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一条戻り橋  作者: yukko
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栄耀栄華ーその壱ー

播磨守は弁官になりました。

衛門の夫である三河守は左小弁になりました。

左小弁の北の方(衛門)は、たくさんの子を生んで、威厳が付いて左大臣邸へ通いました。



やがて、太政大臣(左大臣の父)が、病気になって、太政大臣の位を下りようとしましたが、天皇のお許しは頂けません。

太政大臣は后の宮から、天皇に話して頂きました。


「『私は大層()()()()()になり、参内出来なくなることが悲しゅうて、今までお仕

 えして参りました。今年は喪に服す年でもござります。この折りに位を下りるべ

 きかと存じます。太政大臣である私が、朝廷にとって大事な政に関わらなくなれ

 ば、不都合もございましょう。私が位を下りる代わりに、我が子左大臣を太政大

 臣に()()()()ならしゃいますよう、ありがとう忝うお願い奉ります。才は、決し

 て劣ることはございません。さすれば、私などより後見を()()()()ならしゃいま

 すなどということは、全くあらしゃいませぬ。』……そない太政大臣は申してお

 りました。

 主上(おかみ)、何卒ご高配賜りますようお願い奉りまする。」

「承知した。

 太政大臣が現世(うつしよ)にあるだけで、朕は嬉しゅう思う。」


天皇は左大臣を太政大臣に就けました。

世の人は「まだ四十にもならへんうちに、一番の位にお就き遊ばされるとは……。」と驚き合いました。


太政大臣の娘である女御は、皇后になりました。

宮の亮(太政大臣の長男)は少将に、故大納言の三男を中将に、それぞれ昇進させました。

兵衛佐(太政大臣の次男)達も、皆昇進しました。

兵衛佐の祖父である前の太政大臣(今の太政大臣の父)が太政大臣に言いました。


「私が大事にしておる兵衛佐の出世が、()()()()()や! 其方、なんで、こないな

 ことを!」

「お(もう)さん、そないなことを……これは仕方があらしまへん。

 私の子を皆、事始めに、昇進させることは出来しませんのやよって。」

「あれは其方の子か……。

 先に太郎(太政大臣の長男)を、左近(少将)の位に就けたのやったら、次郎を

 右近(少将)に就けてやっておくれ。」

「……仕方あらしまへんね。なんとか致しましょう。」

「さよであるか!」

「そないにお喜びさんであらしゃるやなんて……。

 お父さんは……ほんまに、次郎を()()()()()と思し召しで遊ばすのですね。」


太政大臣は、内裏に強く奏して右近(少将)に昇進させました。

前太政大臣は「それでええのや。この子が先に生まれていたならば、この子に、私の官爵を譲ったことやろう。」と言いました。

子を可愛がるのは、世の常です。


女君は、この幸せを、「目出度いと言うのも言い古された言葉でござりますが、落ち窪に住んで単衣の袴を履いていた頃は、こないな上つお方、太政大臣の北の方、皇后の母になるとは夢にも思いませなんだ。」と言いました。

昔を知っている古い者たちは、「その通りであらしゃます。」と言い合いましたので、若い者達さえ声を潜めて話しをしました。



三の君は前の夫と別れた後、誰も通う人がおらず独り身です。

太政大臣は三の君に⦅誰かと娶わせるのもええのやろうが……けれども……なぁ……。気位が高すぎる女人やし……第一、三の君に見合う公達が居らぬ。⦆と思案しています。

女君も「どないかして三の君さんに良い縁を……。」と願っていることを知っている太政大臣は愛する妻の望みを何とか叶えたいと思っています。

⦅筑紫の帥……そや! あのお方がおいやした。⦆と思い付いた太政大臣は、女君に話しました。

すると、女君は大層喜びました。


「北の方さんが()()()()遊ばしてからというもの、北の方をお迎えになられずにお

 わしゃった。」

「ずっと、お一人であらしゃいました?」

「そやっ! 其方が望む【ただ一人の女人を大事に遊ばすお方】であらしゃいま

 す。

 どない思う?」

「嬉しいお話でございます。

 どうぞ御進め下さいませ。」

「お子たちは、大きゅうお成り遊ばして……三の君さんが辛い想いをなさることは

 無いと思う。」

「そやったら、より一層宜しお話かと思いまする。」

「三の君さんにお話してみるか……。」

「はい。どうぞ宜しゅうお頼み入ります。」


北の方と三の君に筑紫の帥との縁を進めても良いかと太政大臣と女君は聞きました。

北の方の喜びは一入で…「すなわち御進めあらしゃいませ。」と言いました。

ただ、三の君は俯いたままでした。

三の君は一人で女君に会いに行きました。


「よう御出で遊ばしました。」

「……女君さん……()()()()の有難いお話でございますが……。」

「はい………なんぞ、御心に思うことが御有りであらしゃいますか?」

「私は、女君さんに辛い想いをさせましゃった母と同しでございます。

 女君さんを針子と申したことがございます。」

「それは、もう終わったことでございましょう。

 私は何も思うておりませぬ。

 どうぞ心文字なさいませんよう……。」

「勿体のうございます。」

「三の君さん、そないなことお気になさらずにあらしゃいませ。」

「有り難きお言葉を賜りまして……誠にありがとう忝うございます。

 …………女君さん、それだけやあらしません。

 ご存知であらしゃいましょう。

 私が夫から縁を切られたことを……。」

「はい。」

「そのお方は……その……あの……太政大臣さんの……()()()であらしゃる中の君

 さんと……妹背の契りを結び………遊ばされました。

 私は……私は……筑紫の帥さんとの御縁を結びとうございません。」

「それは……どないな御心であらしゃいますか?」

「……待つ身は辛うございます。

 夫を待つ身には、もう、なりとうございません。」

「此度のお方は、そないなこと無いと思いますえ。」

「さよでございますね。

 けれども、もう二度と、と……そない思うと、妻になりとうはございません。

 一人、(おごりょう)一人でも生きていけるようになりとうございます。」

「お一人でも……でございますか……。」

「はい。太政大臣さんには、ありがとう勿体のう(かたじけの)うございます。

 そないお伝えあらしゃいませ。」

「どないしても?」

「はい。母はきっと許してくれぬことと思います。

 けれども、どないしてもお断りさせて頂きとうございます。」

「……分かりました。

 大臣さんにはお伝え致します。

 お心安んじられませ。」

「ありがとう勿体のう忝うございます。」


北の方は三の君が断ったと知って激怒しました。


「其方は勝手に……! なんてことをしやった。

 太政大臣さんからのお話やというに、まっと畏れ多いことやありませぬか!」

「私は尼になります。」

「何を言うのえ!」

「決めました。」

「三の君っ!」

「お(たあ)さん、私は私でございますえ。」

「三の君っ! お待ちやっしゃ!」

「お(たあ)さん、お(しずま)り遊ばしませ。」

「三の君っ!」

「御機嫌よう。」


三の君はそのまま女君の元へ向かいました。

太政大臣は三の君の「もう二度と……。」という言葉を重く受け止めましたので、快く受け入れました。

そして、女人一人で生きていくために、太政大臣殿は三の君を、中宮の御匣殿にしました。

北の方の落胆は大きかったので、「せめて宮中に……。」との太政大臣の思いと、妻である女君からの「(おごりょう)一人でも生きていける道を、どうぞ三の君さんに!」との言葉を聞いて、「三の君から夫を奪ったのは、この私や。せめて三の君の想いには応えなならん。」と思った太政大臣が中宮の御匣殿にしたのです。


「太政大臣さん、此度はまっと畏れ多いことでございます。

 身を粉にして中宮さんにお仕え致します。」

「頼み入ります。」

「三の君さん、どうぞお息文字であらしゃいませ。」

「はい。太政大臣さん、女君さん、どうぞお息文字であらしゃいませ。」

「では、参ろうか。」

「はい。」

「宮中へ。」


女君が心を込めて仕立てた衣装を身に纏い、三の君は宮中へ出仕しました。



弁官…太政官に属し、文書事務や、諸官司・諸国との連絡などをつかさどった官。

おとしめし…老人。

おくだし…賜ること。

おそそもじ…遅いこと。

おいとぼい…可愛い。

后の宮…皇后。

後見…家長・主人などの後ろだてとなって補佐すること。

女御…皇后・中宮に次ぐ位。

官爵…官職と爵位。

落ち窪…家の中で、普通の床より一段低い所。

単衣の袴…裏地の付いていない袴。

せんもじ…先日。

いもじ…妹。

おかくれ…死ぬこと。

御匣殿…御匣殿=内蔵寮で調進する以外の天皇の衣服などの裁縫をする所、の女官の長。

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