一条戻り橋
いづくにも帰るさまのみ渡ればやもどり橋とは人の言ふらん(和泉式部)
⦅どこへゆく時にも、帰る時にだけこの橋を渡るから、戻り橋と人は言うのでしょうね。⦆
あの日、孝子と共に渡ったのは堀川に架けられている一条戻り橋でした。
それは、孝子が仕えていた邸から公廉の邸へ戻る時のことでした。
「公廉さん、この橋、名ぁの通りでございますね。」
「え?」
「邸に帰ります。」
「そないな意味やあらへん……この橋の言い伝えは……。」
「はい。」
「元々の名ぁは、土御門橋やった。
三善清行が息を吹き返したから、一条戻り橋と呼ばれるようになった。
現世に戻って来れたから、一条戻り橋と呼ばれるようになったんや。」
「私も私の邸に戻りますえ。
そないな意味でも宜しんやと思うております。」
「まぁ……さよであるな。
………其方、お仕えしてた御邸に、戻りたいやろ、な。」
「いいえ、そないなことは思いまへんえ。」
「ほんまか?」
「はい。この身体でござります。
お仕えすることは叶わんと思います。」
「そやな。」
「それに……やっと、邸に戻れますえ。
ほんまは、戻りたかったのでございます。」
「さよであるか……。」
「公廉さんが私の身体を思いやりあらしゃって、ちとでも近こう、と……
一条戻り橋を御渡りあらしゃいました。」
「そないなこと、どないでも宜し。」
「ありがとう。嬉しゅうございます。
それに、この橋を渡りましたから、私は長う現世で公廉さんと共に……
過ごせると……そない思いますえ。」
「……そやったら……ええのに……。」
「公廉さん、何を言わっしゃりました?」
「いや、なんでも……あらへん。
あまり話したら、しんどなるやろから、もう輿の中でゆるりと……な。」
「はい。」
それから、二人は離れていた時を戻すかのように、仲睦まじく暮らしました。
楽しい日々でした。
孝子が亡くなってからというもの、公廉は気力がなくなりました。
何もしたくないのです。
孝子の部屋に寝起きし、孝子の部屋の隅々を子ども達が整えてくれていた時に見つけた物がありました。
「お父さん! お父さん!」
「どないしたんや? 大きな声を上げしゃって……。」
「見とおみやす。」
「うん?…………これ……薬やないかっ!
なんで、こないに仰山あるんや?
………孝子、飲まなんだんか……。」
「お母さん、薬絶ちを?」
「………孝子………。」
「私の為であらしゃいます。 私が………。」
「大君、其方のせいやない。」
「私のお隠れおしやした北の方の為……。」
「太郎、其方のせいやない。」
「お父さん……けれども、あないなことがなければ……お母さん……。」
「其方らのせいやない。
気付かんかった私が悪いのや。」
「お父さん。」
「子を思うのは親やからや。其方らの母は、母として生きたんや。
お乳人になって、孝子は其方らを置いて……
この邸を出て行かなならなんだ。
そやから……育ててやれなんだと……そない言うてたんや。
傍に居てやれなんだ……そない言うてた……。
お乳人になりたなかったんや。
私が無官やったから、無理させてしもうた。
誰ぞが悪いと言うのやったら、それは私や。
其方らやない! 其方らは孝子の大事な子や。」
「お父さん……。」
「あぁ……会わせてやりたかったなぁ……。あの子だけに会えてない。
遠いから仕方ないんやけど……一目……あの子に会わせてやりたかった。」
「お父さん……。」
下の息子にだけ孝子が死に目に会えなかったことを公廉は悲しく思いました。
公廉は、孝子が残した物を読んだり、眺めたりして暮らしています。
孝子が残した落窪の君の物語、それと、文箱……。
文箱の中には公廉からの懸想文、後朝の文……赴任地から贈った文……公廉からの文ばかり入っていました。
「こないな下手な歌……残して……。
こないに大事に……残して……。
こないに…………。」
言いながら、大粒の涙が次々と流れ落ちました。
「わかくさの 妻を思えば………。
…………………………。
……下手やな……下手や。
この先が……出て来うへん。
孝子、其方に私は何も贈ってないのや。
懸想文も、後朝の文も、人に頼んで詠んで貰うた。
己では一首も詠んでない。贈ってない。 贈ってないんや。
いつか、其方に、も一遍、会えるんは、あの世とやら……やな。
吾が君さん、ちゅうて呼んでくれるか?」
公廉は、息子たちと娘に文と硯を贈りました。
その文には「僧になろうと思うてる。僧になって孝子を弔う日々を送りたい。僧になって旅をすると決めました。旅先で果てようとも悔いはあらへん。……どうかお息文字で……。」と書かれていました。
その文を出して直ぐに公廉が法師になり旅立ちました。
公廉はあの日孝子と共に渡った一条戻り橋を、一人で渡りました。
⦅孝子、今日は一人。其方はおらん。一人や。⦆と……孝子を想いながら一条戻り橋を渡りました。
見送った子ども達三人は言いました。
「帰る時に渡る橋やのに……お父さん……どこへお帰りましゃるおつもりや。」
「お母さんが御作りやした落窪の君の物語を書き写しゃりました。」
「お父さんが?」
「はい。それをお持ちであらしゃいます。」
「さよであるか……。お父さん、お母さんと旅に行かはったんやなぁ。」
「そない私も思いますえ。」
「私もお兄さんと同しや。そない思う。」
公廉が邸に戻ることはありませんでした。
二度と戻れませんでした。
法師になった公廉は、まるで妻・孝子の痕を追うように、旅先で静かにその人生の幕を下ろしたのです。




