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一条戻り橋  作者: yukko
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遺産処分

孝子の落窪の君の物語は続いています。

公廉が筆を進めています。

孝子の身体が一向に良くならないことが公廉だけではなく、息子達も娘も悲しい想いをしているのです。


⦅孝子は……やりたいことがあるんや。

 せめて、この物語を書き終えるまでは……。

 出来たら……も一遍、孝子と……()()()を……(ひろ)いたいなぁ……。⦆



⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂



越前守は北の方に左大将への返事をどうするのかと聞きました。


「お返事は、どないなさいますか。」

「どないですやろ……何か言うたら僻み言やと、あれこれ言わしゃります。

 聞きとうありまへん。

 正しいことを知って人の心を分かる者が、適当な返事をしはったら宜し。」

「人のために申すのやあらしまへん。

 お(たあ)さんのためです。

 三の君やお(たあ)さんも、『出来るばかりのことをしてあげましょう。』と左大将さ

 んが仰せ遊ばしました。

 女君さんのご意向を汲んでのことであらしゃいます。

 実の子でも、そないなことは申しまへん。」

「そないなことを落窪の君が言うはずがあらしまへん。

 私が、どないに、悲しんでいるかも知らへんで。

 私がが()()した丹波荘なんて、一年に米一斗さえも出来へんのですよ。

 もう一つは越中で、田さえ簡単に作れへん所やわ。

 右中弁さん(中の君の夫)の()()した所なんて、三百石の米が出来るのに。

 こないに遠うて出来の悪い所を、景純、其方が選んで、私に()()のやろうけ

 ど。」


そう越前守を責めました。

誰かれも、故大納言があらかじめ決めておいたことを知っていました。


「そないなこと、言わしゃるな。

 お(もう)さんがお決め遊ばされたことや。

 離れることなく、お(もう)さんにずっと寄り添うたお(もう)さんでさえ、そないに思うて

 いらせられるとは………。」

「物言わしゃるな!

 私をそないに責めんといておくれやす。

 これも誰もかれもが皆()()()()()()暮らしているからや。

 愚痴の一つくらい言いとうもなる。」


と北の方が言っているうちに、左衛門佐(故大納言の三男)がやって来ました。


「確かに私はたえだえしく暮らしております。

 なれど、心の()()()()()人は、そないなことは仰せ遊ばしません。

 上品で、()()()()()ものです。

 先ほど、左大将さんの北の方さんが、私の許にお越しあらしゃいまして話をしま

 したが、全く、不平など仰せではあらしゃいません。

 お(たあ)さんの愚痴さえも、哀れに思うて、『心穏やかであられますように』と、密

 かに仰せ遊ばされておられるそうでござります。」

「そないなこと……あらしまへんえ。

 私が隠れればええと思うてはるに違いないんやから。

 私を憎み、『心の悪い者。』と言う者には、ばちが当たることでござりましょ

 う。」

「分かりました。

 もうお止し下さい。

 私も何も言いませぬ。」


そう左衛門佐は言って、兄の越前守と左衛門佐が立ってしまいました。

流石に北の方も、「ちと待ちなはれ。返事はどないするのや。」と呼び戻しましたが、二人は聞こえない振りをして出て行きました。


左衛門佐は越前守に言いました。


「なんで、あないに心の悪い親を持ったのやろうか?

 どないかして心が良うならはるよう、どこぞで祈り事をして頂けるのやった

 ら………。

 そや、二人して、左大将さんに頼みいりましょう。」


越前守は左大将に


「左大将さんのお気持ちをありがとう(かたじけの)う承りました。

 私らはもとより、母にも左大将さんを頼もしゅう思うて頂きとう存じまする。

 左大将さんより進ぜられた所々の券でございますが、若い者たちは、故大納言の

 本意に(たが)えることは、出来へんと、()()ことを辞させて頂きました。

 故大納言の意思を無下にすることにもなりますので、やはり左大将さんがお持ち

 下さいませ。

 また邸につきましても、故大納言が強く望んでいたことでござります。

 何卒、左大将さんにお受け取り頂けなければ残念なことを、亡き御影にも報告せ

 ねばなりまへん。」

「私はそなたさんらを大事に思うておりますので、やはり券はそなたさんらがお持

 ち下され。」


左大将はそう言って受け取りませんでした。


結局この券を、越前守は、受け取って出て行きましたが、北の方は、越前守が再び返すのではないかと、とても心配になって、「券を、なんで持って行かはったのですか。折角、()()ことが出来た物やのに。私に渡して! こちに持って来て!」と越前守を呼んだので、⦅お(たあ)さんは正気なんか……大事な物やのに、なんてことを言わしゃるものか……。⦆と聞いていました。


左大将がこれを聞いて、「他人のところへ券が渡るのなら、惜しゅうもあろうが、北の方が世におられる間は北の方に預けて、後に、三の君にあげたら、同しことや。()()()()()北の方にお渡し下さい。」と言いました。

女君は、「すなわち、また(とぶら)いましょう。三条邸へもお越しく遊ばしませ。お(もう)さんの代わりとなって、姉妹、北の方を()()()致しまする。何事も遠慮せずお申しく下さい。他の兄弟姉妹と分け隔てなくお思いに下されば、嬉しいことでござります。」などと、しみじみと言い残して、左大将と共に帰って行きました。



女君は故大納言がおられた時よりも、趣きのある物は毎日のように姉妹達に、作りのよい物は北の方にと、夜中、明け方であっても届けましたので、北の方は、⦅ほんまに、我が子は、男女あるとは言え、男の子は親孝行ではないのに、私のため、姉妹のために、落窪の君が()()()してあらしゃることが、とても有難いこと。⦆と、ようやく思うようになりました。

そして、年が改まりました。



四の君は無事に出産を終えました。

男の子を得て、兵部の大輔の北の方として、二人の子の母として、⦅女君さんのように、ええお母さんに……。⦆と思いました。

兵部の大輔の喜びは表すのが難しいほどです。

何よりも四の君の無事が、この上なく嬉しく幸せだと思いました。


左大将と女君が訪問して、出産の祝いの品も賜りました。

他の姉妹、兄弟からの祝いも届けられるだけではなく、左大将と共に兵部の大輔の邸に来てくれました。

その中に母・北の方が居ました。


「おめでとう。」

「お(たあ)さん……ありがとう(かたじけの)う存じます。」

「似てないのやな……。」

「えっ?」

「二人とも……其方に似ておる……やないか……。」

「はい。四の君に似てくれて私は安堵しておりまする。」

「それは……大輔さん……そやね。」

「殿さんの御心映えに似てくれましたら……そない思うておりまする。」

「四の君……。」

「その通りであらしゃいます。

 お優しゅうて、御心が真っ直ぐであらしゃいます。」

「女君さん……()()()なことでござります。」

「いや、その通り。四の君はお幸せやと私は思います。」

「左大将さんまで………そないな……お優しいことを仰せ遊ばしまして……。」

「大輔さん、何を言わしゃるのや。ほんまのことや。」

「あぁ……さよであらしゃいますか……。お覚えが目出度いのでござりますね。」

「何……北の方は、私が四の君を兵部の大輔さんとの縁を結ばせて頂いたこと…

 今もお許し頂けんのでござりましょうか?」

「……それは……。」

「北の方、お二人は仲睦まじゅうお暮しでございます。

 それが何よりやと思いますが……如何でござりますか。」

「……さよであらしゃいますね。」

「お(たあ)さん。四の君がお疲れになったら、あかん。

 お暇しましょう。」

「越前守さんが、そないお言いやすのやったら……。」

「兵部の大輔さん、四の君のことお頼みいりまする。」

「はい。」

「ほな、私らも……。女君。」

「はい。」

「御機嫌よう。」

「御機嫌よう。」


兵部の大輔と四の君は優しい笑みを向けて見送りました。

四人になった家族で、これからも幸多かれ、と左大将は思いました。



⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂



四の君と北の方との和解もなった落窪の君の物語。

孝子の言う文章を、そのまま記している公廉は⦅あぁ……上の息子の北の方はお隠れなさった。お子も共に…そやからか……四の君は()()()()()とお子をお産み遊ばした。……これは孝子の願いなんやなぁ……そうに違いない。⦆と思ったのです。


「良かったなぁ……。」

「……何が……でございますか?」

「四の君、()()()()()とお産み遊ばした。

 これ……其方の願いやったのと違うか?

 私にはそないにしか思えへんのや。」

「……はい。」

「しんどなったやろ……お寝りやす。」

「はい。そないさせて頂きます。」


孝子は⦅もうちと先になることやけど……終わらせたい。……これを、この物語を吾が君さんに残したい。⦆と思いました。

ありき…散策。

(ひろ)い…歩くこと。

くす…貰う。

たえだえしく…乏しく。

きゃもじな…貨車な、きれいな、清潔な。

すなわち…直ぐに。

親文字…親切。

米一斗…十升=約18リットル。

三百石…一石=約180リットル。

券…荘園・田地・邸宅などの所有を証明する手形。

御影…死んだ人の姿、または絵や肖像。


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