シックス・トリプル・エイト
アメリカの人種隔離政策は軍隊の中でも徹底されていた。
一滴でも黒人の血が入っている兵士は隔離された部隊に配属され、白人将校の露骨な差別にさらされていた。任務の多くも、雑役に近い後方勤務に限られている。
全米黒人地位向上協会をはじめ、黒人の地位向上を目指して活動する団体は存在したが、現実は険しかった。
そんな時代に、海軍が黒人飛行士養成のための民間航空学校設立に補助金を出す話が持ち上がった。
黒人の海軍士官も、黒人の海軍パイロットもまだ存在しない時代である。まして、飛行士のような選ばれた仕事に黒人がなれるなど誰も本気で信じなかった。
そんな時代にあって、ジョン・ロビンソンは数少ない黒人民間パイロットの一人だった。
ジョンが空へ至るまでの道は険しかった。
カーチス・ライト航空学校に入学しようとしても、黒人であるだけで拒まれた。
それでも諦めず、航空学校の清掃員として働きながら授業へ潜り込み、教師たちを呆れさせ、ついには在籍を認めさせた。
そうして飛行を学び取った男だった。
軍から声がかかったとき、ジョンは心から喜んだ。
ついに、黒人パイロットを育てる学校が出来る。
それは、黒人女性初のパイロットだったベッシー・コールマンが夢見ながら果たせなかった願いでもあった。
彼女は夢を残したまま、事故で空に散っている。
飛行場も、機材も、資金も、すべて軍が出してくれる。
将来は海軍航空隊に進む道まで開けるかもしれない。
ジョンは、ついに黒人も白人と肩を並べて空を飛ぶ時代が来るのだと信じた。
ジョンはすぐに、数少ない黒人パイロットで同じ夢を抱く親友、コーネリアス・コフィーに声をかけた。
コーネリアスもまた大喜びで協力を申し出た。
二人が向かったのは、イリノイ州クック郡のロビンズ村だった。
シカゴ南方の黒人コミュニティである。
村へ着いたときには、すでに軍の工兵隊が飛行場建設に取りかかっており、ブルドーザーが土を削り、地ならしを進めていた。
だが、自分たちだけで教師が務まるのか。
二人がその不安を口にしはじめた頃、頼もしい人物が現れた。
ウィラ・ブラウンだった。
インディアナ州で教壇に立っていた黒人女性教師であり、空への憧れを捨てられない女性だった。
ベッシー・コールマンに心を奪われ、飛ぶことを夢見ていた彼女は黒人航空学校設立の噂を聞きつけると、全てを捨ててやって来た。
飯炊き女でもいいから働かせてくれと懇願する彼女の姿は、航空学校に清掃員としてもぐり込んだジョンにとって自分と重なる思いだった。
ジョンとコーネリアスは彼女に座学の教師を頼めないかと教科書を見せた。
三人は、黒人が堂々と空を飛べる時代が来ると信じた。
それはまだ遠い未来かもしれない。
だが、ようやく最初の扉が開きつつあるように思えた。
やがて滑走路が整地され、校舎と格納庫も形を取り始めた。
整備員が集まり、地上勤務者も加わった。
そこに集められた者は、みな黒人だった。
三機の練習機が届いた。
最初はウィラ・ブラウンが生徒役を買って出たが、彼女は驚くほど筋が良く、パイロットが務まりそうなほど上達した。
やがてジョンとコーネリアスが二機を駆って模擬空戦まがいの飛行を見せると、地上の者たちは目を輝かせた。
しばらくして、生徒たちも姿を現した。
全米各地の孤児院や貧困家庭から人買い同然に集められた、将来有望と見込まれた若者たちである。
まだ少年と呼んで差し支えぬ年齢の者ばかりだ。
そのなかに、一人だけ14歳の少女が混ざっていた。
彼女はジョン達、教師の視線をまっすぐに受け止め、力強く名乗った。
「グラディス・カーターです」
その時だった。何もない空中に、銀色の金属容器が出現した。それはグラディスの目の前へ落ちた。
呆然としながら蓋を開けると、中には「タブレットPC」と記された謎の板が入っていた。
グラディスが恐る恐るボタンのようなものを押すと、板が淡く発光し、映像が動き始めた。
そこに映っていたのは、綺麗な服を着た黒人女性だった。
「グラディス・カーター。あなたは第6888中央郵便局大隊の一員として勇敢に働き、1976年には全国黒人軍人女性協会を設立し、アメリカ大統領バラク・オバマから表彰される栄誉を得ます」
「貴女が2009年に87歳で亡くなられた時は葬儀に参列させて戴きました」
「あなたは、アメリカを救う歴史の一部となるべき女性です」
その場にいた者たちは、息をすることさえ忘れた。
『未来からの贈り物』は意外な人物のもとへ届けられた。
グラディス・カーターは唇を震わせながら言った。
「未来の世界は……黒人が、大統領になれるのね」
「私は80歳を超えるまで生きて、大統領から表彰される」
その一言が、そこにいた者たちの胸を打った。
グラディス一人だけではない。
ジョンも、コーネリアスも、ウィラも、集められた若者たちも、自分たちが未来へつながる場所に立っているのだと感じた。
自分たちは、ただ飛行機を学ぶために集まったのではない。
未来のアメリカを変えるために、運命によって集められたのだ。
三人の教師は、新しい看板を掲げた。
6888飛行学校
シックス・トリプル・エイト・エアロノーティカル・スクール
アメリカ初の黒人飛行士養成学校。
「6888」は、神から与えられた数字なのだと、彼らは信じていた。
だが、開校準備が整った頃、遅れてやって来た白人教官だけは、まったく別のものを見ていた。
彼は海軍航空隊出身の男で、黒人を人間だとは思っていなかった。
学校の掲示板に一枚のポスターを貼り出した。
『祖国のために死ぬこと』
彼は黒人など人間ではないと本気で思っていた。
動物に芸を仕込む調教師のつもりで来ていた。
やがて、黒人たちを監視するために派遣された白人将校は、上層部へ報告を上げた。
「黒人どもは、祖国のために死ぬことを本気で喜んでおります。自殺攻撃兵器の操縦要員として、十分な数が見込めます」
その報告書を読んだ航空機開発班は、新しい装備に秘匿名称を与えた。
Mk6888自動操縦装置
表向きは自動操縦装置。
だが実際には、人命を片道切符として使う攻撃法を前提にした名称だった。
設計班は、Mk6888自動操縦装置の搭載を前提とした新型攻撃機の図面を引き始めた。
そして海軍もまた、その新型機を運用するための艦の設計に着手した。
未来を信じて集まった黒人たちと、彼らをただの消耗品として数える白人将校。
同じ飛行場に立ちながら、彼らが見ている未来は、まるで違っていた。




