二組の夫婦
孝子は今まで歩んできた道を思い出します。
それは、時折……懐かしい人々の顔を思い出す大切な時でもあります。
⦅あぁ、吾が君さんの邸に帰って来られたんやなぁ……。お仕えしてた時、思い出すのは吾が君さんと子らのお顔やった。今は……お父さん、お母さんのことを思い出して懐かしゅうて……。⦆と思っています。
そして、それが⦅もう、迫って来てるんやな……。⦆と思う所以なのです。
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衛門督は兵部の大輔の邸へ行きました。
会うのは、久し振りの事です。
兵部の大輔に子が生まれた折に出産のお祝いに訪問して以来のことです。
大輔が衛門督の邸を訪問することはありません。
大輔は出来得る限り、馬面の顔を人目に晒したくないのです。
女房達に笑われては⦅四の君が……笑われておるようで……四の君に申し訳ない。⦆と思っているからです。
「衛門督さん、御出で遊ばされまして、ありがとうございます。」
「こちこそ、お招き頂きましゃいまして、ありがとうございます。
あぁ、それにしても久方振りや。大輔さんとこないしてお話出来るのは……。」
「ほんまでござりますな。」
「ほんで、何か?」
「はい。悩んでおりましたが、源中納言家をこちにお招き致しましてござりま
す。」
「なんとっ! それは、それは……でっ、首尾は?」
「はい。これからもお越し頂けると仰せ遊ばしました。」
「良かった! ほんまに良かった!
大輔さんは真面目で優しい心根。
それをお知り頂けたら、違う道が開かれるはずやと思うておりました。
ほんまに良かった……良かった。」
「それもこれも、衛門督さんのお陰でござりまする。」
「いやいや、それもこれも大輔さんのお人柄や。」
「衛門督さん、ほんまに何とお礼を述べたら……。」
深々と頭を下げる大輔を見て、衛門督は律儀な大輔を好ましく思ったのです。
そして、⦅こないな人物が帝の御目に止まらんのやな……。⦆と悲しくも思いました。
父・治部卿の邸から全く出ることが出来なかった日々が嘘のようです。
全て四の君との妹背の契りから、大輔は変わりました。
ただ、出仕はすれども、衛門督の邸にも来られないほど、未だに大輔の心の中は悲しいほどに【面白の駒】と世間の人達から笑われていることが占めていて、人目を避けるように過ごしているのです。
それが、衛門督には悲しく思えました。
「大輔さん、もう充分や。
四の君を源中納言邸より連れ出しゃいましてより、今日まで幾度も幾度も……
大輔さんは『ありがとう。』と仰せ遊ばされた。
もう充分に大輔さんの御心は分かっております。」
「衛門督さん……。」
「御目文字叶うたんやな……! そや!
我が妻……女君が姉妹に会いたいと言わしゃいます。
四の君と女君と……目文字させたいと思うのでございます。
如何か? 大輔さん。」
「それは、四の君に……伺いましゃいますのが宜しと……。」
大輔が四の君を御簾の外に出るよう促すと、御簾から四の君が出て来ました。
「四の君……久方振りやなぁ……。」
「衛門督さん、御目文字叶いまして恐悦に存じ上げ奉ります。」
「四の君、堅苦しい挨拶は抜きにしよ。
四の君、お息文字であらしゃいましたか?」
「はい。ありがとう存じ上げます。
こちは皆、おまめでござりました。」
「それは重畳。
早速やが、四の君。女君に目文字なさりますか?」
「それは嬉しゅうござります。
何卒、良しなに……。」
「分かり申した。おちかぢかに場を儲けましょう。」
「衛門督さん、出来たら……あの……こちで……。」
「分かっておりまする。場は大輔さんで……。」
「はい!」
衛門督と女君、そして兵部の大輔と四の君が兵部の大輔の邸で会うことになりました。
衛門督は邸に帰り直ぐに女君に言いました。
「其方の姉妹に目文字叶います。」
「まぁ! それは、いつでござりますか?」
「明後日と決めました。」
「まぁ! 明後日……嬉しゅうござりまする。」
「ただ、お一人であらしゃいます。」
「お一人……それは、大君さん? 中の君さん? それとも……。」
「さぁ……何方さんやろ?」
「殿さん、いけずせんといておくれやす。」
「まぁ、明後日は、およしよしや。」
「殿さん、の、いけず……。」
「なんと、おいとぼいお顔や。」
拗ねた様子の女君を愛らしく愛おしく思う衛門督です。
女君が待ちかねた日がやって来ました。
朝から邸は大騒ぎです。
衛門督は幼い息子も連れて行くことにしたからです。
娘は幼すぎて連れて行けません。
女君の傍近くに控えるのは女房の衛門です。
着いたのは兵部の大輔の邸ですが、女君は全く知らない人でした。
会ったことのない人の邸に到着したので、女君は戸惑いました。
「殿さん、源中納言家ではあらしゃいませぬ。」
「そや。この御邸は兵部の大輔さんの御邸や。」
「兵部の大輔さん………。」
「さぁ、参ろう。目文字の刻限や。」
「………はい。」
衛門督に付き従い、牛車を降りた女君は、邸の見事な庭に目を奪われました。
趣のある御邸です。
招かれるままに進んでいくと、御簾の中でした。
座るように衛門督に言われて女君は座りました。
御簾の向こうに二人の人影が現れて、女君と向かい合うように座りました。
声がしました。
「此度はお越し頂き誠にありがとうございます。
初めて御目文字致します。
私は兵部の大輔と申します。
そして、こちは我が妻の四の君でござります。」
「四の君さん!」
「落窪の君さん、お久しゅうござります。」
「殿さん、殿さん……四の君さんであらしゃいましたのね。」
「そや、アカンかったか?」
「いいえ、いいえ、嬉しゅうござります。」
「積もる話もあろう。御簾の向こうへお行きやす。」
「はい。そないさして頂きます。」
女君と四の君が源中納言家で仲が良かった訳ではありません。
そんな二人が会って直ぐに手を取り合い、今までの日々を話し合ったのです。
女君も四の君も楽しい時間を過ごしました。
「まぁ、源中納言家をお出になりましゃいましたのね。」
「はい。落窪の君さんと同しでござります。」
「さよでございました。」
「あの時、お母さんは、私を部屋に閉じ込めました。」
「まぁ……私と同しであらしゃいます。」
「はい。同し……うふふ。」
「うふふ……。どないしてお出にならしゃいましたの?」
「私に仕えてくれてた女房の一人が哀れと思うてくれました。
その女房は、兵部の大輔さんが入れるよにしてくれました。」
「まぁ……それも同し。私も衛門督さんが入れるようにしてくれた女房がござりま
して、その女房はこちの衛門でござります。」
「まぁ……同しことが多ござりますね。」
「ほんまに………さよでござりますね。」
女君と四の君は同じように源中納言邸を出たことを、今、知った二人でした。
子ども同士の初めての面会も叶い、「これからは行き来しましょう。」と約束をして、衛門督と女君は大輔邸を後にしました。
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孝子は横になりながら、落窪の君の物語を公廉に書いて貰っています。
起き上がり筆を執るのが辛いので、公廉が孝子の言う通りに書いています。
「書き終えたぞ。」
「ありがとうございます。」
「……成程のう……女房が……そやな、女房は橋渡しするのも役目や。
文を渡して貰える。
うむ。そや、そやなぁ……。」
「思い出されましゃいましたか?
吾が君さんの御心を御寄せあらしゃった数多のお姫さんを……。」
「何を言うのや。
私が想いを寄せたのは、其方だけや。」
「さよでござりますか……。あれは……私が……。」
「そ……それは……そや、其方だけやなかった。他にも文を贈った。
けど、子を成したのは其方一人や。」
「さよでござりますか?」
「其方一人や。」
「……うふふ……分かっておりまする。」
「其方……。」
「ちと、いけずしとうなりました。
吾が君さんは遠くで、御目に掛かることさえ叶いませなんだ。
そやのに、吾が君さんは、遠いとこで妹背の契りを結ばしゃいました。
今も思い出すだけで胸が苦しゅうなります。」
「堪忍……堪忍や。」
「あの時は辛うござりました。」
「孝子……済まなんだ。」
「今更、何を言うてると思わっしゃりますやろ。
けど、私は今やからお話出来ました。
もう二度と申しません。」
「孝子………。」
「しんどなりました。」
「……お寝りやす。」
「はい。……吾が君さん。」
「うん?」
「ありがとう。」
孝子が寝息を立てるまで公廉は傍に居ました。
お息文字…御息災。お元気。
おまめ…息災。
およしよし…良いこと。




