和解
娘が子を産み、そして北の方として婿殿の邸に迎えられる日が来ようとは公廉も孝子も思いませんでした。
前の縁では、北の方として選ばれることなど無く、いつしか婿殿の足は遠のきました。
⦅此度こそは……末永う……。⦆と公廉も孝子も願っています。
孝子は寝たり起きたりを繰り返していました。
上の息子は北の方との間に、また子を授かりました。
下の息子は赴任先で縁があり共に暮らす妻が出来たようです。北の方として……。
下の息子にも子が授かりました。
公廉と孝子の子ども達は、それぞれの道を歩んでいるようです。
それが親として何より嬉しく幸せなことです。
⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂
翌朝、中納言は衛門督の贈り物を見て、「色に始まって、何から何まで、こないな老人の身には余る。この石帯などは大層名高い物や。とてもやないが進ぜられても困ると言うもの。お返しせな。」と言っていました。
その頃に、衛門督から文が届いたという声が聞こえましたので、誰もが我先にと争って手紙を受け取ろうとしました。
「昨日は、日が暮れてしまうたのが惜しいほど楽しい一日でござりました。
ふたふたであらしゃいましたので、積もる話もゆっくり語れませず。
これからは時々立ち寄って頂きとう存じます。
同封した三条邸の地券、何故にお忘れしゃいましたか。
おはやばやに、その地券をお持ちやして、この三条邸に御わたまししゃりませ。
そう、おしやす。
して頂けんのやったら、『源中納言さんは私や妻と離れたいと思わしゃっていら
せられる。』と、私は悲哀でござります。」
衛門督の文にはそう書いてありました。
中納言は返事を書きました。
「昨日はそのままお言葉に甘えて泊めて頂こうとも思うておりましたが、
方塞がりで方角が塞がっておりましたので、日没と共に帰らせて頂きました。
今後は明け暮れ、そちらさんにお邪魔できることが楽しみでござります。
何やら寿命まで延びたような心持ちでおります。
ところで、同封してくださった地券は、受け取るわけにはいかぬ物にござりま
す。
そやのに、わざわざこないにお届けあらしゃりましたことは、『まだお心の中
に何ぞお有りであらしゃいましょうや。』と、すもじしてしまいまする。
立派な石帯も、こないなおとしめしが身に着けては、夜中に着飾るよに目立ちま
せぬ。
衛門督さんのお心を有難とう頂き、暫しの間、お借りしたあと、お返しに参じ
まする。」
こうして、和解の後は、衛門督は中納言にあれこれと心配りをして、婿として仕えました。
中納言は衛門督の邸を頻繁に訪れ、越前守や大夫(三郎君)などは、今一番の時の権力者に、家族がした恥を忘れて仕えました。
女君はこうして実家の家族が来てくれることを嬉しく思い、⦅私もおおはれを致しとうござります。⦆と、特に大夫を自分の子どものように可愛がりました。
「北の方や姉妹の方に御目文字することは叶わぬであらしゃいましょうや。
こちにも御出で遊ばしましたら……。
私は幼い頃にお母さんがおかくれ遊ばしまして、同し邸で日々が、いつの間にか
北の方を誠のお継母さんのように思うよになりましてござりまする。
親孝行をと願うております。けれども、いざこざで……北の方は私を疎まれて居
わしゃることでございましょう。
姉妹の方々にも、私は実の姉妹と思うておりますと……誰ぞお伝えしてあらしゃ
いましたら……。」
と女君が言うのを聞いた越前守は帰宅後、北の方に話しました。
「女君が、こないに仰せであらしゃいました。
私らを大層、大事にして頂かされております。」
「うちの邸をともじしたのやから、そないなことを仰せしゃるのや。
後ろめたいから、私のことを恐ろしいとお思いなんや。
そやけど、いけずしたことを恨んではるんやったら、私の子らをおもなしと思う
はずや。
ほなら……今までの仕打ちは衛門督さんが仕組んだことで、落窪は私のことなん
ぞ恨んではらへんかったんや。
ほんまに、あの落窪に縫い物をさせてた夜に、一緒に縫い物を手伝うてはったの
は衛門督さんやったんや。」
と、恨みの念も弱まり、だんだん手紙のやりとりをするようになっていきました。
⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂
二人だけで過ごす時が増えました。
娘が居ない邸で夫婦だけの時間が増えたからです。
「孝子。」
「はい。」
「其方とありき……出来たら、な。」
「私も同し想いでござります。」
「ありき、しよな。」
「はい。」
二人でゆっくり散歩する日を楽しみにしている公廉と孝子です。
ふたふた…急いで、落ち着かない様子。
おはやばや…早くに。
すもじ…推量。
おとしめし…老人。
おおはれ…大変喜ばれ役に立つこと。
おかくれ…死ぬ。
おもなし…面白くない。
ともじ…取ること、盗ること。
いけず…意地悪。
ありき…散歩。




