第3話 巡る3
ここが──。
リオは、アレンの後ろに目を向けた。
「師匠は、ここでマグナ・オルビスを破壊した。俺たちを……世界を守るために」
1号が、目を大きく見開く。
「あれを……?アレンの師匠は、すごい人なんだね!」
リオは、父の顔を見ることができなかった。
アレンが静かに続ける。
「……遺品は、何一つ残らなかった。使っていた大剣を除いて」
「それはそうだよ、人の身では耐えきれない」
1号は、どこか納得したように笑う。
「そうだったんだね……。人の命はいつか尽きるものだよ。アレンの師匠は、それが少しばかり早かったんだね」
──音もなく。
リオの中で、何かが切れた。
「……ダリオスさんは、三十六歳で亡くなったんだ」
思っていたより、ずっと低い声が出た。
1号が振り向く。
「父さんは、三十七になる。ダリオスさんと、ほとんど同じ年だ」
「そうだね……?」
1号が首を傾げる。
止まらない、止められない。
「ヴァルセリオ先生は、五十三歳になった。ダリオスさんが生きていたら……先生と同じくらいなんだ」
1号が瞬きをする。
「うん。だから、何かな?」
その一言で、抑えていたものが決壊した。
「1号がマグナ・オルビスを人に与えていなければ!」
声が弾ける。
「ダリオスさんは、今も生きていたんだ……!」
抑えきれなかった感情が、冷たい風に乗って山肌に響く。
「……それは、そうかもしれないね。でも、人は他の要因で死ぬことも──」
「少なくとも、ここで命を落とすことはなかった!」
遮るように叫ぶ。
「わかるか!?瘴気で世界が崩壊しそうな中、師を喪って、それでも竜と対峙した父さんの気持ちが!1号にわかるか!?」
言い切った瞬間、胸の奥に押し込めていた痛みが溢れ出す。
──あの日。
母が、フィオナが攫われた日のことが、脳裏をよぎる。
『取り乱したところで、何も解決しないからだ。うろたえる暇があれば考えろ、足踏みする前に動け』
父の言葉。
いつ、それを悟ったのか。
今、わかった。
1号が、ゆっくりと首を振る。
言葉に力が入らず、声がかすかに震える。
「でも、それは……我のせいでは……」
「今、父さんが死んでも──同じことが言えるのか!」
1号が、完全に動きを止めた。
口を開きかけるが、声は出ない。わずかに眉をひそめ、視線を落とす。
もし今、父がいなくなったら。
それでも歩みを止めずに進むなんて──自分には、できない。
一体どれだけの苦しみを、悲しみを耐えたのだろう──胸が痛む。
「リオ……」
アレンの声。
顔を上げると、目が合った。
アレンは静かに肩の力を抜いた。
どこか泣きそうに細められた瞳──その眼差しには、厳しさとは別の何かが滲んでいた。
「アレンが死ぬのは嫌だ!でも、アレンの師匠のことは知らない!我には関係のないことだ!」
1号が、拳を握りしめて叫ぶ。
まだ、そんなことを言うのか。
一歩踏み出そうとした、その前に──アレンが1号の腕を掴んだ。
庇ってくれると思ったのか、1号が一瞬、安堵したようにアレンを見る。
だがアレンは背を向け、そのまま山を登り始めた。
「アレンも、我をいじめるの?どうして、そんなひどいことをするのかな?」
1号の声は震え、怒りとも悲しみともつかない響きだった。
「いやだ!この先には竜の封印しかないんでしょ!?もう帰ろう!」
1号が駄々をこねる。
アレンは腕を引き、そのまま前へ進む。
答えはない。
リオもまた、黙ってついていった。
*
山頂は、思いのほか静かだった。
大小二つの土山がある。
──それが墓だと、すぐにわかった。
アレンが、手を合わせ、目を閉じる。
リオもそれに倣う。来るのは初めてだったが、ここが誰の墓か、考えるまでもなかった。
背後で、1号が落ち着かない様子で歩き回っている。
やがてアレンが目を開き、1号を見た。
「1号。竜はなぜ、瘴気を背負ったと思う?」
1号は少し怯え、視線をさまよわせる。
「……わからないよ。そんなの、自殺行為だ。誰が好き好んで……」
「竜の、大切な人が悲しんだんだ。この世界に満ちた瘴気を、嘆いたんだ」
静かな声だった。
「……碑文の内容かな?いくら大切な人の言葉でも、どうしてそんな……」
「知っていたんだな、碑文の言葉を」
空気が、凍りつく。
1号は自分の口を押さえた。
目に、はっきりとした恐怖が浮かぶ。
アレンは再び腕を掴み、山を下り始めた。
1号が嫌がっても、立ち止まることなく歩き続ける。
リオは、手を伸ばすことができなかった。




