第2話 巡る2
狩人本部を出たあと、1号の足取りが急に重くなった。
「……もう、十分じゃないかな。我は……」
かすれた声でそう言いかけた瞬間、アレンが無言でその腕を掴んだ。
そのまま前を向いて歩き出す。
「アレン……?」
1号は見上げる。抗う力はなかった。
アレンの手は「逃げることを許さない」と告げているようだった。
リオは一瞬、止めたい衝動に駆られる。
だが、唇を噛み、黙ってついていった。
*
馬車に揺られること、五日。
その間、アレンはほとんど口を開かなかった。
ただ静かに、1号と目を合わせることもなく、そこにいる。
辿り着いたのは、リオも知らない場所だった。
かつては大きな街だったのだろう。
だが、中途半端に復興しかけたまま止まり、今は廃墟となっている。
「ここは、エリオスという街だ。商人も旅人も集まる、大きな街だった」
アレンの後を追って、街に足を踏み入れる。
崩れかけた建物が並び、ひどく静まり返っていた。
「十九年前、救済の環に破壊し尽くされた。復興も諦められ、そのまま放置されている」
久しぶりにかけられた言葉に、1号が嬉しそうに顔を上げる。
「そうなんだね。すぐ直せそうなのに、もったいないなあ」
違う。
そう言いたかった。
アレンは“諦められた”と言った。
きっと、復興の途中で、それどころではなくなる何かがあったのだ。
1号を見下ろすアレンの瞳は、変わらず静かだった。
*
次に向かったのは、北だった。
十二日もの間、馬車で揺られた。
砂埃にまみれ、夜は星空の下で眠った。
アレンは変わらず何も語らない。
その沈黙は言葉よりも重かった。
背中に1号の視線を感じながら、それでも振り返らない。
1号はアレンが応じてくれないから、リオに話しかけてくる。
はじめはリオも笑顔を返していたが、やがて、だんだん疲れてくる。
頬に砂がついていることにも気づかず、1号は遠くを見ている。
その無邪気さが。
アレンの有無を言わせぬ厳しさが。
リオの肩に、重くのしかかっていた。
*
到着したのは、広大な草原だった。
「ここは、カルドニア草原だ。十九年前、大きな戦いがあった」
カルドニアの戦い。
歴史で聞いた地名に、リオは周囲を見回した。
草原と呼ぶには、あまりにも荒れている。
緑は少なく、茶色い地面と枯れた草がどこまでも続いていた。
風に乗って、土とも腐臭ともつかない匂いが漂う。
足元には、砕けた鎧や槍の破片が、今なお散乱していた。
「マグナ・オルビスの影響で、この土地には今も瘴気が染みついている。作物も育たない。浄化もしきれない。不毛の大地だ」
リオはごくりと息を呑む。
知らなかった。
それだけ、瘴気による激しい戦いがあったということだ。
「だったら、ここに瘴気精錬所を作ればいいんだね」
1号が、あっさりと言った。
「なんだ、アレンともあろう者が、そんな簡単なことにも気づかないのか」
気付いた自分はえらい。
そう言いたげな1号に、リオは強く拳を握る。
そんな単純な話じゃない。
瘴気精錬所は、管理が必要だから簡単には作れない。それに、もっと人の多い場所が優先される。
口を開きかけた瞬間、アレンと目が合い──口を噤んだ。
*
それから、エルヴァント峰へ向かった。
1号の口数は減っていた。
リオは一番後ろを歩く。
中腹。開けた場所で、アレンが足を止めた。
何もない場所。
だが、アレンだけが、静かに息をつく。
「……ここは?」
1号が問いかける。
アレンは、ゆっくりと振り返った。
「師匠の……ダリオスの最期の地だ」
吹き抜けた風が、ひどく冷たかった。




