法華八講
孝子は落窪の君の物語を早く終えたいと思うようになりました。
娘のことも気掛かりですが、何もしてあげられない今の孝子の身です。
せめて写経をして、娘の快癒を祈願成就したいと思い、起き上がれた時に何よりも写経をしている孝子です。
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法華八講が始まりました。
阿闍梨や律師など、高貴な身分の者が大勢集まりました。
「とても有難く尊い経でござります。」と言いましたので、一部に一日をあてて、九部という経典の講説を始めました。
九部の講説というのは、八講の八部の経に加えて無量寿経や阿弥陀経などを読み、それを一日にあてるものです。
一日に仏を一柱を供養しようと思いまして、九部の講説を始めました。
合わせて仏像が九柱、経を九部ほど書かせています。
その美しいことは、比べようもありません。
法華経のうち四巻は、いろいろの色紙に銀泥や金泥で文字を書かせて、巻物の軸には深い黒色で香ばしい香りがする沈香を使い、おき口の施された経箱に入れました。
残りの五巻は紺色の色紙に金泥で書かせ、軸には水晶を用いて、蒔絵の箱には経典の文中の一場面を一部づつ書き出しました。
ただこの経典や仏像を見るだけでも、この法会に朧げで影が霞むようなものは出てこないのだろうと予感させました。
朝座、夕座の講師の僧には、鈍色の袷の衣装を与えました。
大納言と大輔は、「思い残すことなぞ、なんもあらへん。遣り尽したなぁ。」と満足しました。
八講の日程が進むにつれて、法会の尊さが増していきますので、終日近くになると地下、蔵人から上達部までが源中納言家に詰めかけました。
五巻の捧物の日は、地下から殿上人まで、皆が「捧物を差し上げたい。」と連絡があり、所狭しと捧物を置いていきましたので、源中納言家は置き場所がなくなるほど狭くなってしまいました。
捧物のことは、大納言が前もって自分の下にある者達に割り当てていましたので、袈裟や数珠のような必要な物を多く持ち寄りました。
それを取って仏に供えようとすると、大納言の元に父の右大臣から文が届きました。
「今日という今日は、そちらに伺いたいと思うていたのやが、
おみずけになったのや。
正装をするのも苦しゅうて行けそうにない。
『これは気持ちばかりやけど、仏前にお供え下さい。』と、進じさせて頂いたの
や。」
捧物は青い瑠璃の壺に黄金の橘の実をさして、青い袋に入れたものを金の五葉松の枝にかけてあります。
大納言の母の右大臣の北の方から、女君にも文が届きました。
「ふたふたで、もやもややと、伺うておりました。
女君さんから何ぞお話があるのやないかと思うておりました。
私に女君さんのお手伝い出来たら、と思うて、女君さんからのお話を待ちかねて
おりました。
なれど、私の心根を御存知やあらしゃいませぬのは、あはれなことでございま
す。
これは『女は、こないな日頃使える物を捧げると仏縁がある。』そうでござい
ます。
それをお伝えしとうてお待ちしていたのでござります。
これを仏前にお供え下さりませ。」
とあり、中国から渡って来た薄物の朽葉色の村濃染の一襲に、とても美しい緋色の意図を五両ずつ、金で作った女郎花の花につけています。
糸のような物は仏との縁を「結ぶ」と言って縁起がよく、また女君が裁縫を得意としているので、『数珠の緒にでも』と思って贈ったのでしょう。
女君が返事を書こうとしていると、また「中納言(元・三の君の夫)の御邸より」と文が届きました。
「八講とは、素晴らしく尊いことを思いつき遊ばしました。
そやのに、お知らせ頂けなんだのは、もしや⦅御仏の喜ばしい御徳を受ける者の
数に、私を入れとうない。⦆とお思いであらしゃいましたか?
あはれなことでござります。」
文と共に、黄金で作った蓮の花を一枝作り、少し青く色をつけ、白銀を大きな露の玉にあしらった物を贈られていました。
また、「中宮(大納言の妹)様からです」と言って、宮の亮が使いとしてやって来ました。
宮の亮のことは丁重に持て成し、他の者の目に付かない場所にお通しして、越前守や、以前は大夫だった三郎君が大納言の引き立てで出世した左衛門佐などが、盃をふるまい、馳走を出しました。
中宮からの文を読みました。
「今日はもやもややと思います。
わずらわしい物は何もかも省きます。
これは、御仏との縁があるよに聞いております。」
文と共に贈られた物は、捧者の黄金の数珠箱です。
中には、菩提樹で作られた数珠が入っていました。
女君の姉妹や女房達もこれを見て、夫側の高貴な身分の方々が、こんなにも女君のために力を尽くし、「我も我も」と贈り物をするので、⦅女君はこの上なく、お幸せなお方や。⦆と思いました。
中宮へはまず大納言が返事を出しました。
「おくだし遊ばしまして、ただただ忝うありがとう存じ上げます。
今日のことは、中宮さんの仰せの事を、私みずから御仏の縁に捧げます。
誠に恐れ多く御礼申し入れ奉ります。
私が参内致しまして、改めまして御礼を申し入れ奉りたく存じます。」
中宮の使者には、綾の単襲、袴、朽葉の唐衣、薄物の襲の裳を与えました。
中宮への使いに女物の着物を与えたことは、大納言がこの捧物をとても喜んだことを示しています。
薪の行道が始まると、上達部や公達は皆揃って、仏への供物を捧げ持って仏前を巡り歩きました。
人々は主に、黄金や白銀で作った開花した蓮の花を持っていました。
三の君の元夫の中納言だけが、白銀を筆の形の蕾に作って、茎の篠竹には彩色を施し、捧物の供物を薄物で包んで透かして見せています。
袈裟など必要な物は、数え切れないほど積み上げて置いてありました。
仏事に使う飾りの薪は、蘇芳の木を割って、少し黒っぽく染めて、組んで結ってありました。
八講の日程のうちでも、捧物を持って仏前をめぐる今日の仏事が、特別に豪華で、財産もかかっていることだろうと思われたのです。
高貴な上達部が捧物を持って仏前を巡っているのを見ている人々は、「なんとおとしめしの身の上での幸福なことや。面目がある人なんやなぁ……。」と褒め、「やはり、親というものは、良い娘を神仏に願うて、持ちたいものや。」と口々に言い合いました。
こうして九日間、法華八講はとても厳かに執り行われました。
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孝子の身体を案じる公廉も、写経だけは止めませんでした。
娘の身体を思う妻の母心を大切にしたいからです。
ただ、顔色が悪くなれば、直ぐに休ませるのも公廉でなければ出来ません。
上の息子が言っても全く聞く耳がありませんが、公廉の言葉には従うのが孝子です。
起き上がれた時に写経をし、横になった時に落窪の君の物語を進める―それが今の孝子の日々です。
阿闍梨…法会の講師。
律師…僧侶。
無量寿経…開経として、八講の前に読まれる。
阿弥陀経…浄土三部経の一巻、短い経。
柱…神などを数える単位。
金泥…銀粉や金粉をニカワに溶かした物。
おき口…ふち飾り。
朝座、夕座…朝と夕に二回行う講座。
地下…官人の身分の一つで、朝廷に仕える廷臣のうち、京都御所の清涼殿殿上間に上がれる殿上人に対し、上がれない階位の者。
蔵人…令外官の一つ。天皇の秘書的役割を果たしました。
殿上人…日本の朝廷において、天皇の日常生活の場である清涼殿の殿上間に昇ること(昇殿)を許された者(三位以上は原則全員、四位・五位の一部)の中から公卿を除いた四位以下の者のことです。またその中から更に蔵人も除いて指す場合もあります。
上達部…太政官の高官で、国政を担う最高の職位を指します。すなわち太政大臣・左大臣・右大臣・内大臣・大納言・中納言・参議ら(もしくは従三位以上(非参議))の高官を指す(参議以上を総称して議政官という)。「公」は大臣、「卿」は参議または三位以上の廷臣を指すことから、合わせて、公卿と呼ばれるようになり、京都御所に仕える上級廷臣を指しました。
捧物の日…金銀製の枝に、宝物を結びつけた捧物を持って、唱歌しながら仏前を回る日。
おみずけ…脚気。
ふたふた…急いで、落ち着かない様子。
もやもや…取り込んでいること。(立場が上に人には「おもやもや」と言います。)
あはれ…可哀想。
村濃染…ところどころむらができるよう濃淡をつけた染め方。
五両…一両=37.5g、五両=187.5g。
青…当時の青は、緑のことも差しました。
中宮…今の皇后。
宮の亮…中宮に関する仕事をする中宮職の次官。
左衛門佐…皇居の護衛を司る役所の次官。
おくだし…賜ること。




