望み
孝子は公廉に落窪の君の物語を書いて貰う時間が増えました。
起きて筆を持つことが減りました。
そのことを「子らには、どうかご内密に……。」と公廉に頼みました。
公廉は孝子の言葉を上の息子にだけ伝えました。
そして、弟と妹に伝えないように、と頼みました。
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源中納言家と衛門督家、そして源中納言家と兵部の大輔家が親交を温めて始めた頃、衛門督と女君は源中納言家について相談をしていました。
「源中納言さんはお年を召され遊ばしましたなぁ。
世の人は、『おとしめした親のために孝養を尽くすことこそ尊ばれます。』とお
考えやと聞きます。
特に、六十や七十の年は『賀』と言うて、子らが音楽や舞を催して、ご覧に入れ
るものやそうです。
『若菜参る』と、年の初めにすることもあるということでございます。
そや、『八講』と言うて、経を書き、仏を描いて、供養する行事もあります。
いろいろ珍しく工夫しよと思いますが、どないな趣向を凝らしたら、ええのや
ら……。
健在やのに四十九日の供養をする人もおると聞きますけど、子がするのは、けも
じな話。
さ、この中から選びなはれ。
其方がしたいと思うものやったら、私がやります。何でも……。」
「舞や音楽は面白くて趣はありますが、来世の利益はあらへんと思います。
四十九日は、仰せあらしゃるように縁起が良うないと思います。
八講こそが、この世でも尊く、来世のためにも目出度いことやと思います。
そやから、八講をしてあげて下さいませ。」
「それは、ほんまにええと思います。
実の所……私もそない思うておりました。
ほなら、今年中にやりましょう。
中納言さんもおとしめしで、いつまでご健在か……分かれへんことやし。」
「あの……殿さん、このこと……四の君さんと共に、と思うのでございます。
どない思わしゃりますか?」
「それは、ええことや!
ほな、おはやばやに兵部の大輔さんと話をして決めます。」
そう決めた衛門督は、兵部の大輔と共に翌日から用意を急がせました。
八講の日取りを八月頃と決め、経典を書かせ、仏師を呼ばせて、「仏様が立派に出来上がるように」と衛門督も女君も兵部の大輔も四の君も熱心に取り組みました。
関係する国々から、絹、糸、白銀、黄金などをなどを集めて、準備は万端です。
全てが見事に揃い、心配することは何もありません。
このように衛門督家、兵部の大輔家と中納言家が和解している頃、天皇の病が急変して、天皇は東宮に天皇の位を譲られました。
新天皇は、衛門督の妹が産んだ長男です。
そして天皇になった兄の代わりに、次男が東宮になられました。
新しい天皇の母は、皇太后になられました。
衛門督は、大納言になりました。
空いた中納言の位には、三の君の元夫・宰相がなり、宰相には大納言の弟の中将がなりました。
新大納言に縁のある人達は、皆、昇進しました。
大変目出度いことに、世はこの新大納言の一族の天下となったのです。
大納言は新しい帝からの新任も篤く、こうして大納言の栄光を見聞きして、舅である中納言は、顔が立ってとても嬉しいと思いました。
ただ、その栄華の中に四の君の婿は入っていませんでした。
それが、⦅けもじなことや。兵部の大輔さんは大納言さんのお母さんの縁続きやったはず……。まぁ、中納言には、ならはるのやろ……息子は父の官位を継ぐはずや。⦆と舅である中納言は思いました。
兵部の大輔は⦅不甲斐ないことや……。⦆と落胆を隠しえません。
ただ、元来の大輔は、官位に関心が無かったのです。
それが、許して貰いたい、認められたいとの思いが湧いて来て、出世が遠いことに落胆するようになりました。
それもこれも、四の君の為なのです。
「どないなさいました?」
「大輔のままや。顔向けが出来へん。」
「そないなこと……。」
「其方はそない言うてくれて、有難いと思うてる。
けど、お義父さんは……どない思わしゃるやろか。
婿として……おいとぼい娘を委ねられぬと思わしゃるのやろな。」
「およしよしでござります。」
「およしよし?」
「はい。殿さんは、どないなお立場でも私のたったお一人の……
大切なお方であらしゃいます。」
「四の君………。」
「お息文字で……何時までも……お傍に……。」
「四の君!」
四の君を優しく抱きしめた大輔でした。
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横になって落窪の物語を話す孝子に、公廉は聞きました。
「栄華か……縁遠い話やなぁ……。
……今となっては、これで、およしよしやと思うてるのや。
これで、およしよしや。」
「……はい。」
「しんどいか?」
「ちと………。」
「お寝り……続きは、ゆるゆるとな……。」
「はい。」
孝子が休むまで、傍を離れない公廉が「まだ、まだ、其方と……居たいのや。私の望みは、それだけや。孝子……。」と小さな声で言いました。
おとしめし…老人。
けもじ…奇妙な。
おはやばや…早くに。
東宮…皇太子。
おいとぼい…可愛い。
およしよし…良いこと。




