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幻想帝都 神州御親領衛記  作者: ニュートリノ鈴木
一章 神州と言う國
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五十三話 正しさの行方


五十三話


53-1 正しさの行方



会議室へ戻ると、鷺宮は椅子に座ったままだった。


逃げていない。逃げるための手は打っていた。電灯の順落とし、判断を鈍らせる煙、役割の回収。全部、紺野に手を出させるための装置だ。だからこそ、逃げない。逃げない方が勝ち筋になる。


綾瀬の糸が出入口と窓際を押さえる。志摩は入口脇で肩で息をしている。羽場桐は壁に手をついたまま呼吸を整えていた。鼻先の赤は拭われているが、拭ったこと自体が負荷の証拠だ。

宗一が拘束具を持って前へ出る。


「鷺宮章雅。拘束します。立ってください」


鷺宮はゆっくり視線を上げ、紺野を見る。


「使いませんでしたか」

「使わせたかったんだろ」


紺野の声は低い。低いまま、刺すだけ刺す。


「人前で。あの手で」


鷺宮は頷いた。


「見せる価値があると思った。あなた個人を貶めたいわけじゃない。この国が最後に何へ責任を預けているか。そこを市民が見るべきだ」

「見せ方が汚い」


紺野が言う。


「被害者意識を煽って、役割を抜いて、押し倒して、最後に“ほら危険だ”か」


鷺宮の口元が、ほんの少しだけ動いた。笑いではない。指摘が刺さった時の無表情だ。


「汚い事は認める。だが綺麗な手続きの遅さで死ぬ人間も見た。汚い手つきで間に合わせた日もある。そこで手を止めろと言われても、止まらない」


紺野は短く言った。


「……返す気がない」


鷺宮の目が動く。


「人間を、ですか」

「ああ、人間をだ」


紺野は言う。


「お前の制度は“次の列”へ繋ぐのが上手い。元の場所へ戻す筋が薄い。戻る場所が壊れてる奴がいるのも分かる。分かるからなお質が悪い」


鷺宮は数秒黙ってから言った。


「戻る場所を作り直す。そのための制度だ。“今の国へ返す”のは救済ではなく処分になる局面がある。そこからは目を逸らさない」


宗一が割って入る。


「思想の陳述は拘束後に続けてください」


鷺宮は宗一へ視線を向ける。


「護国少尉。あなたは切る線が早い。だから強い。だから危うい」


綾瀬が冷たく言う。


「黙ってください」


鷺宮は綾瀬の言葉を受けて、穏やかに頷いた。


「……そうだな。今のは余計だった」


そして紺野へ戻る。


「少尉。最後に聞きたい。あなたは私をここで倒せる。拳でも、刀でも、能力でも。だが倒さない。なぜだ」


紺野は即答しなかった。

だが昨日の屋上で、珠洲原陽鳥に言葉にさせられていた分だけ、答えはもう形になっている。


「倒せば終わる場面がある」


紺野は言う。


「終わるが、終わり方が悪い。お前をここで消したら、外で見てる奴は“近衛がまた消した”しか残らん。お前の理想の顔まで一緒に切り取られて、次は別のやつが同じことを言う」


鷺宮の口元が、ほんの少しだけ動いた。笑いではない。納得だ。


「いい答えだ。だからあなたは怖い。力が怖いんじゃない。考え方が怖い」


志摩が呆れたように笑う。


「拘束される側が上から言うなよ」


鷺宮は志摩を見て淡々と言う。


「上ではない。前に出ているだけだ。だから名乗った」


羽場桐が息を整えながら、静かに言った。


「名乗ることが責任だと言うなら、拘束も責任です。あなたは受け入れますか」


鷺宮は迷わなかった。


「受け入れるさ。檻の中でも言葉は折れない」


53-2


宗一が手順通りに鷺宮の両手を取る。拘束具の金属音は小さい。

だがこの日、講堂で一番重い音はそれだった。

鷺宮は抵抗しない。抵抗しないまま背筋だけは崩さない。


「檻の中に押し込められても私は折れない。けして、この思想は引っ込めない。この国は変わる。変わる時に、私も含め、あなた方高位神術師の責任の置き方も問われる。そこからは逃がさない」


紺野は返さない。返さないまま目を逸らさない。


「逃げる気はない」


紺野は言う。


「ただ、お前のやり方のまま通す気もない」


鷺宮はそこで、ほんの少しだけ笑った。


「良い。ようやく話が始まった」


志摩が小さく舌打ちする。


「終わってねえって言い方、腹立つな」


宗一が淡々と告げる。


「護送します。移動中の発言は記録します」


鷺宮は頷いた。


「どうぞ。言葉は隠さない」


言葉を隠さない者ほど、言葉で人を縛る。

その癖を、紺野はもう見抜いている。見抜いているのに、完全には否定できない。否定できないから腹が立つ。


53-3


護送前に鷺宮は一つだけ要求した。


「外へ出してくれ。私の言葉で解散させた方が早い」


宗一が即答しかけたところで、羽場桐が先に口を開く。


「条件付きで認めます」


声は平らだ。平らなまま、判断が冷たい。


「隠して連行すると噂が先に暴れます。“攫った”絵を相手に渡す方が面倒です。本人に“今日はここまで”と言わせた方が、列は早くほどける」


講堂前の広場へ出ると、人はまだ残っていた。

配給を待つ顔、騒ぎで様子を見る顔、近衛を見る顔、何が起きているか分からず立っている顔。帝都の群衆はいつも単純な一色にはならない。


拘束された鷺宮を見て、ざわめきが走る。

鷺宮は壇に上がらない。広場の真ん中で立ち止まる。両手は拘束されたまま、それでも声は届く。


「今日は解散してください」


鷺宮が言う。


「講堂の運用は停止します。必要な医薬と情報は区の窓口へ回します。均衡会の担当が外で案内を書きます。並んでいる方から順に帰ってください」


列の前方から、迷いながら人が動き始める。

“鷺宮だから”動くのか、“近衛がいるから”動くのか。分けても意味はない。今は解散の流れを作る方が先だ。


鷺宮は最後に広場全体を見渡し、それから紺野だけを見る。


「少尉。今日はあなたが勝ったことにしておきます」

「俺は勝ってない」


紺野は即座に言う。

鷺宮は頷く。


「そうだ。そして私も負けていない」


宗一が腕を取る。


「行きます」


歩き出す直前、鷺宮はもう一度だけ紺野へ言った。


「能力を使わなかったのは良い判断でした。でも次もそう出来るかは別です。そこから先が、あなたの戦場だ」


紺野は返さない。

返さなかったのは言い返せないからではない。言い返すと、この場で要らない言葉が増える気がしたからだ。


護送車の扉が閉まる。金属音。

鷺宮章雅の顔が、車窓の向こうへ遠ざかる。

講堂の中には押収物が残っている。広場には列の名残が残っている。

河岸の倉庫跡も、消えたまま残っている。


終わったとは言えない。

それでも一つだけ、今日ついた決着がある。

名乗った人間が捕まったこと。

偽らない理想が言葉になったこと。

そして紺野健太郎が、使えば早い場面で使わなかったこと。


喉の奥の空腹は、まだ黙っている。

黙っているだけだと分かっていても、今はそれで足りる。


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