正しき未来
終戦の宴を、冷ややかに眺めている者たちもいた。
陸軍の中でも大陸で活動している関東軍である。
日本国民が終戦気分に浸り、祝い酒に酔っているあいだも、関東軍は大陸で泥と血の匂いのする戦場に張りついていた。
中国大陸の最前線で戦っている将兵に、終戦は夢でしか無かった。
アメリカ軍は中国から手を引いた。
ルーズベルト大統領は露骨な手のひら返しをした。
中国もソビエトも国家として認めない、アメリカは共産主義国家を認めないと宣言した。
上海で起きた戦闘はアメリカが民主的な地元住民の協力を得て行った軍事作戦で中国軍など存在しないと言い出していた。
アメリカが同盟を結んだと宣言した中国政府も中国軍もフーヴァーとスティムソンの妄想上の存在だった事にされた。
だが、中国軍との戦いは続いていた。
本来なら日中戦争と呼ぶべきだが、日本とアメリカが停戦した事で、国際社会からはソッチも終わったみたいな扱いを受けていた。
アメリカ政府は未だに中国で続いている戦闘を日本軍による治安維持活動だと言い張った。
だが、好材料がなかったわけではない。
アメリカが完全に手を引いたことで、中国軍への兵器供給は目に見えて減っていた。
欧州諸国もまた、満州事変をめぐって日本に味方したわけではない。
ただ、アメリカと日本の厄介な問題が片付いた流れで、中国に興味を失っただけだった。
結果として、中国は世界の関心からこぼれ落ちた。
それは日本にとって好都合であり、どこか薄気味悪い現実でもあった。
その頃、海軍省の奥で戦訓の整理にあたっていた山本五十六は、ようやくある事実に思い至っていた。
「自分たちは、まだ存在していないものに踊らされすぎたのではないか」
『未来からの贈り物』
百年後の日本人が送ってきた、未来の技術と歴史の断片。
そこに書かれている兵器や戦術が、いまこの時代にそのまま使えるかのような錯覚を生んでいた。
元帥になる事が決まった小林躋造大将も、その認識に同意した。
海戦の痛みが、それを否応なく理解させたのである。
しかし、そうした反省がそのまま海軍全体の冷静さにつながるわけではなかった。
かつての艦隊派と条約派の対立は戦争によって消えた。
だが、海軍内部の対立は別の形に生まれ変わっただけだった。
新たな派閥は四つに分かれていた。
第一に、原爆派。
何より優先すべきは原子爆弾の開発、とする一派である。
第二に、空母派。
次の戦争を決するのは空母機動部隊であり、建造資金は空母と航空機へ集中すべきだと主張する者たち。
第三に、戦艦派。
大和級戦艦の建造を最優先すべきだとする、旧来の大艦巨砲主義の継承者たち。
第四に、重爆派。
超大型爆撃機こそが、未来の戦略を左右すると考える者たちである。
原爆派の考えは過激だった。
空母機動部隊による真珠湾攻撃など時代遅れになった、空母も戦艦も後回しでいい。
たった一発で都市も艦隊も壊滅させる事が出来る原爆を叩き込む潜水艦空母を作れと主張している。
もっとも、原爆派と重爆派のあいだには、予算配分を除けば歩み寄れる余地もあった。
要するに、原爆をどの手段で敵地へ運ぶかの違いでしかないからだ。
太平洋を横断できる超大型爆撃機があるなら、それでもよい。
両者の夢は、爆弾の大きさだけが共通していた。
いちばん旗色が悪かったのは、戦艦派だった。
『未来からの贈り物』と、現実の海戦結果。
その両方が、戦艦無用論へ傾いていたからである。
それでも、なお大艦巨砲主義を捨てきれない軍人は多かった。
理屈ではない。
戦艦とは、海軍軍人にとって一種の信仰だった。
国家の威容であり、海軍そのものの象徴だった。
戦艦派が感情論だと嘲られても、その感情が巨大であることだけは誰にも否定できなかった。
戦艦派は『未来からの贈り物』の中から、自分たちに都合のいい未来を探し始めた。
近接信管があれば空母の航空攻撃は無力化できると唱えた。
大東亜戦争後期にアメリカが量産しているので現実味があった。
さらには原爆砲弾を撃つ150センチ砲の開発を主張しはじめた。
一発で敵艦隊を殲滅できるから、艦の前後に単装砲一門を二機で十分と言っているが、それこそ空母艦載で良いのではと思われた。
戦艦建造の結論ありきで話をする戦艦派は嫌われ始めていた。
海軍がそんな夢想に沸き立っているあいだ、陸軍には別の不満が膨らんでいた。
『未来からの贈り物』を海軍が独占している。
それが何より我慢ならなかった。
陸軍は、海軍の気が向いたときだけ、その一部を回してもらう立場に置かれていた。
国家の命運に関わる情報なのに、扱いはほとんど施しである。
不満が募らないはずがなかった。
しかも、その『未来からの贈り物』の届き方が、あまりにも不気味だった。
一斗缶ほどの金属容器が、何もない空間から、ある日突然現れる。
それも、必ず山本五十六のいる場所にだけ。
洋上の船室でも現れた。
陸上の部屋でも現れた。
ひどい時には、山本が風呂に入っている最中、湯船の中へ落ちてきたことすらあった。
つまり、それは海軍組織に送られているのではないらしい。
山本五十六という個人宛てに送られているらしいのだ。
その事実は、海軍内部に妙な不安を生んでいた。
もし山本が死んだら、未来との連絡はそこで途絶えるのではないか。
そんな懸念が、冗談では済まされぬものとして語られるようになっていた。
しかも、こちらから注文をつけることはできない。
何を送れと願っても届かない。
中身も、開けてみるまで分からない。
大日本帝国は、得体の知れないものに国家の命運を預けていた。
そのため、中将に昇進した山本五十六は、事実上、海軍省に軟禁されるような立場に置かれていた。
『未来からの贈り物』が現れるのは、山本のいる場所だ。
ならば、艦隊勤務など論外である。
まして飛行機に乗せるなど、狂気の沙汰だった。
何があっても死なれては困る。
山本五十六は、未来への窓そのものになってしまっていた。
そしてある日、山本五十六のもとへ、新たな『未来からの贈り物』が届いた。
いつもの金属容器だ。
だが、開けた瞬間、これまでとは違う種類の緊張が室内を満たした。
中に入っていたのは、医学論文を印刷した紙の束。
そして、小さな容器に封入されたカビや細菌の株らしきものが、いくつも入っていた。
いちばん上の紙には、要約が添えられていた。
「抗生物質の製造法と産生株を送る。これで結核から梅毒まで、多くの病気を治せる」
山本五十六は、医学の専門家ではない。
だが、それがどれほどの意味を持つものかは、彼にもすぐ分かった。
結核は国民病とまで呼ばれている。
多くの国民を苦しめ、若者も老人も、貧者も富豪も区別なく命を奪っていく病。
日本人の生活に染みついた、死の影のような存在。
その治療薬を作るために必要なものを、未来は送ってきたのだ。
それは、間違いなく千金の価値がある。
いや、千金どころではない。国家の未来そのものを変えうる贈り物だった。
救われる命の数を思えば、戦艦一隻や空母一隻よりはるかに重い。
だが、山本五十六は残念だった。
ありがたい贈り物に間違いは無かった。
だが、これは自分が欲していたものではなかった。
彼が求めていたのは、もっと直接的に戦争を変える何かだった。
敵を沈める兵器。
空を制する飛行機。
原爆のように国家の生死を左右する切り札。
そういうものを、山本五十六は期待していた。
だが未来が寄越したのは、病を治すための薬だった。
それは正しい。
正しすぎるほど正しい。
しかし、その正しさがかえって山本を黙らせた。
未来は、自分たちよりよほど冷静に、この国に必要なものを考えているのではないか。
その考えが胸をよぎった時、山本五十六はようやく、自分たちがどれほど戦争の熱に目を曇らされていたのかを思い知らされた。




