第3話 止まらぬ牙
お父さん──その言葉に、リオは小さな引っ掛かりを覚える。
「父親が、いるの?」
「そうだよ。我にも当然、我を創った者がいる。そのお父さんのお願いなんだ。叶えるのは当然でしょ?」
リオはさらに問いかけようとした。
だが、1号の視線は、蒼白で息の荒いアレン、その肩を支えるフィオナに移っていた。
「瘴気を減らす。あれは実に見事な仕組みだよ。無くせないものをどう減らすか、よく考えられている」
賞賛の響き。
しかし次に落ちた言葉は、氷よりも冷たかった。
「──だから、壊すしかないよね」
1号がかき消えた。
次の瞬間、アレンの真横で刃が空を裂く──その軌跡の中から影が現れる。
アレンがフィオナを突き飛ばす。
そのまま身をねじ込み、歯を食いしばり、剣で受け止めた。
轟音。
1号が軽やかに着地する。
真っ白な壁に亀裂が走り、その中央でアレンが呻く。
フィオナが浄化の魔法を放つ──だが、何も起こらない。
「ああ、無駄だよ。我は瘴気魔獣じゃないから、浄化できない。でもいいね、試すのは大事なことだよ」
またも賞賛。
その無邪気さが、余計に不気味だった
「汝は魔法しか使えないんでしょ?最後に回してあげるから、大人しくしているといいよ」
「ふざけ…ないで……」
フィオナの唇が震え、肩も小刻みに揺れる。
──もう、見ていられなかった。
リオも床を蹴る。
全身に力を込め、足裏が痛みを覚えるほど踏み込んだ。
1号はフィオナに視線を向けている。
その背後から切りかかる。
ぐりん、と首だけが回った。
「なっ……!」
体は前を向いたまま、顔だけが真後ろを向いている。
視線が、こちらを射抜いた。
背筋を氷でなぞられたような嫌悪感が、一気に全身を締めつけた。
刃と化した腕が、リオの剣を弾く。
手首の震えを、抑えきれない。
ユリウスが、掠れた声で呟いた。
「化け物……」
1号が、心外だと言わんばかりに眉を寄せる。
「我にしてみれば、魔法などという不確かなものを使う汝らの方が、よっぽど化け物だよ」
視界の端で、イリスが怯えた表情で一歩後ずさる。
瓦礫を踏み砕きながら、アレンが立ち上がる。
手首を返し、口元を掠めるように拭う。
剣を握り直し、視線はそのまま、1号を射抜いた。
「この……外道が……」
1号が、ゆるりとアレンに視線を返す。
「うん、その言葉は半分正しいね。我は人間ではないから、汝らの道徳観念はわからない」
リオは理解する。
この少年には、人の心がない。
言葉を尽くしても届かない──人倫を外れた存在。
人としての前提を失った相手に、何を向ければいいのか。
相手を“人”だと信じているからこそ、言葉を向けることができる。
責任や罪も……その延長にある、はずだった。
だが、その土台が崩れた今──討つべき“敵”として割り切ればいいのか。
それとも、何か人らしいものを探し続ければいいのか。
わからなくなる。
「父親は……1号、お父さんと話せないかな」
リオは、縋るように願った。
しかし1号は、リオを見ることもなく、淡く笑う。
「話してどうするの?返事があっても──我の在り方は変わらないよ」
「そんなの、わからないじゃないか。お父さんは、テラなんでしょ?」
──1号を創ったその人は、人間だ。
ならば、話が通じるはずだ。
だが、その一縷の望みも、冷たく砕かれる。
「お父さんはもういないよ。我が創られて、どれだけの時が過ぎたと思っているんだい?」
膝が崩れ落ちそうになり、リオは剣の柄を握る手に力を込めた。
父親の願いを叶えると言いながら、その父はもう存在しない。
ならば──人としての理が通じないこの少年を、いったい誰が止められるというのか。




