第4話 償うということ
馬車は、長く長く揺れ続けた。
二週間にも及ぶ旅路のあいだ、1号は何度も帰ろうとごね、馬車を降りると言って騒いでいたが、今はすっかり静かになっている。
膝を抱え、そこに顔を埋めるようにしていた。
御者は何か言いたげにしていたが、重苦しい空気に押され、結局は口を閉ざした。
やがて、馬車が止まる。
1号がふらつきながら降り立ち、視線を向けた先には、リオもよく知る景色が広がっていた。
青空の下、廃れた村。
崩れた家屋は緑に覆われ、人の気配はない。
それでも、穏やかな風が柔らかく流れている。
アレンが静かに口を開く。
「ここは、俺の故郷だ」
1号はのろのろと顔を上げ、軽く首を傾げる。
動きも表情も、どこか鈍い。
「そうなんだね……なんていう名前なのかな?」
「フロル村だ」
その名を聞いた瞬間、1号の表情が強張る。
アレンの声が、低く響いた。
「三十一年前、この村は壊滅した。救済の環と、ある瘴気魔獣がその原因だ」
1号が一歩、後ずさる。
だがアレンは、その腕を掴んだ。
「お前なら、よく知っているだろう?」
リオの胸がぎゅっと締め付けられる。
──1号自身が言っていた。その惨状を、研究材料として見ていたと。
「村人を……俺の父と母を殺したのは、瘴気魔獣化したルミナスだった」
短い悲鳴が、1号の口から漏れた。
リオはそっと目を伏せ、その場を離れて丘を登る。
丘の上には、いくつもの墓と、一本の大剣が立っていた。
伸びた草を剣で払い、積もった葉を落とす。
簡易的に整えていると、アレンが1号を連れてやって来る。
腕を離された1号は、墓を見てゆっくりと目を見開いた。
吸い寄せられるように歩み寄り、大剣の前で立ち止まる。
アレンは墓を見つめ、息を吐いた。
「……お前は何も考えず、ただ見ていただけだったな」
1号の肩が、小さく震える。
「父親の罪まで背負う必要はない。だが、何も考えなかったことは罪だ」
言葉は静かだが、重い。
「自分の行動がもたらす影響を考えられなかった──それがだめなんだ」
1号は大剣の前で立ち尽くし、膝に力を込める。
リオも胸を締め付けられ、息を詰めた。
「起こったことは取り消せない。だから学ぶしかない」
アレンは少し間を置き、ゆっくりと続ける。
「自分の何が悪かったのか、自分の行動がどういう結果を生んだのか──それを噛み締め、同じことを繰り返さないように生きるんだ」
振り返った1号の眉が、わずかに寄る。
瞳が揺れ、瞬きのたびに微かな光が滲む。
呼吸が浅くなる。
リオにはその微細な変化が、1号の内側に初めて芽生えたものを映しているように見えた。
「自分自身が己を赦せるまで……他の人が赦してくれるまで」
アレンの視線が、1号を射抜く。
「辛くても、苦しくても──向き合い続けるしかない」
1号の膝から力が抜け、手がほんの少し震えた。
風が吹き抜け、草がざわめく。
1号はゆっくり顔を上げ、深く息を吸い込む。
拳を握りしめ、唇をかすかに震わせた。
「我は……やり直せるのかな?」
その声に答えるように、アレンは静かに頷く。
「ああ。罪は消せない。だが、軽くすることはできる」
そして、短く言った。
「考えることを放棄するな」
丘の上を渡る風が、1号の髪をそっと揺らす。
アレンは視線を落とし、墓石に積もった葉を一枚、そっと払った。
「何が正しくて、何が間違っているか──それは自分の目で見て判断するしかない。答えのない解を考え続けろ」
その言葉に、リオははっとする。
厳しいだけじゃない。1号を導き、立たせようとする温かさがあった。
アレンは1号を見つめ、目を細める。
「それでもわからなかったら──誰かに頼ればいい」
リオは胸が震え、思わず拳を握る。
1号の肩がさらに小さく震え、目の奥に光るものが、ゆっくりと溢れそうになった。
「答えは得られなくても。きっと、代わりの何かは得られるはずだ」
言葉が丘の風に溶け、リオの胸にも静かに落ちた。
1号は唇を噛み、小さく頷く。
その姿を見て、胸の奥に温もりが差し込むのを感じた。




