

 それでも「表面硬化処理は不要」と条件を緩め、どうにか仕事の隙間へ割り込ませてもらった。


 その判断の根拠は『未来からの贈り物』に記されていた装甲材質の説明である。

 そこには、ニッケルすらろくに添加していない、粗末な鋼材が使われていた。

 ドイツはニッケル、クロム、モリブデンなどの資源がない、低品質な装甲を厚みと傾斜で補っているのか。

 だから四四・八トンにもなるのか。


 原中佐は、未来の戦車に対する夢を少しだけ削がれながらも、それでも図面から目を離さなかった。


 七五ミリ砲の砲身も問題だった。

 75ミリ70口径長はライフリングを刻む部分だけでも5.25mになる、砲身自体の長さは5.54mに達する。

 これは海軍が使っている駆逐艦の主砲に匹敵する長さだ。

 長すぎて陸軍技術本部では加工できない。

 結局、これも海軍の工廠に頼るしかなかった。


 砲弾についても、試作三両のためだけに専用金型を起こすのはあまりにも不経済だった。

 そのため、試作と割り切り、薬莢も弾頭も旋盤で一発ずつ削り出す手間のかかる方法が取られた。

 100発作れば十分と割り切った。


 しばらくして、造船所で組み立てられた車体と砲塔が貨車に積まれてやってきた。巨大すぎて組み立てから溶接まで造船所でなければ出来なかった。

 原乙未生中佐は、貨車から重量物用のガントリークレーンで下ろされる空っぽの車体を眺めながら思った。

 まるで海軍の戦艦を建造しているような騒ぎだ。


 これは試作三両で打ち切りになる。

 いや、三両すら怪しい。

 とても大量生産できる代物ではない。

 仮に量産できたとしても、前線まで運べない置物になるのが関の山だった。

 原中佐は、ドイツとの工業力の差に頭を抱えた。


 そして、一計を案じた。

 使い道のない試作車と図面をドイツへ送りつけ、大日本帝国が開発した新型重戦車だと言い張って押しつける。

 ライセンス料と交換で、工業製品や工作機械を引き出せないか。


 半ば冗談、半ば本気のような発想だった。


 原中佐は、未来から届いた図面を丸写しさせ、日本語へ翻訳し直すよう命じた。

 そして、その戦車に「九五式重戦車」という新しい名を与えた。


 エンジンひとつ取っても、精密すぎて手に余る。

 部品の歩留まりは最悪で、複雑怪奇な部品を削り出す工程では、製品一キログラムを作るために材料一〇〇キログラムがくず鉄になる、とまで言われた。


 ようやく車体だけの試作が完成しても、試験走行で動き出した直後にサスペンションが折れた。

 日本には、ねじり棒ばねを実用レベルで製造するノウハウがなかった。


 変速機の歯車が割れた。

 複雑な歯車を高精度で削り出し、その後に適切な熱処理を施す技術もまた不足していた。

 そこまで詳細な製造資料は『未来からの贈り物』にも含まれていなかったのである。


 設計図があれば作れる。

 そんなものは幻想だった。


 図面とは、完成品の姿を示すものでしかない。

 そこへ辿り着くための工作機械、素材、熱処理、測定器具、熟練工、製品検査、失敗の蓄積。そうした工業力そのものが伴わなければ、紙の上の設計はただの線に過ぎない。


 原中佐は、これほど複雑で扱いにくい機械の塊を、あのドイツが大量生産したという事実に、心から感嘆した。

 同時に、自国との距離の遠さに眩暈を覚えた。


 試作は三両の予定だった。

 だが予算は早々に超過し、三両分の部品を集めて、ようやく一両だけを完成させるのが精一杯だった。


 完成車は、たしかに驚異的な性能を示した。

 装甲は日本陸軍が保有する対戦車火器を全て弾き返した。

 長砲身七五ミリ砲の威力、高出力エンジンと広い履帯による機動性。

 図面が本物であることは疑いようもなかった。


 だが、それでもなお、日本にとっては、とても量産できる兵器ではなかった。

 原乙未生中佐は、疲れ切った部下たちをねぎらった。


「良い経験が出来た」

「これからの日本の戦車開発に活かそう」


 部下たちは、疲れ切った顔でうなずいた。

 未来の豹は、あまりにも重すぎた。

 だが、その重さが、日本の工業に足りぬものを、誰の目にも明らかにしていた。

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