中の君と三の君
孝子が書いた落窪の君の物語では、出産で亡くなる子も母も居ません。
それは、きっと孝子の望みなのでしょう。
孝子自身が子を失っています。
息子たちの妻達も子を失ったり、子と共に亡くなったり……。
それは悲しく辛いことです。
孝子はきっと「そういう悲しい母と子」を描かけなかったのかもしれません。
公廉はそのように思っています。
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司召で、左大臣(左大将の父)は、太政大臣に、左大将は、左大臣になりました。
左大臣の北の方(女君)の幸せを、世の人も、姉妹たちも、嬉しくまた羨ましく思いました。
中の君の夫である左少弁は、とても貧しくて、受領になりたいと、女君に陳情しました。
左大臣は左少弁を美濃国の、受領にしました。
越前守(故大納言の長男)は、今年任期を終えて京に戻っていましたが、国事を良く治めましたので、引き立て易く、直ぐに播磨守にしました。
衛門佐(故大納言の三男)は少将になりました。
誰かれも女君の徳であると、集まって、北の方に喜びを伝えました。
「これこそ女君の徳やと思われまへんか。
今からは、お好きさんに物言わっしゃるな。」
「ほんまに……そやなぁ……そない思うてます。」
「この度の司召は、我ら(故大納言)一族の喜びとなりましたね。」
「ほんまに、その通りや。」
「お母さん、やっとお分かりになりましゃいましたか。」
「おそそもじやと言わっしゃるな。」
「はい。はい。」
そう喜び合いました。
このように左大臣殿の思うままに事が運みましたので、父である太政大臣も、しようと思うことは、まず、左大臣殿に相談しました。
左大臣が「宜しいとは思えまへん。すべきやありません。」と言えば、例え行いたいことであっても、行いませんでした。
太政大臣が⦅宜しゅうない。⦆と思うことであっても、左大臣が、二度三度と、進言することは、聞かずにはおれません。
司召では、数ならぬ者たちが、左大臣の徳によって昇進したのでした。
天皇の伯父に、たいそう頼りにされており、身分は左大臣でしたが、才能は限りなくあって、左大臣が主張することに、反論できる上達部は、いませんでした。
父である太政大臣は、息子の左大臣を、同じ子の中でも、とても可愛くて、忝くも、恐れ多い者にさえ思っていました。
我が子の方が、親のようにも思えました。
世の者たちも、左大臣の才能を知って、「大殿(太政大臣)より左大臣に仕えたいものや。それを大殿も、良いことと思うておられるようなんや。」と言って、何かを始めようと思う者で、左大臣の邸・三条邸に参らない者はおりません。
三条邸は出入りがとても華やかでした。
女君は、美濃守(中の君の夫)の送別を、様々に、豪勢に執り行ないました。
左大臣の殿人でもあり身内でもあったので、餞別の用意は限りないほどでした。
馬に、鞍を、乗せて与え、「こないして格別の餞別をしましたのは、美濃守さんに申すことがあるからです。国へ、下れば、何事も嫌がらんと、よう国を治めて下さい。怠けていると聞けば、すぐに帰して、せもじせえへんとお思いやす。」と言いました。
美濃守は畏まり、嬉しくて、有難い妻の縁だと思い、「左大臣さんの北の方(女君)が、こないに仰せ遊ばされていた。」と、自分の邸の戻り中の君に話しました。
美濃守は「『良く国を治めます。』と北の方にお伝えください。徳に与ったのも其方のお陰や。ありがとう。」と言ったので、中の君も、大変嬉しくなりました。。
左大臣は女君にかねがね言っていますことがあります。
「今は、どないどして三の君にええ夫を見つけたいと、人知れず思うておったの
や。
思うておったけど、ええ人がおらんのや。残念でならぬ。」
女君は、三の君に、夏冬の御衣、御物など、たくさん、故大納言が生きていた頃にも勝り、とても多く贈りました。
それは、左大臣の位が上がるにつれ、全ての物を贈ったのです。
三の君は不安に思うことは何もありませんでした。
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孝子の部屋に入り、孝子の寝顔を見ながら公廉は⦅妹背の契りを結んで、長ごう離れて……やっと同し邸で暮らせたなぁ……。けど、それは其方が退がらんとならんようになったからや。こないなことになるんやったら、出さなんだら良かったなぁ……。⦆と思うと、涙が落ちそうになりました。
「吾が君さん………どないなさいました?
なんで……。」
「なんでもないのや。なんでもない。」
「けど……吾が君さん。」
「良かったなぁ…と思うただけや。」
「………?」
「大君、お息文字やそうや。」
「さよでござりますか! あぁ……皆、お喜びさんであらしゃいましょう。」
「そやな。私も嬉しい。」
「はい。私も同しでござります。」
「其方も……な。」
「はい。」
孝子と共に庭を眺めて公廉は美しい夕焼けを指さしました。
孝子が公廉の指の先の美しい夕焼けを見て、涙の雫を落としました。
「現世はこないにも……きゃもじなことでございますね。」
「そやな……。」
夕焼けの赤い空に見入りながら……公廉の腕の中で孝子は幸せを感じていました。
司召…司召の除目=在京の諸官を任命する公事。
受領…実際に任国に赴任して政務を執った国司の最上席の者。
おそそもじ…遅いこと。
上達部…公卿と殿上人。
殿人…貴族の家人。
御衣…着物。
御物…食べ物。
お息文字…御息災、御元気。
きゃもじ…華奢な、綺麗な、清潔な。




