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幻想帝都 神州御親領衛記  作者: ニュートリノ鈴木
三章 東都が夜に落ちる日
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百二十五話 先遣決定


百二十五話


125-1 先遣決定



御親領衛本部の作戦室は、状況が悪いほど声が減る。


端末の振動音。

紙を繰る音。

軍靴が床を擦る音。

そういうものは残る。だが、人の声だけが少なくなる。何が起きているかで争う段が終わり、何を切るかだけが残ると、部屋はいつもそういう静けさを持つ。


羽場桐妙子は、東都周辺の地図を開いたまま、報告の束を作戦卓へ置いた。


第二首都庁舎群。

中央駅。

東外縁受け入れ線。

地下導線。

港湾連絡路。

高速支線。


宗一、東雲、真名から上がった位置と時刻だけを重ねる。長い説明は要らない。いま要るのは、理解ではなく順番だ。


西都はまだ喉を掴まれている。

南都は暮らしの顔で黙らされている。

北都は動かないことで動いている。

帝都は兵を持ちながら、味方確認で死んでいる。

そして東都だけが、もう理由を揃え切った街の顔をしている。


荒臣は作戦卓の向こう側で、その地図ではなく羽場桐の報告の置き方を見ていた。


「兵力不足ではない、か」

「はい」


羽場桐が答える。


「兵も車も燃料もあります。ですが、東都は第二首都です。受け入れる側も“誰を本当に通していいか”で揺れています。大部隊を今から入れる手は、照合で死にます」


荒臣は少しだけ顎を引いた。


「一騎当千などと景気の良いことを言う連中がいたな。ああいう言葉は便利だ。人の数が足りない時、少数へ不足分を押しつける口実になる。こちらとしては迷惑な話だが、今日はその迷惑がそのまま値段になる」


羽場桐は何も言わない。

反論の余地が無いからだ。

荒臣は続ける。


「もっとも、君たちは軍の手本のような連中ではない。綺麗に揃って、綺麗に命令を聞いて、綺麗に働くなら、とっくに他所で使われている。ここにいるのは、他所では扱いづらく、だがこういう時に限って妙に噛み合う連中だ」


そこで作戦室の空気が少しだけ締まる。

褒めているわけではない。

だが軽んじてもいない。荒臣はそういう言い方をする。


「残った札ではなく、間に合う札を切れ」


荒臣が言う。


「東都の出入りで二度照合を食えば、その時点で半日死ぬ。なら、今あの街へ入れる者だけを使う」

「はい」


羽場桐は短く答えた。

その一言で、半分はもう決まった。


125-2


呼ばれた者たちは、すぐに集まった。


三席、紺野健太郎。

五席、樋道芳芙美。

七席、志摩龍二。

八席、護国綾瀬。

十一席、三木一葉・双葉・三葉。

十二席、珠洲原陽鳥。


宗一、東雲、真名は東都固定。

高倉は西都固定。


作戦室に揃った顔ぶれそのものが、いまこの国に残っている手札だった。

紺野が最初に言う。


「他が動けないから、俺達か」


問いではない。

分かっていることを、自分の口で重くし直す声だった。

羽場桐は視線を逸らさない。


「そうです。重要だからではありません。他が互いを監視しているからです。大部隊は、出発前にもう一度死にます。御親領衛だけが、まだその段を跨ぐ事ができます」


樋道が顔をしかめた。


「嫌な言い方だね」

「嫌な話だからです」


即答。

樋道が肩を竦める。

志摩が壁に寄ったまま口を開く。


「要するに、よその連中が“本当に味方か”で足止め食ってる間に、オレらが泥踏むってこったろ。分かりやすいじゃねぇか」

「そうだ」


答えたのは羽場桐ではなく荒臣だった。


「信頼されているわけではない。比較の問題だ。他が自分たちで足を縛ったから、お前たちの方がまだ前へ出せる。それだけだ」


綾瀬が静かに問う。


「役割は」


羽場桐が地図を指した。


「東都外縁から第二首都庁舎群手前まで。紺野三席は実働の楔。陽鳥十二席は観測。樋道五席は壊さない切断。志摩七席は外周の減衰と、静かすぎる線の拾い上げ。綾瀬八席は規格と物の流れ。三木十一席は待機です」


一葉が顔を上げ、双葉がその袖を掴み、三葉は黙る。

意味は分かっている。


「今回は位置で止まれ」


荒臣が三人へ言った。


「前へ出れば役に立つ段はもう終わっている。いま余計な札を足せば、手数ではなく負債だ」


一葉は安堵とも、悔しさとも取れる嘆息を吐いたが、反論はしなかった。

それでいい。今日はそういう日だった。

陽鳥が端末を机へ置いたまま言う。


「健ちゃんは最初から前に出す。だったら志摩くんは要る。東都はこれから、うるさい所じゃなくて“静かすぎる端”から死ぬ」


志摩が鼻で笑う。


「分かってんなら最初からそう言え。オレはこういう時に派手な札じゃねぇよ」


樋道がぼそっと刺す。


「普段はうるさいくせに」

「うるせぇ」


短い。

だが、短く回る言葉だけがまだこの部隊を隊でいさせる。


125-3


羽場桐は端末を開き、東都内の線を繋いだ。

宗一。

東雲。

真名。

三人とも応答が早い。


早いのは忠実だからではない。東都からもう動けないからだ。戻せば次に入れない。第二首都はそこまで高くなっている。


『護国宗一です』

『東雲丈雲だ』

『支倉真名』


羽場桐が告げる。


「東都内の三名は固定。こちらから紺野三席、珠洲原十二席、樋道五席、志摩七席、護国八席を入れます。三木十一席は待機。高倉九席は西都固定」


最初に宗一が返した。


『妥当です』


東雲が続ける。


『受け入れ線はこちらで持つ。ただし“増援”としてではなく“先遣の追加”として扱ってください。正規の大隊と同じ流し方をすると、またそこで死にます』


真名が言う。


『地下はもう出入りの値段が高い。東都にいる者は、東都から動かさない方がいいです』

「分かりました」


羽場桐が答える。

荒臣が少しだけ端末へ近づいた。


「宗一」

『はい』

「東雲」

『はい』

「真名」

『はい』


三人の名を順に呼んでから、荒臣は淡々と言った。


「分かりやすい顔へ先に噛みつくな。現場に立っている木偶は泳がせておけ。本当に取るべきは、その顔の後ろで順番を仕切っている手だ」


宗一が即答する。


『承知しました』


東雲が低く続ける。


『外周の静かな線を先に拾います』


真名が少しだけ笑いそうになって、笑わない。


『派手な悪役を殴って終わる段じゃない、ってことでしょ』

「そうだ」


荒臣はそこで、ほんの少しだけ言葉を足した。


「強いだけでは足りん。面倒を抱え込み、偏った条件に合わせ、ろくでもない状況でも手を止めない。そういうものまで揃って、ようやく使い道が出る。君達は、その点ではよく出来ているよ」


褒めているようで、持ち上げすぎない。

軽くも扱わない。

荒臣はいつもそういう温度でしか人間を評価しない。


125-4


出動準備は早かった。


早いのは士気の問題ではない。

迷っても値段が下がらないと全員知っているからだ。

廊下は広い。

広いのに人が少ない。

少ないのではない。必要な人間だけが、もうそれぞれ別の線へ切られている。


紺野が先頭を歩く。

その半歩後ろに陽鳥。

さらに樋道、志摩、綾瀬。

三つ子は別線へ外される。

誰も喋らない。

喋らなくても、これが誇らしい出撃ではないことくらい全員分かっている。


車両庫の前まで、荒臣は来た。

見送りのためではない。次の指示へ向かう動線が少し重なっただけ、という顔をしている。

その“だけ”で空気が変わるのだから、始末が悪い。

樋道が小さく肩を竦める。


「少将閣下がここまで来ると、逆に怖いね」


荒臣は笑わない。


「本当に怖い時は私はもっと出張るぞ。いまはまだその手前だ」


志摩が鼻で笑う。


「縁起でもねぇ」

「縁起で勝てるなら軍はもっと楽だな」


その返しに、誰も続けなかった。

続けると、本当に別れの空気になるからだ。

羽場桐が最後に言う。


「東都は第二首都です。地方の延長ではありません。

勝つために入るのではなく、落ち方を遅らせるために入ると考えてください」


志摩が低く言う。


「要するに派手にやるな、だな」

「はい」


綾瀬は車の側面へ手を置き、短く答えた。


「理解しています」


陽鳥は端末を抱え直す。

紺野は右手をもう一度だけ握る。

怒り。

それから、まだ前へ出し切っていない何か全部を掌へ押し込めるための握りだ。

紺野は荒臣を見た。


「隊長命令は」


荒臣は帽子の鍔へ指を触れ、淡々と言った。


「東都を取って来いとは言わない。そんな軽い街ではない。遅らせて、生きて、次へ繋げ。とりあえずはそれで足りる」


短い。

だが、それで十分だった。


「了解」


紺野の返答も短い。

軽くはない。

エンジンがかかる。

車両庫の反響音が、いつもより少し大きく聞こえた。

英雄的な出撃ではない。

歓声も無い。

見送る顔も明るくない。

ただ、国の中で他が互いを信用できなくなった結果、最初に前へ押し出される札だけが静かに東都へ向かう。


車が動き出す。

荒臣は最後まで見送らない。

途中で踵を返す。

情が無いからではない。情より先に、まだ本部で裁かなければならない紙が山ほどあるからだ。


羽場桐もすぐ端末へ戻る。

西都はまだ喉を握られている。

南都は暮らしで黙っている。

北都は動かないことで動いている。

帝都は兵を持ちながら照合で死んでいる。

そして東都だけが、いま一番先に落ちる。


信じられているのではない。

ただ、動かせるだけ。

その最悪の信任だけを背負って、近衛御親領衛の先遣は帝都を出た。


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