第4話 静寂の海に潜む都市
かれこれ一時間ほどだろうか。
船は爆速で進み続け、リオたちは喉が嗄れて叫ぶことを諦めていた。
意識が朦朧としてきた、その時。
アレンが、ピクリと反応する。
「ヴァルセリオ、止まってくれ!」
アレンの声を受けて、ヴァルセリオが発動していた魔法を消した。
船は少しずつ速度を緩め、やがて、ほぼ静止する。
「ここですか?」
ヴァルセリオが近くにやってくる。
「ああ。潜水艇の準備を頼む」
「お任せください」
ヴァルセリオが潜水艇の固定を外し、手を掲げた。
詠唱は早い。
何もない場所から、黒色の鎖が伸びる。
それは潜水艇に絡みつき、持ち上げ、そのまま海上に運び──静かに、水面へと落とした。
その一連の流れを、リオはふらふらしながら、どこか他人事のように眺めていた。
アレンが心配そうに、顔を覗き込んでくる。
「大丈夫か?」
リオは、ゆっくりと首を横に振った。
「何これ……なんで父さんは、知ってるの?」
アレンが、視線を逸らす。
「ヴァルセリオと……昔、少しな」
「そんな、若気の至りだ、みたいに言わないでください……」
ユリウスが、げっそりしながら突っ込む。
イリスは失神していた。
*
少し休み、体調が回復したところで潜水艇に乗り込む。
ユリウスが、潜水艇の入り口から顔を覗かせる。
魔法を詠唱すると、リオの体が優しい水に包まれ、水中での呼吸が可能になった。
「維持だけなら魔力消費は少ないから、僕のことは気にしないで」
「わかった」
潜水艇の扉が閉まる。
イリスとユリウスが小窓から、船上のヴァルセリオに手を振った。
リオも、水の中から手を振る。
「……行ってらっしゃい。気を付けて」
トプンと、潜水艇が海に沈む。
ヴァルセリオの声は、潮風に消えた。
*
潜水艇は、ぐんぐん潜っていく。
アレンが中から大まかな方向を指で示し、リオはその方向へ潜水艇を押した。
最初は、片手を潜水艇に当て、もう片方で風魔法を放っていた。
だが、それではしんどい。
そこで、両手を潜水艇に押し当て、両足から風魔法を放つことにした。
潜水艇がぐんぐん押し出される。
リオは体の力を抜きつつも、確かに前へ進む感覚を覚えた。
同時に、胸の奥に小さな冷たさが広がった。
楽しさの裏に潜む不安を、否応なく感じていた。
「悪いが、少し休む。何かあったら、すぐに起こしてくれ」
潜水艇の中から、くぐもった声が漏れてくる。
「わかりました!」
イリスが、元気に返事をした。
潜水艇の壁に体重を預けたアレンの体が、すぐにずるりと沈む。
ずっと無茶をさせてきたんだ。
今度は、自分が頑張る番だ。
リオは、一生懸命に潜水艇を押し続けた。
*
深く、深く潜っていく。
どこまでも、漆黒の闇が広がっている。
途中、潜水艇からミシミシと嫌な音が響き、慌ててユリウスが水魔法の範囲を広げた。
しばらくすると──闇の中に、淡い光が見えた。
中からユリウスが教えてくれて、リオはそちらへと方向を変える。
イリスがアレンの肩を揺すり、アレンが体を起こした。
リオは、窓越しに見える前方の光景に、思わず感嘆の息を漏らす。
胸が、高鳴った。
都市が、淡い白色と金属の輝きを放ち、深海の闇に浮かんでいた。
半球状の透明な層が街を覆い、水を弾き、内部を守っている。
点在する光源が、揺れる水の中で幻想的な影を描き出す。
息をのむほど、美しかった。
その美しさに圧倒されながらも、この静寂と闇が、どこか孤独な冷たさを伴っているように思える。
──構造は理解できるはずなのに。
目に映るそれは、何らかの見えない力に守られているように感じられた。
深海は、不思議な光に満たされていた。




