第1話 巡る
リオが海底都市で1号と出会ってから、三年が経った。
その日、錬環区にいたアレンと1号を、誰もいない部屋に呼び出した。
そして、震える声で言う。
「もう……1号のことを黙っているのは、つらいんだ……」
このままでもいいのではないか──そう考えたこともある。
誰も、何も尋ねてこないから。
だが、それはあの日、アレンとフィオナの言葉を信じてくれた人たちへの裏切りになるのではないか。
それに、1号を訝しむ者も少なからずいる。
もし、このまま隠し続けて、いつか露見したら──。
1号は横で黙って立っていた。
まっすぐにリオを見つめているが、その表情は変わらない。
「……どうして、リオはつらそうなのかな?」
声は淡々としている。だがどこか、わずかに戸惑いが滲んでいた。
「黙っているのがつらい……とは、つまり……我のせいなの?」
問いかけるように言う1号。
理屈として理解しようとしているだけで、まだ心の奥までは届いていない。
リオは言葉を探す。
だが、その無表情を前にして、結局、何も言えずに飲み込んでしまった。
二人の様子を静かに見ていたアレンが、組んでいた腕を下ろす。
「……行くか」
それだけ言って、部屋を出ていく。
リオと1号は顔を見合わせ、その背を追った。
*
なぜか、学園に立ち寄った。
アレンが提出したのは、リオの休学届だった。
受け取ったヴァルセリオは戸惑いの表情を見せたが、リオ自身も事情がわからず、首を振るしかない。
アレンは何も説明せず、そのまま学園を後にした。
まずやって来たのは、聖導教会本部だった。
白を基調とした神殿は、建て直されて間もなく、新しい輝きを放っている。
「美しい建物だね。人の芸術というのも、いいものだよ」
1号が満足げに頷く。
「ここは、平和の象徴だった。瘴気に侵された人が救いを求めて訪れる。そんな場所だった」
リオも、再建された姿を見るのは初めてだった。
ただ純粋に綺麗だと思い、見ていたその耳に、アレンの声が流れ込む。
「元々は、もう少し小さかった。……1号、お前が壊すまでは」
その声は低く、石畳に落ちる靴音のように冷たかった。
リオは、ひゅっと息を呑む。
ゆっくりとアレンを見る。
そこに、いつもの穏やかさはなかった。
「我のおかげで、美しく、大きく生まれ変わったということなのかな。それはよかった」
1号は、無邪気にそう言った。
アレンは、それに対して何も返さず、すぐに踵を返す。
街を案内してくれるとでも思ったのか。1号は軽い足取りでついていく。
ただ一人、リオだけが、アレンの意図を何となく察していた。
唇を強く噛む。
それでも、1号の無垢な横顔を見てしまうと──何も言えなかった。
*
街を歩く、アレンの歩みは速い。
ついていくことはできる。
だが、その背は、ひどく遠く感じられた。
次に訪れたのは、建て直された狩人本部だった。
「ここは、我もアレンとよく来るよ?どうして……」
1号が戸惑ったようにアレンを見上げる。
新しい狩人本部は、今日も多くの人で賑わっていた。
瘴気が減り、狩人の数は減ったかと思いきや、増えていた。
魔獣を倒すだけでなく、困った人を助ける便利屋のような役割も果たすようになってきたからだ。
依頼を持ち込む者。
それを引き受ける者。
問題が解決し、笑顔で礼を言う者。
そこには、確かな“日常”があった。
「ここは、希望の象徴だった。瘴気魔獣に苦しむ人々が、藁にもすがる思いで訪れる場所だった」
アレンは建物を見据えて淡々と続ける。
「……三年前、お前が踏み潰したんだ」
リオは、当時を思い出して目を伏せた。
あの時の惨状。
巨大な瘴気魔獣。
必死に立ち向かい、自然の力も利用して、どうにか倒した。
「どうして三年も前のことを?」
1号が、不思議そうに首を傾げる。
「どうしてだと思う?」
アレンが静かに問い返す。
1号は答えようとして口を開き──そして、閉じた。
ようやく、アレンの様子がいつもと違うことに気づいたようだ。
不安げに眉を下げ、こちらを見てくる。
リオは、何も言わなかった。
ただ、そっと1号の手を握った。




