第2話 誰も知らぬ罪
どうして、こんなことをしたのか。
何が、引き金になったのか。
俺たちと、これからどうありたいのか。
確かめに来たはずだった。
確かめに来た──はず、だったのに。
「みんなで、頑張ったんだ。みんなで……」
ボロボロになって、一生懸命、頑張ったのだ。
それなのに。
「ふうん」
1号が笑みを消す。
「頑張る、努力する、根性。そんなつまらなくて定性的なものに、我は負けたのか」
「え……?」
リオは耳を疑った。
言葉が、頭のどこにも届かない。
──つまらない?
昨日のあの死闘を。
つまらないと、言ったのか?
「本当に……ルミナスは、どうしていつも、我の邪魔をするのか」
1号が、ため息をつく。
その淡々とした声が、胸の奥に、冷たい刃を差し込む。
「50年前にマグナ・オルビスを与えたというのに、結局、竜の復活にも失敗してしまった」
マグナ・オルビス。
竜の復活。
はっと、リオは両親を見た。
二人の表情が──凍り付いている。
瞬き一つせず、呼吸の音すら、聞こえない。
「救済の環、といったかな。あれは本当に、都合が良かった。28年前には、ルミナスの瘴気魔獣化にも成功したし……」
「28年前……?」
アレンの声が、震える。
喉から無理やり絞り出した、ひび割れた音。
「そう、たしか……フロル村と言ったかな。それに、16年前も、もう少しで竜を復活させられる、というところまでいったのに」
16年前。
父と母が、竜を、そして世界を救った時。
頭の奥で、何かが砕けた気がした。
考えが、追いつかない。
心だけが、遅れて沈んでいく。
アレンが、床を蹴る。
フィオナが、詠唱する。
光の槍が1号に襲い掛かった──だが、1号の手の一振りで、魔法は刹那に消えた。
アレンの剣を受け止め、1号は困ったように眉を寄せる。
「ほら。人間は、怒ると直ぐに動きが単調になる。魔法が効かないのも、学習済みでしょ?」
いつの間にか、1号の腕に黒い結晶が浮き出ていた。
昨日、必死に倒した竜の、結晶鱗と同じもの。
背筋が総毛立つ。
世界が白く遠のいていく。
アレンが叫ぶ。
「お前が!!お前が、俺の大切な人たちを殺したのか!!」
「それは、少し早計じゃないかな」
1号は微笑む。
その無邪気な笑みが、言葉よりも残酷だった。
「我はただ、種を蒔いただけ。水をかけ、育てたのはルミナス。汝たちなんだ」
リオは、ゆっくりと首を横に振ることしかできない。
膝が震え、足裏の感覚が消えていく。
──聞きたくない。
耳を塞いでも、声は内側から響いてくる。
「雨が降って、洪水が起こった。汝は、雨雲に文句を言うのかな?」
その言葉は、正しい。
確かに、正しい。
だが──体が。
心が受け付けない。
喉の奥が焼け、声にならない叫びだけが震えた。
正しさが、ただひたすら、憎らしい。
アレンの剣が、弾き返される。
「せっかく、瘴気が順調に増えていたというのに。汝たちが対策を取ったせいで、こちらも、動かざるを得なくなってしまった」
1号は、心底困ったように言う。
「アレン、と言ったかな。汝は邪魔だな。汝がいる限り、ルミナスは絶望しない」
リオは呼吸を忘れていた。
胸が焼けるほど苦しいのに、吸えない。
「それに、光魔法の主要な使い手を確保しようとしたのに。一人、逃げた」
裂け目に吸い込まれる母の姿が、焼き付いたまま甦る。
頭が、真っ白になる。
心臓が、ひとつ抜け落ちた。
「複数の被検体は不要だから、もう一人は始末する予定だったのに。邪魔をしてくれたね」
蛸型の瘴気魔獣。
頭を貫かれかけた瞬間が、脳裏をよぎる。
胃の奥が反転する。
吐き気と、寒気が、一気に込み上げた。
「もう……お前は話すな。何も、言わないでくれ」
アレンが、乾いた声で懇願する。
その声には、怒りも、悲しみもなく──ただ、耐え切れぬ絶望だけが、滲んでいた。
「光魔法が、どういうものかはわかった。もう、十分だ。だから、いなくなってもらうよ。お父さんのためにも」




