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一条戻り橋  作者: yukko
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遺産

上の息子の北の方のことを公廉は孝子に話しませんでした。

上の息子が話すまで、秘めていました。

そして、簡単に秘められたのです。

それは、孝子の身体がなかなか回復の兆しすら見えず……臥している日が続いているからです。

辛そうに息をしている時も多く……公廉は上の息子の北の方の葬儀に行っても、その悲しみに浸るばかりではありませんでした。

葬儀の瞬間にも、傍に居られない間に孝子が逝ってしまうのではないかと不安が募っていました。

葬儀が終わると、公廉は大急ぎで邸に帰りました。

帰って直ぐに孝子の部屋に行きました。


「孝子……。」


そう言いながら、公廉の手は孝子の顔に……。


「あぁ………息をしてはる。」


公廉は安堵の溜息を吐きました。



⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂



越前守は、左大将が三条邸に帰ると聞いて、故大納言が「左大将に進ぜるように。」と分けた物、所々の荘園の券を、取り出して持って来ました。

左大将に「大した物やございませぬが、故人の遺言でございます。」と言って差し上げました。

左大将が、品々を見れば、帯が三つありました。

一つは左大将殿が大納言にあげたものでした。

一つは、それよりも良い物ではありませんでした。

ほかに荘園の券、故大納言殿の権利書がありました。


左大将は女君と話しました。


「ええ領地をお持ちであらしゃいますね。

 この御邸は、なんで北の方にお譲りあらしゃらなかったのでしょう。

 他に御邸をお持ちでございますか。」

「他にはござりませぬ。

 この御邸は、北の方と()()()()()()らが長うお住みあらしゃる御邸でございま

 す。

 そないな御邸を私が受け取ることなど出来ましょうや。

 北の方に進ぜられましゃいますよう頼み入りまする。」

「それは、ええことや。

 ここを、其方が進ぜられんでも、其方には私がおるのやから、三条邸に住んだら

 宜し。

 全て進ぜられましたなら、恨む者も出て来ようほどに……。」


左大将は、越前守を近くに呼び寄せて女君と話し合ったことを伝えました。


「そなたさんも、お分かりやと思います。

 なんで、私ばかりにお譲り遊ばされるのか。

 豪家と思うてのお心遣いでございますか。」

「そないなことはございません。

 父が、遺言を申しました時に、皆、分けて、私に預けたものなのです。」

「それは賢いことをなされました。

 『けど、この御邸には故大納言さんのお子たちが皆お住みであらしゃいます。

 どないして、()()して頂けましょう。』と、女君が申しております。

 北の方に、お与えあれ。

 この帯二つは、衛門佐(えもんのすけ)(故大納言の三男)と越前守さんが一つずつ()()しはった

 ら宜し。

 私らは美濃の荘園の券と帯一つを、頂きましょう。

 故大納言さんが、分けてくれはったお気持ちを、無下には出来しまへん。」

「それは困ります。

 たとえ父が取り分けなかったとしましても、左大将さんに進ぜるべき物でござり

 ます。

 分かってくださいませ。

 申すまでもなく、『故大納言が、こないして分けて置く。』と申して取り置いた

 意思に背くことになります。

 私らは皆少しずつ父が残しましゃった物を分けて()()しています。」


そう言って左大将が返そうとする品々を受け取りませんでした。

左大将が尚も話します。


「そう仰せあらしゃいますな。

 私は、故大納言さんの意思に背くとは思うておりませぬ。

 故大納言さんのお気持ちを知ることが出来たのやったら、私が()()したも、同し

 でございます。

 女君は私がおる限り、今まで通りの暮らしでございます。

 私らには、子らもおるのやから、後々も安心や。

 寧ろ、私が()()()させて頂こうと思うておるくらいでございます。

 故大納言さんのお子たちが()()された遺産の足しにして欲しゅう存じます。

 大君と中の君には、夫に対して便宜を図らいましょうぞ。

 三の君には、いずれかのお方との縁を取り持たせて頂きましょう。」


越前守は、畏まり喜びました。


()()()()、左大将さんの話を伝えましょう。」

「もしお返しされましても、お受け取りになされませぬように。

 同し話をするのは、ちと面倒や。

 帯は、やはり、今のまま、越前守さんがお持ちくだされ。

 こちで必要になりましたならば、人を遣ります。」

「左大将さんがお入り用になりましゃいましたら、()()()()お返し致します。

 遠い間柄ではございませぬ故に。」


左大将は無理やり越前守に帯を受け取らせました。



左大将は三条邸に帰る前に兵部の大輔の邸に行きました。

四の君のことが気掛かりだったからです。

勿論、女君も共に訪問しました。


「左大将さん、()()()()()であらしゃいます。」


そういう声が大輔の邸に轟き、牛車から見目麗しい左大将と女君が大輔の邸に入りました。


「よう御出で遊ばしました。」

「大輔さん、四の君は?」

「はい。ちとではござりますが、お粥を口に出来るようになりました。」

「そうか……。」

「四の君に御目に掛かれましょうか?」

「女君さん、四の君はお待ち申し上げております。

 こちへ……。」


御簾越しで四の君に会った左大将と女君です。

左大将と女君が御簾の中、大輔と四の君が御簾の外です。


「左大将さん、女君さん、お(もう)さんのことでは……

 ありがとうございました。」

「四の君さん、お目出度う。」

「ありがとうございます。」

「四の君さん、私に出来ることはございますか?」

「いいえ、女君さん……もう……殿さんが充分に……。」

「故大納言さんの御遺言の通りやないけど、宜しいのやな。」

「はい。私は何一つ要りませぬ。」

「さよでございますか。」

「左大将さん。」

「何か?」

「私が()()()ましたなら、大輔さんと姫を……大君を……

 何卒、お頼み入りまする。」

「四の君! 其方、何を言うんや。」

「殿さん……万が一のことでござりまする。」

「それは、嫌や!」

「お嫌さんであらしゃいますのやね。殿さん……。」

「四の君、当たり前やないか! 

 其方は大君のお(たあ)さんや。私のたった一人の大事な妻や。」

「四の君、そないな気の弱いこと言わしゃるな。」

「さよであらしゃいます。

 ()()()()()とお産み遊ばします。」

「左大将さん、女君さん。万が一でございます。」

「万が一が来んように……神仏に祈念しましょう。」


左大将も女君も四の君の身体を想い、早々に大輔の邸を出ました。

左大将も女君も四の君の無事な出産を祈りました。



⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂



上の息子は北の方の四十九日の後、公廉の邸を訪れました。

公廉は孝子の容態を息子に伝えました。

息子は悩みました。

今、話して良いものかどうかを……。


「お(もう)さん、どないしたら……。」

「話したって……。」

「宜しおすか。」

「知らんより、ええと思うのや。」

「はい。」


上の息子は勇気を振り絞って、孝子の部屋に入りました。

荘園の券…荘園・田地・邸宅などの所有を証明する手形。

あもじ…姉。

いもじ…妹。

くす…貰う。

せもじ…世話。

すなわち…直ぐに。

おうちつき…御到着。

おするする…ご無事。

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