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届かなかった贈り物

 真珠湾は、損傷したアメリカ海軍の艦艇で埋め尽くされていた。

長距離航海に耐えられる程度の損傷で済んだ艦は、順次サンフランシスコへ回航されている。


 ジェームズ・リチャードソン大佐は、サンフランシスコ軍港の岸壁に立ち、つい二か月前まで自ら艦長を務めていた重巡洋艦オーガスタが入港してくるのを眺めていた。

 オーガスタは、彼にとってただの軍艦ではない。初代艦長を務めた、思い入れの深い艦だった。

 本来なら、自分がその艦を率いて決戦の海へ赴くはずだった。


 東郷元帥に少なからぬ敬意を抱いていたリチャードソン大佐は、この戦争を正義なき戦争だと考え、強く反対した。だが、その発言は彼の立場を悪くした。

新聞に「東郷元帥の死を悼む海軍大佐、戦争反対を訴う」と大見出しで写真入りの記事が載ってしまったせいで、彼はサンフランシスコでの陸上勤務へ左遷された。


 与えられた仕事は、戦死した将兵の遺品を整理し、遺族へ戦死の報とともに送り返す事務だった。

 地味な仕事ではある。だが、この戦争では戦死者が多すぎた。忙しさだけは、前線勤務に劣らなかった。


 重巡洋艦オーガスタは、決戦直前、日本海軍の戦闘機二機の体当たり攻撃を受けて戦線離脱していた。

 艦長代理として上陸してきたのは、つい二か月前まで彼の部下だった機関長だった。

 異常事態だった。

 艦長が戦死した場合、指揮権は通常、副長、砲術長、航海長、一等甲板士官と順に移り、その先でようやく機関長に及ぶ。

 その機関長が艦長代理を務めているという事実だけで、艦橋で何が起きたか、およそ察しがついた。


 話を聞くと、機関長自身はその瞬間、機関室にいて直接は見ていないという。

 だが、生き残った者たちの証言は一致していた。


 日本の戦闘機が、低空飛行で艦の正面から突入してきた。

 機関銃を乱射しながら、そのまま艦橋へ突入してきた。

 艦橋に激突した機体は紙細工のようにひしゃげ、砕け散ったが、その一瞬で十分すぎるほどの被害を与えた。


 艦長に着任したばかりのチェスター・ニミッツ大佐をはじめ、艦橋に集まっていた将校たちは、機銃弾と、撒き散らされた航空燃料が燃え上がる炎を浴びて戦死した。


 艦そのものの損傷は、見た目ほど深刻ではなかった。

 それでもオーガスタが戦列を離れたのは、被害の中身が致命的だったからである。

 上から五人もの将校が一度に戦死し、艦の指揮系統そのものが機能不全に陥ったのだ。


 自分の後任として艦長に就いたばかりのチェスター・ニミッツ大佐は、すでに太平洋へ水葬されていた。

 陸へ左遷された前任艦長が、その遺品を整理し、遺族のもとへ送り返す。

 奇妙な巡り合わせだったが、リチャードソン大佐は黙々と仕事を進めた。


 艦長室に入ると、遺品の中に妙な物があった。

白銀色の金属でできた、五ガロン缶ほどの大きさの容器である。白金にも似た光沢を帯びており、工業製品とも、美術工芸品ともつかない奇妙な存在感があった。

 その金属容器には、英語でこう刻まれていた。


「チェスター・ニミッツ海軍元帥へ 未来からの贈り物」


 それも、ただの刻印ではない。優美な意匠の文字が、金属表面に美しく彫り込まれていた。

 素人仕事ではない。熟練の職人が手間をかけて仕上げたものに見えた。

 裏返すと、送り主の名があった。


「第44代アメリカ合衆国大統領 バラク・オバマ」


 リチャードソン大佐は、呆れと苛立ちの入り混じった息を漏らした。

 何とも大仰な宛名だった。

 未来からの贈り物、未来の大統領、海軍元帥……

 どこかの富裕な変人が、海軍に憧れて馬鹿げた空想を形にしたに違いない。

 文字の彫刻が妙に豪奢なのも、送り主が金を持て余している証拠に思えた。


「送り主に返すしかないな」


 そう考え、差出人を探す手掛かりがないかと、自室へ持ち帰って中を開けてみた。

 入っていたのは、ますます意味の分からぬ品だった。

 平たい黒い板。

 添えられた紙には「タブレットPC」とある。


 使い方らしき説明書も入っていた。

 電源を入れる、と書かれている。

 家電製品なのか、とリチャードソンは眉をひそめた。


 試しにボタンを押すと、板の表面が光を放った。

 そして、そこに映画が映り始めた。


 薄い板の中で映像が動いている。

 どういう仕掛けなのか、彼にはまるで理解できなかった。


 映し出されたのは、演説らしき記録映像だった。

 壁に掲げられた星条旗の前に、一人の黒人女性が立っている。

 上等な服を着込み、髪も身なりも整え、いかにも権威ありげな顔つきで話し始めた。


「私は、第44代アメリカ合衆国大統領バラク・オバマの娘、マリア・オバマです」


 リチャードソン大佐は、その時点でもう嫌な気分になっていた。

 黒人女が大統領の娘を名乗る。

 しかも、あまりに堂々としている。

 彼のような時代の白人海軍将校にとって、それだけで鼻持ちならぬ光景だった。


「これは、オバマ財団とビル・ゲイツ財団が全資金を投じて完成させたタイムマシーンで、過去へ送っています」


「日本はタイムマシーンで歴史を改変し、自分たちに都合のよい世界へ作り替えようとしています」


「それは人類全てへの冒涜です」


「私たちが築き上げてきた歴史が侵されています」


「歴史を改竄しようとしているのは日本だけではありません。拝金主義者もまた、過去に干渉しています」


「アメリカを、人類を救えるのは、海軍元帥となるニミッツ閣下しかいません。未来を……」


 そこで、リチャードソン大佐の我慢はぶち切れた。


「馬鹿馬鹿しい」


 吐き捨てると、彼はタブレットPCを机の角へ力任せに叩きつけた。


 鈍い音がした。

 画面は割れ、映像が消えた。

 薄い板は、そのまま沈黙した。


 彼が腹を立てたのは、内容の荒唐無稽さだけではない。

こうした代物を作り、磨き上げた彫刻入りの金属容器に収め、まるで世界の運命を左右するかのような口ぶりで語る。

その送り主と名乗る一族が黒人でありながら、白人上流階級のような財力と自信を当然のものとして振る舞っている。

そのこと自体が、彼には癇に障って仕方なかった。


 こんなものをわざわざ返送してやる義理もない。

 そう判断すると、彼は壊れた板も、奇怪な容器も、まとめて海へ投げ捨てた。


 この時代の海軍将校にとっては、それがごく自然な反応だった。

 アメリカ海軍の士官は白人の世界である。

 黒人は海軍兵学校の門すら叩けず、将校という地位は事実上、白人に独占されていた。

 有色人種、とりわけ黒人女性が、公の場で国家や歴史を語るなど、彼らの感覚では、そもそもまともに受け取るに値しないことだった。


 未来からの贈り物は、届かなかった。

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