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一条戻り橋  作者: yukko
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妬み嫉み

上の息子は、ゆっくり孝子に近づき座りました。


「お(たあ)さん。」

「……あぁ……太郎君……。」

「お(たあ)さん……どないであらしゃいますか。」

「ありがとう。……私より、北の方さんは?

 ()()()()()とお産み遊ばしましたか?」

「お(たあ)さん、今日はそのことで参じましたのや。

 ………………………………、お(たあ)さん…………。」」

「……()()()()遊ばしましたか?」

「お母さん。」

「お子は? お子も?」

「はい。子も……共に……。」

「大事無いことを祈っておりましたのえ。」

「お(たあ)さん……ありがとう。」

「太郎君。」

「はい。」

「其方……()()で居ってや。

 親より先にお隠れ遊ばさんといて、え。」

「はい。」

「親への孝養は、親より長う……長う……()()で……お暮しやすことえ。」

「はい。」

「北の方さんをお忘れあらしゃいますな。」

「はい。」

「太郎君……其方、お辛かろうに……母にお伝えあらしゃって……ありがとう。」

「……いいえ……いいえ……。」

「ここやったら……()()()()なさいませ。」

「お(たあ)さん……!」


横になっている孝子に縋るように、上の息子は泣き続けました。


⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂



越前守は、北の方と故大納言の娘達に、「左大将さんがこないに仰せであらしゃいました。」と伝えました。

北の方は、この邸を手放したくはありませんでしたので、嬉しい知らせと喜びました。

そして、今まで通り、北の方の持ち物のままだと思いました。

それと同時に、北の方は女君をとても妬ましく思ったのです。


「落窪が、そない口添えでもしはったのかいな。

 まぁ、嬉しいことやけど……なぁ……。」


越前守は、ただただ腹立ちするばかり、爪弾きをして母・北の方に言いました。


「御心をお変え下さるお気持ちはござりませぬのか。

 この前、あれほどの()()()やったやありませんか。懲りてはらへんのですか。

 お(たあ)さんに比べて、こないに親文字(しんもじ)して下さる女君さんの徳さえも、分かろうと

 しはらへんのですね。

 そないなことを仰せとは……。

 ましてや昔、女君さんにどないな仕打ちをしはったのでござりますか。

 人聞きも、そして我が身さえも、心苦しゅうなります。

 落窪、何くぼと仰せやったでしょう。」

「そないなものが何の徳になると言うのや。

 私には分かっていますえ。

 大殿さんは落窪の君の父なんやから、落窪の君が邸を()()……親やからや。

 けど、私かて出来ることはやって来たつもりや。

 出来の悪い子やったから落窪と言うたまでのこと、何を嫌味たらしゅう。」

「なんと()()()な心をお持ちの事や。

 何もお分かりや無いんでござりますね。

 徳も分からへんやなんて……。

 お(たあ)さんには、きっと、分からへんと思いますが、弟の大夫が左衛門佐になれた

 のは、誰のおかげやと思うてはるのですか。

 私、景純(越前守)を左大将殿の家司となって加階させたのは、誰ですか。

 今の有様をご覧下さい。

 息子らが人としてあるのは、ただ左大将さんの徳によるものやありまへんか。

 お(たあ)さんは邸もお持ちやないのに、この邸を左大将さんが持たれたら、いった

 い、どこにお住みにならしゃるというのでござりますか。

 とにかく左大将さんと女君さんに感謝なさいませ。

 目の前の物事を見れば、嬉しゅうて有難いことやと思わずにいられへんでしょ

 う。

 私、景純らも、国を治めていますから、決して徳がないわけやありまへん。

 けど、妻を思うと、お母さんに財を進ぜることは出来まへん。

 今も進ぜることが出来へんのは、子として、親を思う気持ちが薄いからです。

 お(たあ)さんが生んだ子でさえも、愚かにも、十分にしてあげられまへんのや。

 お(たあ)さん、女君さんの有難いお気持ちを、泣いてお喜びさんになりましゃいます

 のが宜し。」


息子の言葉に北の方は返事が出来ませんでした。


そして、越前守は妹のことを言いました。


「四の君のことはお聞きには……聞く気ぃもあらしゃいませぬか?

 懐妊以来、弱っている四の君のこと……御心には残ってあらしゃいませぬか?」

「あれは……あの馬面の北の方に成り下がったのや。

 もう私の娘やない。」

「お(たあ)さん!」

「あないな馬面に……()()()な……。」

()()()は! お(たあ)さんや!」


何を言われても妬みと腹立ちが治まらない北の方ですが、息子の厳しい言葉に何も言葉を返せませんでした。



⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂



上の息子が帰って行った後、公廉は孝子の傍で筆を進めています。

孝子の口述で落窪の君の物語を公廉が書く……それで、孝子の胸の内を公廉は図ります。

上の息子の北の方のことを孝子は一切言いません。

公廉も口にしません。

お互いに口にせずとも、想いは分かります。

親としての想いを……二人だけにしか分からない想いを……。

おするする…ご無事に。

おかくれ…死ぬこと。

まめ…息災。

むつかる…泣くこと。

爪弾き…嫌悪・軽蔑・非難などの気持ちを表す仕草。

親文字(しんもじ)…親切。

徳…人徳。

くす…貰う。

あはれ…可哀想。

左衛門佐…左衛門府の次官。

左大将殿の家司…親王家・内親王家・摂関家および三位以上の家に置かれ、家政をつかさどった職。

加階…位階を上げること。


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