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幻想帝都 神州御親領衛記  作者: ニュートリノ鈴木
三章 東都が夜に落ちる日
126/192

百二十四話 正規軍が遅れる


百二十四話


124-1 正規軍が遅れる


東都東外縁の受け入れ線は、車が来ない時ほど広く見える。

本来なら、ここは臨時の中継点に過ぎない。

外から入る増援を一度噛ませ、負傷者を流し、燃料と識別票を渡し直し、東都駐屯混成や第二首都庁舎群外周の各線へ兵と車を割っていく。

広く見える必要は無い。むしろ狭い方がいい。狭い方が、流れは前へ進む。

今朝は違った。

広いのに空いている。

空いているのに、準備だけは全部済んでいる。

東雲丈雲は、仮設照明の下に並ぶ空の誘導標識を見ていた。


第一受け入れ帯。

第二受け入れ帯。

工兵車両待機。

補給再配分。

識別票再発行。

緊急搬送分離。


どの札も立っている。

立っているのに、そこへ入ってくるはずの車列が無い。


「……嫌な空き方だ」


独り言に、風だけが返した。

横では、東都駐屯混成の若い中佐が何度も端末を見ている。


到着予定。

照会中。

再確認。

保留。


たぶん画面の文言はそればかりなのだろう。人間の顔がそういう顔になっていた。

東都駐屯混成は一万二千前後。

全部が死んでいるわけではない。

今すぐ都市中枢へ切れるだけでも四千から五千はいる。

数字だけ見れば十分だ。

だが第二首都東都を守るには、それでも足りない。足りない分を、帝都近衛第二師団や外縁待機の正規軍が埋めるはずだった。

来るはずの兵はある。

問題は、それがいつまでも「来るはず」のままであることだった。

中佐が顔を上げる。


「東雲大尉。帝都側の先遣、まだ入れません」


東雲は頷かなかった。

最初からそういう顔をしていたからだ。


「理由は」

「合流先照合です。第一機動群は出せる。ですが、第二支援路で受ける交通統制隊の署名差がまだ切れていない。港湾連絡で入る補給車列も、第二首都保全識別票の旧式運用が残っていて——」

「他は」

「あります」


中佐は即答した。

そこに迷いが無いのが一番嫌だった。


「帝都近衛第二師団だけではありません。西都側から切れる工兵支援もある。東側の搬送補助もある。

ですが全部、“この受け入れ線へ渡してよいか”の確認で止まっています」


兵が無いのではない。

受け入れ先としての東都が、味方にとって安全な受け皿かどうか、そこで止まっている。

主観では、空の駐車帯の白線だけがやけに眩しく見えた。

何も来ない白線は、たいてい嫌な意味を持つ。

そこへ何を置くつもりだったのか、その予定だけが目立つからだ。


受け入れ線は完全だった。

車両誘導、燃料、応急整備、識別票、通信、負傷者分離。

それだけ整っていて、肝心の増援が入ってこない。

この朝を最悪にしているのは、その“足りなさ”ではなく“整いすぎた空白”だった。


124-2


東雲は、受け入れ線の一番外れにある臨時通信車へ入った。


中は熱い。

狭い。

そして、紙と声で埋められていただった。

帝都。

照合中。

西都。

再確認。

南都。

保留。

東都外周。

受け入れ条件未確定。

同じ語が何度も飛ぶ。

そのたびに、誰かの兵力が少しずつ兵力ではなくなっていく。

通信士が、慣れた手で一枚の照会票を東雲へ差し出した。


「帝都近衛第二師団、第一機動群。出発準備完了、合流先交通統制隊の署名差照会中」


次。


「東都庁舎群向け搬送補助車列。識別票旧式運用に関する再確認中」


次。


「西都工兵支援小隊。受け入れ責任部署の窓口番号差異につき停止」


次。


「湾岸側燃料補給車列。第二首都保全の優先順位付与に異議照会」


東雲は、それを机へ戻した。


「全部正しいな」


通信士は答えない。

答えなくても伝わる。

全部正しい。

署名差を無視する方が危ない。

窓口差異を無視する方が危ない。

識別票の旧式運用をそのまま通す方が危ない。

第二首都東都へ入る車列と部隊なら、なおさらだ。


正しいから、止まる。

止まるから、間に合わない。

東雲は通信車の狭い窓から、外の空いた受け入れ線を見た。

整っている。

そこへ本来なら、帝都側の車列がもう入っていていい。

西都から切られた工兵支援が混じっていてもいい。

南側の補給補助が一部流れてきてもおかしくない。

だが何も来ない。


外の広さが少しずつ空洞に見えた。

空いているのではない。

援軍の予定だけがそこへ何重にも重なって、全部が紙の上で止まっている。

援軍は存在する。

東都外で切れる兵はある。

車もある。

燃料もある。

命令も紙の上にはある。

それでも東都へ届かない。

敵に押し返されたからではない。

来る前に、全部が“本当に味方か”“本当にここへ渡していいか”の照会へ変わってしまうからだ。


「援軍が来ないんじゃない」


東雲は小さく言った。

近くにいた通信士が顔を上げる。


「大尉?」

「援軍が、援軍である証明を求められたまま止まってる」


それが、この朝の東都だった。


124-3


受け入れ線の外で、東都駐屯混成の中佐と、第二首都庁舎群警備の大尉が言い争いになりかけていた。

怒鳴ってはいない。

だから余計に危ない。


「こちらは受け入れ可能です」


中佐が言う。


「少なくとも第一機動群だけでも先に入れれば、外周の穴は埋まる」

「その第一機動群に混ざる交通統制補助が、どこまで北都主力に通じた部隊なのか切れていません」


大尉が返す。


「第二首都庁舎群へ入れてから問題が出れば、修正では済まない」

「なら何もしない方がいいと?」

「そうは言っていない」

「言っているのと同じだ」


東雲はそこで口を挟まなかった。

どちらも正しいからだ。

中佐は兵の不足を見ている。

大尉は第二首都中枢の喉元へ混ぜ物を入れる怖さを見ている。

どちらも職務として正しい。

だからこそ、ここでどちらかを切ると後で国ごと裂ける。


少し離れた場所では、識別票の再発行台が空いている。

そこへ来るはずの兵が来ない。

燃料再配分台も空いている。

救護分離帯も空いている。

全部がいつでも受けられる顔をしているのに、その顔が逆に東都の孤立を完成させていた。


真名が遅れて合流した。

駅側からだ。

顔が少しだけ険しい。


「地下も同じ」


真名が言う。


「人の流れは作れる。でも、正規軍の受け入れが鈍いと、その流れをどこへ逃がしていいかが途中で細くなる」


東雲が頷く。


「こっちも同じだ。受け入れ線はある。だが、受け入れる側が揺れてる」


第二首都東都に兵を入れる。

その一歩が、他の都市と違って重い。

普通の地方都市なら、多少乱暴でも“あとで直す”が効く。

東都は違う。

通信、官庁、金融、搬送、鉄路、港。

そのどこかへ味方のふりをした混ぜ物を入れたら、後で直すでは済まない。

だから揺れる。

揺れるから遅れる。

遅れるから、外の援軍は東都にとって存在していても、東都の中では兵力にならない。

真名が低く言った。


「受け入れる側まで“本当に味方か”で止まり始めたら、もう都市が自分で孤立してるのと同じですね」

「そうだ」


東雲は短く答えた。

東都は包囲されているのではない。

東都自身が、自分へ入る味方を味方として受け切れなくなり始めている。

それが一番、始末が悪かった。


124-4


東雲は端末を取り出し、羽場桐妙子へ繋いだ。


繋がるまでの数秒の間に、空の受け入れ線へ風だけが吹く。

その風の音が妙に大きい。

本来なら、兵の足音と車のアイドリングで埋まっていていい音だった。


『羽場桐です』

「東雲丈雲です。東都東外縁受け入れ線」


報告は短くする。

短くしないと、いま必要な判断の輪郭がぼやける。


「援軍はあります。帝都、西都、その他、切れる兵も車もあります。受け入れ線も整っています。ですが、全部が合流先照合、署名差確認、旧式識別票、窓口差異、混入懸念で止まっています」


向こうで一拍。

短い。

だが、その短さの中に“やはりそこか”が入っている。


『受け入れ側も揺れていますか』

「ええ」


東雲は答える。


「東都側も、入れるべき兵を兵として受ける最後の一歩で止まります。間違えば第二首都の喉元へ混ぜ物を通す。だから正しい。正しいから、東都は自分で孤立します」


沈黙。

羽場桐の計算の沈黙だ。


『承知しました。兵力不足ではない。信頼崩壊による孤立、で確定します』

「はい」

『では、大部隊はもう前提にしません』


それしかない。

東雲にも分かっていた。

兵が大きいほど確認が増える。

確認が増えるほど、東都には間に合わない。

小さい部隊だけが、まだ短い指揮線で前へ出られる。

信頼では無く、他が信用できないからだ。


「妥当です」

『次は御親領衛を前提に切ります』

「ええ」


通話が切れる。

東雲は端末を下ろし、真名と一緒に受け入れ線を見た。


白線。

識別票台。

燃料台。

空いたままの受け入れ区画。


全部が、来るはずだった援軍の形をしている。

だが、その形はもう助けにならない。

助けは存在する。

それでも東都は孤立する。


東雲はその嫌な事実を胸の中で反芻し、それから踵を返した。

ここから先は、正規軍が来る前提で街を守ってはいけない。

その前提だけが、もう死んでいた。


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