源中納言家の人々
娘は幸いなことに産後の肥立ちが良く、姫君を連れて間もなく、北の方として婿の邸に迎えられます。
その日を孝子は楽しみにしながらも、寂しくも思いました。
⦅ようやっと、娘と暮らせたというに……。
また、離れるやなんて……。
けど、北の方として迎えられるのは、娘には幸せなこと。
このまま末永う幸多かれと……祈り続けましょう。⦆
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中納言は家に帰ると、衛門督が話したことなどを、全て北の方に語りました。
「あの子と典薬の助と露顕の儀をさせようとしたのは誠のことなんか?
衛門督さんが堂々と仰せましゃるもんやから、私は、はもじやった。
そうや、おちごさんのおいとぼいことと言うたら……。
……それだけやない。こちから引き抜かれた女房らも幸せそうやった。」
「ああ、嫌なことを仰せましゃいますこと!
大殿さんも、あの子のことなんか、何とも思うてあらしゃいません。
『部屋に閉じ込めろ。』と大殿さんが仰せ遊ばされたことお忘れであらしゃいま
すか。
『私は知りまへん、お好きさんにおしやす。』と突き放されましゃいました。
そやから、典薬の助のよな者にさえ、縋るよに、あの子と妹背の契りを結ばせる
とお決めであらしゃいました。
今になって、あの子が衛門督さんに大事に扱われてるとお聞きましゃいまして、
大殿さんがなさったことを私になすりつけしゃいます。
けど……大殿さん、今のあの衛門督さんのおにぎにぎは、長続きせえへんはずで
ござります!」
越前守はすっかり酔っ払って、脇息に寄りかかって寝転び、三条邸の様子がどんなに立派だったかを兄弟姉妹に語りました。
「四十人もの女房らの中に放り込まれたんや。
さんざん呑まされたんや。
三の君に仕えてた……なんちゅう名ぁやったんかいな?
ほんで、四の君に仕えてた何とかさん、あの人とか……。
『まろや』ちゅう下仕えの者まで、衛門督さんに引き抜かれてお仕えしておった
わ。
花を飾ったようにきゃもじに装って、それはそれは麗しゅうて……。」
大君、中の君、三の君は越前守の話を聞いて思ったことを口にしました。
「世の中は、こないにも悲哀やったんでござりますね。」
「あの子が、落窪に住んで部屋に閉じ籠ってた時には、誰があの子が私らより身分
が高うなり、こちの女房らを引き抜いて召し抱えるよになるやなんて思うてもな
いこと。」
「お父さんとお母さんの私らにお掛けしゃいました望みは外れてしもうて……はも
じでござります。」
「なんで、このままのうのうと憂き世にいられましょうや。
出家して尼になれたら……ええのに……。」
と語らって、泣き出してしまいました。
「ほんまに、はもじやこと。
こないな憂き目にあう定めも知らんと、お父さんもお母さんも、私らと落窪の君
を分け隔てて育ててきたことを、世間の人はどない思わしゃりますやろ……。」
そのようにで語り合い、泣きあい、そして、歌を詠みました。
「人の上と むかしは見しを 在り経れば 今はわが身ぞ うき世なりける」
⦅この浮き世に起きる悲しいことは、他人の身の上に起きるものだと思っていたのに、時が経った今になってみれば、今は私の身の上に悲しい事が起きています。⦆
「うきことの 淵瀬にかはる 世の中は あすかの川の 心地こそすれ」
⦅悲しい事が淵になり瀬になり変わりやすいこの世の中は、まるで流れが変わりやすい飛鳥川のようです。⦆
そのように嘆きつつ、夜を明かしました。
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孝子の部屋で公廉と娘が座っています。
別れの火が近づくにつれて、生まれた姫君と公廉と娘と過ごす時間が多くなりました。
今日は、孝子が言う言葉を、物語を、娘が書き記しています。
時折、姫君の泣く声が部屋に響きます。
それもまた楽しからずや……と誰もが思っています。
はもじ…恥ずかしい。
おちごさん…諸家、諸上家の子息。
おいとぼい…可愛い。
きゃもじな…華奢な、綺麗な、清潔な。
おにぎにぎ…賑やかに。




