第9話 未来を動かす力
学園が再開された。
リオは、日中は学生として学び、放課後は錬環区の研究に参加する日々を送っている。
この日は寮の自室に、アレンと1号が来ていた。
1号は椅子に腰掛け、興味深そうに本を読んでいる。
アレンは最近、1号と行動をともにするのが当たり前になっていた。
実験によって瘴気の浄化理論は証明され、現在は瘴気精錬所の建設が本格的に進められている。
瘴気には“好む振動の型”があり、その型を媒体に刻むことで、自然にその流れを誘導できる。
それは“刻紋”と名付けられた。
「へえ……マグナ・オルビスの表面の溝が、その刻紋なんだ」
リオの呟きに、アレンが頷く。
危険なマグナ・オルビスなどの古代遺物を直接使うのではなく、魔金属に刻紋を施すことで、安全に瘴気を誘導できる。
そうして魔金属を触媒として機能させ、悪意の成分を切り離し、魔力へと戻すことができる。
安全な媒体に正しく刻まれた刻紋であれば、暴走の危険もない。
「試験的に作ったものにずれがあった。局所的な暴走が起きたが、フィオナの浄化で何とかなった」
「気を付けないとだ……」
刻紋そのものは不変であるがゆえに危険でもある。
そのため設計図は三つに分割され、それぞれ別の機関で保管される予定だ。
再作成には三者の合意が必要。緊急時のみ、二者の承認で一時的な再生産が許される。
さらに精錬装置側にも安全機構が組み込まれ、暴走や悪用の兆候があれば即座に停止する仕組みだ。
刻紋とは、瘴気を制御する設計図でありながら──装置を通すことで、誰もが安全に扱える“水道の蛇口”のような存在になる。
その説明を聞きながら、リオは胸の奥に小さな不安を覚えていた。
もし、悪意を持つ誰かが現れたら──この力を利用しようとしたら、どうなるのだろう。
「本当に、それで安心なのかな」
アレンも顎に指を当てる。
「……そこなんだ。客観的に監視できる第三者がいればいいんだが」
「そんな都合よく、安心して任せられる人、いないよね……」
リオは視線を落とした。
自分も、いつかはこの世からいなくなる。
その先の未来でも、この仕組みが正しく使われ続けてほしい──そう願わずにはいられなかった。
*
ある日の放課後。
リオはあるものを手に、錬環区を訪れていた。
「ヴァルセリオ先生」
駆け寄ると、ヴァルセリオは穏やかに振り返る。
「少し実験したいことがあるんです。今、お時間いいですか?」
「ええ、構いませんよ」
リオはテーブルの上に小さな袋を置いた。中から、透明な丸い石がいくつか転がり出る。
「これは?」
「共鳴石です」
一つ手に取り、リオは続ける。
「魔力を宿しやすい石で、込めた魔力の属性によって色が変わるんです」
「ふむ……面白い性質ですね」
魔力を込めると、石が赤く染まった。
「一度魔力を込めたらそれきりだと思ってたんですけど……どうやら、取り出せるみたいなんです」
ヴァルセリオが、赤く染まった石を見つめる。
「取り出せる……魔力を?」
リオは頷く。
「共鳴石にあらかじめ魔力を込めておけば、好きなタイミングで利用できます。例えば、この石から魔力を供給して、小型の装置を動かしたり、明かりを灯したり……」
言葉にするほどに、想像が広がっていく。
石に宿した力を使えば、世界が少しだけ自分の手で動かせる──そんな未来が、確かに手の届く場所にある気がした。
「そうすれば、どこでも魔力を動力として使えるんです」
ヴァルセリオの口元がわずかに震えた。
「リオ君……それは、素晴らしい発想ですよ」
その言葉に、リオは笑顔を浮かべる。
やはり──この人なら、そう言ってくれると思っていた。




