栄耀栄華ーその弐ー
宮中に出仕した三の君を女君は案じております。
「どないしなさった?」
「三の君さんはお息文字であらしゃいましょうか?」
「気に掛かりますか?」
「はい。」
「大層、宮中での暮らしが合うておいやすようや。
お顔の色も宜しゅうて、中宮さんも大層お気に召してあらしゃいます。
こうお話しても、其方の心は晴れんやろう。
一度、御目文字を……其方と三の君さんと……。」
「ほんまであらしゃいますか?」
「ほんまや。」
「こないな嬉しいことはございませぬ。
誠にありがとう忝うございます。」
「其方は……私と其方は、夫と妻や。
そないな他人行儀な言葉は要らん。
ただ一言『ありがとう。』だけで宜し。」
「はい。…………ありがとう。」
幾つに成っても、妻が愛らしく心惹かれ続けている太政大臣は、優しく妻を抱き寄せました。
「そや! 四の君も共に……というのは、どないや?」
「四の君さんも! それは嬉しおす。
ほんまに嬉しゅうございます。」
「ほな、そないしよ。
私も大輔さん……いいや、治部卿さんや。
治部卿さんに話をしておくよって。」
「お頼み入ります。」
太政大臣は三条邸で姉妹が集うようにしました。
大君、中の君、三の君、四の君、そして落窪の君と呼ばれていた女君です。
「今日は三条の邸にお呼び頂き、誠に忝う、ありがとう存じます。
おにぎにぎにお迎え頂き、忝う厚う御礼申し上げます。」
「まぁ、大君さん、中の君さん、三の君さん、四の君さん
そないなご丁寧なご挨拶はお止しあらしゃいませ。
今日はあもじと、いもじでお気を楽に過ごしましょう。」
「……女君さんがそない仰せであらしゃいますのやったら……。」
「お息文字であらしゃいましたか?」
「はい。私どもは……ね。中の君。」
「はい。私も……。」
「それは、良うございました。
三の君さん、中宮さんがお喜びさんであらしゃいますえ。」
「はい。それは、勿体ないお言葉でございます。」
「そや、三の君。其方、一人が身を立てられて、宜しおしたなぁ。」
「はい、大君お姉さん。」
「待つ身はお嫌さんやとお言いやした其方を、お母さんは……。
えらいお怒りであらしゃいましたえ。」
「そないなこともございましたね。
けれども、私はこれで宜しおした。」
「お顔の御色が宜しおす。それがおこたえやと思います。」
「四の君のことも、お母さんはえらいお怒りであらしゃいました。」
「そないなことも、ありました。
けれども、私は、私程の果報者はおらんと思うておりますえ。」
「まぁ! 女君さんよりも果報者やと?」
「女君さんも私も……でございます。」
「それも女やからでございます。」
「女……。」
「女故の喜びも悲しみもございます。
様々な事がございました。
けれども、私はここに居る皆が、果報者やと存じます。」
「女君さん……。」
「さよであらしゃいますえ。
女君さんの仰せの通りであらしゃいます。
私のように仕える身になるのも、北の方として夫を待つ身になるのも、
女。
そない思わしゃいませぬか?」
「さよで……。」
大君と中の君は先に帰り、残ったのは三の君と四の君でした。
「果報者……三の君さんの御心をお教え下さいませ。
果報者やと、ほんまにお思いであらしゃいますか?」
「それは誠でございます。
待つ身は辛うおした。ただただ辛うおした。
もう二度と御出で遊ばされんと分かっても尚、お待ちしてましたんや。
もう、あの辛さは、なんと申したら宜しのやら……。
そないな心でお仕えしましたが、今は違います。
お仕えさせて頂くことが、こないに嬉しゅうて楽しゅうて……
私には、夫と過ごした頃より今が幸せでございます。」
「さよであらしゃいますか……ほんまに宜しおした。」
「ほんま……宜しおしたなぁ……。」
「四の君は、あないなお方でも、ほんまに幸せそうや。」
「あないなお方と言わしゃるけれども、私にはただ一人のお方であらしゃいます
え。お優しゅうて……ええお父さんであらしゃいます。
女君さんと同しでございます。」
「それは、それは、えらい申し訳ないことを申しました。堪忍え。」
「宜しおす。」
「まぁ、この子は、えらそうにお言いやすこと……ほほほ……。」
「そやかて、殿さんは、ええ夫であらしゃいますよって!」
「そないに言わしゃらんでも宜しやろ。ほほほ……。」
「仲がお宜しゅうて……。」
「こないに話せるようになったのは、女君さんのお陰さんでございます。」
「さよであらしゃいます。」
「まぁ……そないなお言葉、嬉しゅうございます。」
姉妹が語らっている間、太政大臣はその輪に入らず、妻の笑みを覗き見ました。
⦅こないしてると、初めて垣間見た落窪の君を思い出すなぁ……。
あの時、こないになるとは思わなんだ。
落窪の君を知れば知るほど愛おしゅうなった。
こないに長う一人の妻を愛おしゅうなるとは、な。
ただ一人の妻や。其方は……。⦆
覗き見られているとは露知らず……姉妹は語り合いました。
そして……
「こないに長うお話出来ましたこと、太政大臣さんに忝う、ありがとう存じます。」
「また、御目文字叶いますやろか……。」
「それは、何時の日にか、またございます。」
「さよであらしゃいますね。」
「名残り惜しゅうございます。
なれど……御機嫌よう。」
「お息文字であらしゃいませ。……御機嫌よう。」
「御機嫌よう。」
女君は思いました。
三の君の道も、他の姉妹の道も、同しなのだと……。
女君が月を眺めていると、太政大臣がそっと寄り添い優しく肩を抱きました。
その夫に身を預けて「幸せでございます。」と女君は言いました。
夫は妻を抱きながら「私こそ幸せや。」と囁きました。
月の光が長年連れ添った二人を優しく包みました。
おにぎにぎ…お賑やかに。
あもじ…姉。
いもじ…妹。
おこたえ…返事。




