第1話 計算された出会い
プシュー、と静寂を裂くように空気の抜ける音がした。
扉が開く。
まるで、こちらを誘っているかのようだ。
リオたちは顔を見合わせ、その扉をくぐる。
白一色の廊下が静かに伸び、やがて広間へと開けた。
白が、すべてを覆っていた。
天も地も境を失い、果てしない白がただ続く──足元の感触だけが、かろうじて現実を繋ぎ留めていた。
空中には、無数の半透明の窓が漂う。
そこには見覚えのある街角、人物、事件の断片──過去の世界が、息づくように脈動していた。
視線を動かすたび、光景がわずかに揺れた。
「ここは……」
リオの声も、どこか遠くに吸い込まれるようだった。
白の空間に、ひときわ冷たい気配が立ち込める。
音も影もほとんどないのに、理知的な何かの圧が身体を締めつける。
無数の目が、リオたちの動きを記録しているかのようだった。
そして、空間の中心に──その人は、無機物のように静かに立っていた。
白髪が光を受けて、静かに揺れる。
小さな体躯に収まったすべてが左右対称で、服の襟や袖まで、どこを見ても無駄がない完璧な形。
瞳は透き通った氷の青。
口元には笑みを浮かべているが、目が笑っていない。
立っているだけで空間の秩序を支配しているかのようだった。
無限に広がる白い半球状の部屋に、まるで一点の焦点のように存在する。
手足の角度、首の傾き、まばたきの間隔に至るまで、計算し尽くされた均整。
リオは、無意識に一歩後ずさる。
その無垢な姿と、非人間的な精密さのせいで、理性よりも先に、圧倒される──。
「ようこそ。我は汝たちを歓迎するよ」
少年の声は無色透明で、空気そのもののように耳へ滑り込む。
鼓動が跳ね、思わず肩を震わせた。
「昨日の襲撃は、残念ながら失敗してしまった」
空気が、わずかに震える。
誰も、息を吐けない。
アレンの眉が、ピクリと動いた。
「けど、かなり上手くできたと思うんだ。ねえ、どうだった?汝たちの感想が聞きたいんだ」
口が開いたまま、声が出ない。
リオは、理解できなかった。
──今、何を質問された?
「教えてよ。休む間を与えず、神経がすり減っているところへ、最も頼りにする象徴を消す。これ以上ないくらいの劇的な筋書きなのに、どうして失敗したかわからないんだ」
無限に広がる白に、たったひとり。
少年の存在だけが、鮮烈に浮かび上がった。
*
誰も、何も言えなかった。
子どもの見た目でありながら、言葉は流暢だった。だが、その口調はどこか幼い。
何だ、これは。
誰だ、これは。
リオは震えた。
アレンが、呆然と呟く。
「お前は……テラ、なのか?」
その問いに対して、少年は笑顔のまま首を傾げた。
「質問に答えてくれないのに、質問をするんだね。まあ、いいけど。違うよ、我はテラではない」
「え……?」
リオの口から、思わず声が漏れる。
「我は、創られた存在だから──」
少年は一拍置き、微笑んだ。
「そもそも人間という括りですらない。我のことは、そう……1号と呼んでくれるかな」
「創られた……存在?」
フィオナが問う。
「汝らのわかるように言うと……自ら考え動くゴーレムのようなもの、かな」
少年──1号が、胸の前で手を合わせる。
「それで?どうして汝たちは、グランゼリアを守り切れたのかな?」
問いは一巡し、再びリオたちへと突き刺さる。
「象徴を踏みにじる、瘴気魔獣。あれは効果的だったでしょ?」
少年はわずかに首を傾け、青い瞳を瞬かせた。
「ルミナスの中で、英雄と呼ばれる者たちに最も響くであろう、“竜”の姿を模してみたんだ」
アレンが息を飲み、目を見開く。
フィオナは胸の前で両手を握り、1号を睨みつけた。
「もう一体も、聖導教会……祝福をつかさどる場所に落とすのだから、その場で最も映えるように、“祈りを歪めた”姿にしたんだ」
リオも、ユリウスも、イリスも、言葉が出ない。
「せっかく対魔法の工夫も施したのに……」
刃が、人の形を借りて、語っていた。




