喪明け
大君が邸を訪れてくれました。
出歩けるほど回復した娘を公廉は嬉しく迎えました。
「お父さん、お息文字であらしゃいましたか?」
「ああ……ああ……私は、おまめやった。
そなたさんはお息文字であらしゃいましたか?」
「はい。………お父さん、お母さんは?」
「……………………おこがまき……や。」
「そないなこと………。」
大君は急いで孝子の部屋に向かいました。
その後ろを公廉は付いて行きました。
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左大臣の最初の子である長男は、十歳になりました。
大きくなりましたので、春宮の殿上童に就けました。
本を読み、賢く、器用で、性格も良かいので、若い天皇は、遊べない時には呼んで、心を和ませておりました。
次男が「私も内裏に、参じとうござります。」と言いましたので、左大臣の父である太政大臣は、可愛く思い、「なんで今まで言わへんかったんや。」と言って、急ぎ殿上させようとしました。
次男の父である左大臣は「まだ幼いものを……。」と言いましたが、太政大臣は「何も問題あらへん。次郎(次男)は太郎(長男)に勝るほど賢い子や。弟優りよ。」と言いましたので、左大臣は笑いました。
太政大臣は内裏に参って奏上しました。
「この子は、私が限りなくおいとぼいと思い大事にしている者でございます。出仕をお考えあらしゃいますよう、誠に畏れ多く、忝う申入れ奉ります。兄である殿上童よりも聡い子でござります。司でも兄に勝ることであらしゃいます。」と奏して、「何事にも、この子を太郎と思召しあらしゃいませ。」といつも言い、名も弟太郎と、付けました。
弟太郎の妹の女君は八つで、とても可愛い姫君ですので、今まで他にないほどに大切に育てました。
その妹の下に六歳の姫君、四歳の男の子がいます。
三男二女に恵まれた女君は、また、近々、出産します。
無事に生まれれば6人の子の母になります。
それは、あの源中納言邸の落窪での暮らしからは想像がつかないほどの幸せです。
そして、左大臣が女君を、その昔、右近の少将、落窪の君、阿漕と呼ばれていた頃に阿漕から「生涯ただ一人の妻」と言われた通りに、左大臣は女君だけをこよなく愛しました。
太政大臣(左大臣の父)は、今年六十歳になりましたので、左大臣が、朝賀を執り行いました。
行儀作法は、素晴らしいものでした。
想像してください。
小朝拝の舞は、左大臣殿の二人の子が舞いました。
どちらも劣らず優雅で、二人舞を舞ったので、祖父である太政大臣は涙を流して見ておりました。
このように臣としてしなくてはならないことは欠かさず、盛大に行いました。
徳は、ますます増さっていきました。
あっという間に月日は過ぎて、女君は、喪服を脱ぎました。
故大納言の、子ども達は皆、栄えの程に、果ての法要を尽くしました。
北の方は、子ども達が栄えたのも、女君の徳であると喜びました。
それは、女君にとりまして、とても嬉しいことでした。
そして、母親の心が変わったことは、四の君にとりましても、大変嬉しいことでした。
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「お母さん……お母さん……。」
「孝子……大君や。大君が……ほら……見とおみやす。
おひろけになりましゃった大君や。」
「お母さん、お母さんがあないに心文字ならしゃった大君でござりますよ。
お母さん……
次郎君の姿があったら……さぞや、お喜びさんであらしゃったことか……。」
「太郎お兄さん……。」
「それは、無理や。遠すぎる。
孝子も分かっとる。」
「…………………おにぎにぎでございます……こと……。」
「孝子!」
「お母さん!」
「お母さん………お母さん……。」
「……夢……見てましたんや。」
「さよであるか。」
「桜のお花見……吾が君さんと、太郎君と次郎君……大君。
お隠れ……の……おぼこい大君。」
「孝子……。」
「お母さん……。」
「桜が誠にきゃもじな……ことで……。」
「また見られるやないか。」
「……幸せやった。………ありがとう。…………御機嫌よう。」
「孝子?」
「お母さん!」
「孝子っ!」
「お母さん!」
孝子は下の息子に会えず仕舞いで、その生涯を終えました。
お息文字…御息災、御元気。
おまめ…息災。
おこまがき…病気が悪いこと。
おひろけ…病気が治ること。
春宮…皇太子。
殿上童…公卿の子で、元服以前に作法見習いのため殿上の間に昇ることを許されて出仕した少年。
弟優り…弟や妹の方が兄や姉よりも優れていること。
おいとぼい…可愛い。
司…階。
朝賀…元日に天皇が大極殿で群臣の祝賀を受けた大礼。
小朝拝…公式の朝賀の後、天皇の御座所である清涼殿の東庭において行なう歳首=年の始め。の拝賀。
果て…一周忌。
心文字…心配。
おにぎにぎ…賑やかな。
おぼこい…幼い。
きゃもじな…華奢な、綺麗な、清潔な。




