栄耀栄華ーその参ー
太政大臣の子である少将達(長男と次男)は、一緒に、昇進しました。
少将達の祖父(故太政大臣)は、亡くなられていましたが、「私を思うのなら、次男の昇進をおそそもじさせるやない。」と、何度も言い残しました。
太政大臣は子ども達を、長男を左大将、次男を右大将に、順に昇進させました。
母である女君が、大層喜んだことは、言うまでもありません。
右衛門(三河守の妻)は中宮尚侍になりました。
後々の栄えが、あることでしょう。
兵部の大輔は父親と同じ官位の治部卿になりました。
兵部の大輔の父が亡くなる前に官位を息子に譲ったのです。
四の君は一男二女の三人の子に恵まれて、出世には無頓着な夫・治部卿と末永く幸せに暮らしました。
それから、お忘れかもしれませんが……
典薬の助は、蹴られて病気になり、死んでしまいました。
典薬の助が亡くなったことを聞いた太政大臣は「落窪の君と……そない呼ばれてたお姫さんが、今は私の妻でこない暮らしていることを、見ずにおかくれとは……悔しい。私の妻になった落窪の君が幸せな姿を見せたかったのや。そやのに……なんで、あの者らは、あないに強う蹴ったんや。暫し生かしておいたら良かった。」と言いました。
あの北の方ですが……
にわかに亡くなることもなく、七十歳余りまで生きました。
女君は「お母さんは大層おとしめし遊ばしました。功徳をなされませ。」と言って、大層目出度く尼にさせてあげました。
故大納言の北の方はとても喜んで、仏門に入りました。
「世の人は、継子を憎んではなりません。継子を大事にすればよいことがあります」と言っていましたが、その一方で腹を立てた時には、「おまなが食べたいのに、なんで私を尼にしたのや。継子は、ほんまにいけずや。」と言っていました。。
北の方が亡くなった後には、太政大臣が盛大に法要を執り行いました。
そして……
和泉守(阿漕の叔母の夫)は女御の家司になって、たいそう徳を受けました。
昔阿漕と呼ばれていた落窪の君の女房は、典侍になったに違いありません。
典侍(阿漕)は二百歳まで生きたということです。
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ぼんやりと庭を眺めている父・公廉に大君は書き終えた落窪の君の物語を渡しました。
「これで宜しおすか?………お父さん。」
「……ああ……大君か……。」
「お母さんの落窪の君の物語を終わらせましたえ。」
「さよか………ありがとう。」
「不出来やと思いますけれども、お母さんの落窪の君の物語を終わらせたいと仰せ
遊ばしましたのは、お父さんであらしゃいます。
読ましゃりませ。
お父さん……どうぞ読ましゃりませ。」
「……大君……ありがとう。」
「お父さん……どうぞお息文字であらしゃいませ。
お母さんの分まで………。」
「そやな……そやなぁ……。」
公廉は大君が終わらせた落窪の君の物語を、涙を目にいっぱい溜めながら読みました。
中宮尚侍…内侍司の長官。
おそそもじ…遅いこと。
功徳…現世・来世に幸福をもたらすもとになる善行。
女御…中宮。
家司…親王家・内親王家・摂関家および三位以上の家に置かれ、家政をつかさどった職。
典侍…内侍司=後宮の礼式などを司ったの次官。
おかくれ…死ぬこと。
おとしめし…老人。
おまな…魚。
いけず…意地悪。(京都弁ですが、御所言葉ではありません。)




