位
孝子の元に度々、上の息子は訪れました。
孝子のことが心配で仕方ない様子でしたが、ある日を境にやって来なくなりました。
使いの者から受け取った文は、北の方の懐妊の知らせでした。
ただ、北の方が臥せっている為、起き上がれるようになったら会いにやって来ると書かれていました。
北の方のことが詳しく書かれていませんでした。
使いの者に聞いても話してはくれません。
「母に心配を掛けて、母の病状が悪くなって欲しくない。」ということだけは、使者から何とか公廉が聞き出しました。
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こうして齢七十を迎えて、源中納言の容態は徐々に重くなっていきました。
左大将(大納言)は気の毒に思って嘆き、修法など手を尽くしました。
源中納言は「なんで、このおとしめしの為に、そないにして下さいます。今は思い残すことも無うて、命も惜しゅうありまへん。どないして、こないな私の為に、左大将さんのお手を煩わせ祈祷などして下さるのを、お受け出来ましょうや。」と言いました。
源中納言の体は弱りきっています。
「おちかぢかやなぁ……。けど『まだ生きていたい』と現世に未練があるのや。私は年召してから位を得ることも無うて、昨日今日に大人になったような若者に仰山、先を越されてしもうた。我が身が劣っていくことがはもじや。大将さんがこないに目をお掛け下さる今やったら、⦅命さえあれば、いずれは昇進出来るやろう。⦆と思うていたんやけどな。もう……逝くのやろなぁ……。⦅私は前世で罪を犯して、その報いで大納言になれへんのやろか。⦆と、悔やんでばかりおるのや。まぁ、そやけど、こないな死に際やのに、こないな栄えを手にする者は私くらいしかおらんと思う。」と言っているのを伝え聞いた大将は、限りなく哀れみを覚えました。
また、女君が「どないかして、お父さんを大納言の位にしてあげたい。お父さんが大納言になりましゃいまして、⦅現世に未練はあらへん。⦆と思うて頂かれましゃいましたら。」と言っている事を伝え聞いた左大将は、実現させてあげたいと思っています。
ですが、決まった数以外の大納言を立てることは容易ではありません。
当然のこと、人の位を取り上げるわけにもいきません。
左大将は自分が兼任している大納言の位を舅の中納言に譲ろうと考え、父の右大臣のもとを訪ねました。
「私の位をお譲りすることで、源中納言さんの願いを叶えてあげたいと存じます。
私と女君の子らは仰山おります。
その子らが大きゅうなって、祖父に徳を行える日まで源中納言さんがお息文字や
ないと思うております。
その代わりに、私が源中納言さんの願いを叶えて孝養を思うております。
お父さんはどないお考えであらしゃいますか。
私の官位とはいえ他への影響もあらしゃいましょう。
どうぞ、ええようにお決め下さい。」
「其方がそない思うたなら、なんで止められるというのや。
おはやばや、その旨を御上に奏上なされ。
其方には左大将の地位もある。
大納言の位が無うなったと言うて、どないなるもんやない。
我が一族の栄えは揺るぎないもんや。
思うがままなんやから、心文字せんでも、ええのや。」
右大臣も同意しましたので、左大将は大喜びで朝廷に「源中納言に大納言の位を譲る。」と奏上し、朝廷は源中納言の大納言任命の宣旨を下されました。
これを聞いて大納言になった女君の父は病床ながらに喜びの涙を流しました。
その様子は父親に対する功徳になるのだろうと思われました。
女君の父中納言は大納言の位が授けられると聞き、喜びの余り病床から起き立ち上がって願を立てました。
「ああ、神よ仏よ、定めある命、どうか今暫し、その時をお伸ばし下さい。」
そう心から願を立てたお陰か、病気も少し良くなりました。
思いの強さで起き上がっては、大納言の位を受け取るべく内裏に参上するために吉日を見立てさせました。
兎に角やらなければならないことを家来に割り当てました。
「私には七人の子がおるが、こないに現世にも後の世にも嬉しいことをしてくれた
子が他にいようか。
こないに仏のような子を、少しでも疎かにしたから不幸な目にも遭うたのや。
娘にもニ、三の婿を取ったが、今でも私に寄りかかっているようやしなぁ……。
大将さんには塵ほど持て成すことはなかったのに、こないに嬉しいせもじをして
下さりまして、はもじなことや。
私が隠れたら、息子であれ、娘であれ、大将殿さんにお仕えするよに。」
そう源中納言は言い回りました。
それを聞いた北の方は⦅憎々しいことを……おはやばやお隠れ遊ばされたら、ええのに!⦆と思ったのです。
兵部の大輔は源中納言から良い評価を得ていません。
どうしても大将との比較、そして三の君の婿だった中納言と比較されてしまうのです。
今までは、四の君の為に少しでも官位が上がることを望み、努力をしてきました。
ただ、今の大輔は本来の大輔になっています。
それは、四の君の身体を案じているからです。
官位よりも何よりも四の君が健やかになることだけを望んでいます。
「四の君……。」
「……北の方と……。」
「そやったな。……き…北の方。」
「……はい……。」
「おうわゆ、でも……どないや?」
「さよでござりますね……おうわゆ…を……。」
「私が作ったのや。美味しなかったら、堪忍や。」
「まぁ……大殿さんが……。」
妻・四の君が重湯を口にしても直ぐに吐いてしまいました。
「申し訳ござりません。」
「ええのや、そないなこと!」
気にしないでくれと言いながら、四の君の背中を擦っている大輔です。
そんな大輔を⦅大輔さんと妹背になれて、私はなんと幸せなことやろか……。⦆と思った四の君でした。
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横になりながら、落窪の君の物語を話し、公廉に書いて貰っている孝子が言いました。
「吾が君さん……。」
「なんや?」
「太郎君のとこへ行って頂きとうございます。」
「もう、太郎君やあらへん。」
「さよでございますね……けど、太郎君とお呼びしとうござります。」
「さよであるか……。」
「行って……北の方のおみからだは如何にと……。
悪阻やと思うのでござりますが……。」
「そやな。分かった。伺うて来る。」
「お願い致しまする。」
「心文字なことやけどな。
其方がおひろけになったら、何でも教えてくれるやろ。」
「はい。……さよでござりますね。」
「おちかぢか、行てくる。」
「ありがとう。」
孝子は話し終えると、眠りに就きました。
その寝顔を見ながら、公廉は⦅もう誰にも、なんも起こらへんよに……。⦆と願いました。
修法…仏教の加持祈祷。病気を治すために物の怪を追い出している。
おとしめし…年寄り。
おちかぢか…近いうちに。
はもじ…恥ずかしいこと。
お息文字…息災。
心文字…心配。
宣旨…天皇の内向きの勅令文。
せもじ…世話。
おうわゆ…重湯。
おひろけ…病気が治ること。




