第5話 未知の囁き
潜水艇は膜に阻まれず、滑らかに内部へ滑り込む。
膜の向こうには、まるで水面が空中に浮かんでいるかのような、静かな池が広がっていた。
浮遊感に身体がふわりと揺れる。
リオは目を見開き、息を止めた。
光を反射する水面が、都市内部の白い建造物を映し出し、幻想的に揺れている。
胸の高鳴りが増し、鼓動が早くなる。
潜水艇はそっと水面に着水し、静かに浮かんだ。
リオも続いて水面に降り立つ。
潜水艇の扉が開く。
顔を出すと同時に、アレンが周囲をなぞるように視線を走らせた。
リオは岸まで潜水艇を押し、乗り上げたことを確認して水から出た。
岸は土だった。
少し緑もある。
だが、その向こうは、ひたすらに金属味を帯びた白が広がっている。
空気は重く、わずかに塩気を帯び、湿度の高い冷たい匂いが鼻をかすめた。
「……静かだ」
リオがまず最初に感じたのは、風も音も届かず、人の営みも動物の気配もない、異様な静寂だった。
そこには、ただ淡い光に照らされる白い建造物と、揺れる影だけが存在している。
胸の奥がひんやりと冷え、無意識に息をのむ。
潜水艇から出たアレンたちも、リオと同様、不思議な違和感を感じているようだった。
「ここが、あの騒動を起こした敵の本拠地……?」
にわかには信じられない。
侵入を検知され、防衛されることも覚悟していたが、その素振りはまったくない。
「気を抜くな、行くぞ」
アレンの言葉に、リオたちは頷いた。
*
アレンの後ろに続きながら、リオは不気味さを強く感じていた。
金属のように硬質で滑らかな建造物は、人が住むための形をしているのに、扉も窓も閉ざされたままだ。
建物の配置は整然としており、通りは無音。
そこに、人の気配はまるで感じられなかった。
息をするたびに、体がぎゅっと締め付けられるような感覚があった。
光源は点在しているものの、暖かさはなく、反射する金属面だけが淡く輝いている。
街の中を通る水面が光を揺らすたび、建物の影が、まるで生き物のように揺れる。
枝分かれした道に、道標があった。
その文字を見て、リオとアレンは揃って息をのむ。
「古代文字……!」
リオは小さく叫んだ。
よく見ると、建物の壁にも古代文字が刻まれている。
普段よく見る文字は、一文字たりとも存在しない。
「ここは……古代文明の遺跡なのか?」
アレンが呆然と呟く。
ユリウスがリオに尋ねてきた。
「古代文明って、たまに遺跡が見つかる、あれのこと?」
リオは頷く。
今度は、イリスが口を開いた。
「古代って言うくらいだから、ものすごく昔に栄えた文明なのよね?」
「うん……具体的に、どのくらい前っていう記録はないんだけどね」
質問に答えながら進んでいると、建物の壁に見慣れない文字が並んでいるのが目に入った。
店の看板のようだ。
「瘴気……?」
間違いない。古代語で瘴気という文字が書かれている。
その後ろには、さらに別の文字。
「瘴気……ジューテンヤ?」
リオは理解できず、戸惑いながら口に出してしまった。
「瘴気、充填屋だ。何かに瘴気を満たすことを目的とした店、ということだろう」
アレンは眉をひそめ、じっと文字を見据える。
警戒と、理解しがたい不気味さに揺れる表情だった。
イリスが戸惑い、リオの袖を引く。
「どういうこと?」
リオは一つの可能性に思い至った。
だが、到底信じられない。
「この街では……瘴気が、日常で使われてる……?」
服屋や武器屋のような感覚で、瘴気充填屋なるものが並んでいる。
意味が、分からない。




