七十賀
孝子と公廉の喜びは一入ではありません。
娘が快癒に向かっているとの報は、大君を失わずに済んだのです。
思い返すも生まれて長い時を共に過ごせなかった亡き娘よりも、長く生き、幸せに成って欲しいと願いました。
その願いが叶ったと思った矢先の悲しい知らせだったのです。
孝子は「ようやっと、願いが叶うた……。」と喜び、神仏にお礼のお参りをしたいと思うようになりました。
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源中納言の七十賀は、十一月十一日に行いました。
今度は三条邸に源中納言一家を招いたのです。
いつもの大納言らしく、ただただ豪華で圧倒させられるものでした。
七十賀を祝う屏風の絵なども数多くあります。
広く鏡のように美しい池に、龍の頭をあしらった舟を浮かべ、楽人たちはその舟に乗って演奏をしています。
その様子はとても風流でした。
上達部や殿上人は、座りきれないほど多く集まり、被け物が数え切れないほど必要になりました。
中宮より大袿を十襲、三の君の元夫の中納言から被け物を十襲、様々な物を大納言に贈って助けようとしましたが、中宮に仕える女房達や宮中の護衛である蔵人までが見物しようと宮中から抜け出して来ました。
この華やかな様子に、臥せがちだった源中納言もたちまちに元気になりました。
一日中、音楽を奏でて宴も終わり、夜も更けて皆が帰って行きました。
大納言は全ての客に被け物を与えました。
高貴な者には被け物以外にも贈り物を添えました。
右大臣や三の君の元夫の中納言にはそれぞれ、立派な駿馬を二匹、世に名高い筝を二つ贈りました。
供の者には、身分に応じて被け物を授けて、それ以下の身分の低い供の者にも、絹の巻物を腰にさして帰らせました。
越前守は、大納言に「七十賀の被け物のことは、越前守さんに任せるよって、思い通りにしはったら、ええ。」と任されていました。
越前守は上手く采配しました。
大納言は源中納言をニ、三日ほど三条邸で持て成した後、源中納言邸に帰しました。
女君は大納言がこのように華やかな祝いをあげてくれたことを、とても嬉しいと喜びました。
大納言はそんな女君の様子を見て、本当にやった甲斐があったと思いました。
その頃、兵部の大輔は妻の四の君が二人目の懐妊で、傍を離れたくありませんでした。
それというのも、今回は悪阻が酷く、何も喉を通りません。
何も口に出来ないのです。
吐き気が治まることはありません。
招かれた源中納言の七十賀に出向くことが出来ませんでした。
大納言も分かってくれて、「何もせえへんでも宜し。こちにお任せあれ。」と言ってくれました。
何もせず、何も贈らずに、その全てを大納言が「こちで。」と言ってくれましたので、「ありがとう忝うございます。」と全て委ねました。
大輔がただただ願うのは妻の無事な出産でした。
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「お参りやって! まだ先の事や。」
「それは、そないであらしゃいますが……。」
「まだ、大君は御出で遊ばされへんのやで。」
「はい。さよであらしゃいます。」
「こちに大君が御出で遊ばしましたら、お参りせなならん。
それまでに其方が……な。」
「……はい。さよでございますね。」
そして、孝子は公廉に落窪の君の物語を書いて貰いました。
孝子が言う言葉を、そのまま公廉は書きます。
「なぁ、こないなこと……せんと……な。
おはやばやにお寝り……ええな。」
「ほな、そないさせて頂きましょ。」
孝子は焦っているかのように、落窪の君の物語を進めています。
被け物…この場合は引き出物。
筝…十三弦の琴。
おはやばや…早くに。
お寝り…寝ること。




