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一条戻り橋  作者: yukko
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三の君

孝子の願いは「娘の快癒」です。

そのための写経を「娘の快癒」が叶った時に終えるのが最良です。

それを祈りつつ、念じつつ、一文字一文字に命を吹き込むように写経を進めています。


そんな日々に嬉しいことがありました。

遠くの赴任地に居る下の息子が、京の都にやって来たのです。

帰って来たとは言えません。

直ぐに戻るのですから……。



⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂



三の君は、「今日はお見え遊ばしますやろか、今日こそは……。」と別れた夫の中納言を思って待っていましたが、中納言からは何の音沙汰も無く八講は終わってしまいました。

あまりに情けないと思い悩む魂が三の君の体から抜け出て、中納言のもとへ飛んで足を止めたのでしょうか。

中納言は、八講が終わって源中納言邸を出ようとした時に、暫く立ち止まって、三の君の弟の左衛門佐を呼び止めました。


「なんで、そないに余所余所しゅうしましゃるのや?」

「どないして前のよに、()()()()()()()()出来ますのでございましょう。」

「昔は、()()()()()()()しておりましたことをお忘れでござりますか。

 どないしていますのや、お息文字でしたか。」

「お息文字、とは何方さんのことであらしゃいますか?」

「三の君のことや。私が他に誰のことを尋ねると言わしゃるのや。」

「存じませぬ。邸の中にはおることでございましょう。」

「ほな、こないお伝え下さい。

 いにしへに たがはぬ君が 宿見れば 恋しきことも かはらざりけり

 ⦅昔と変わりないあなたの邸を見て、あなたへの恋しさも昔と変わらない。⦆

 と……。

 『世の中は(=今は他の妻がいるので、そちらが妻です)』と言わしゃることで

 ございましょう。」


そう言って、中納言は源中納言邸を出て行きました。

左衛門佐は⦅()()()()だけでも、お待ち頂けなんだ。()()()に何の名残も、何も無いのやなぁ……。⦆と思いました。


左衛門佐が三の君の部屋に入って、「中納言さんは、こない私に言い置いて、邸を出て行かれました。」と語ると、三の君は⦅私の()()()()が返ってくるまで、暫しの間、お待ち下されば宜しのに。こないに冷とうなさるくらいなら、なんで、こないな歌をおくれやしたのやろ……。ああ……。⦆と、返事をすることもで出来ず、そのままやり取りも出来ずに終わってしまいました。



⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂



「お(たあ)さん……。」 

「もう、お目見え叶わぬと思うておりましたのえ。」

「お(たあ)さん、そないなこと言わしゃらんといておくれやす。」

「お目見え叶うて……この上のう……嬉しゅうござりまする。

 お息文字の御様子、良うござりました。」

「はい。」

「北の方さんは? お息文字であらしゃいますか?」

「はい。有難いことに……。」

「おこは?」

「はい。有難いことに……。」

「良うございます。………ちと……。」

「お(しずま)り遊ばされますか?」

「……そないさせて頂きましょう。

 あ………。」

「どないなさいました?」

「其方も、北の方さんも、おこも……お息文字であらしゃいますよう……。」

「お(たあ)さん。」

「それだけが……私の望みでございます……え。」

「ありがとう、お(たあ)さん。……もう、お(しずま)り遊ばされませ。」

「……そや…な。」


下の息子は公廉と共に、孝子が眠りに就くまで傍を離れませんでした。

おちかぢかしく…親密な。

おこたえ…返事。

あもじ…姉。


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