父と娘の再会―その弐―
公廉の娘の出産の後、体調を崩して寝ていた孝子が起き上がるようになりました。
⦅あのお姫さんのご誕生が良かったのやろな。起き上がって書き物が出来るようになった。ほんまにお驚きさんや。⦆と公廉は思いました。
孝子は体調が良い日は自ら筆を手にして、落窪の君の物語を書いています。
優れない時でも公廉に口述して書いて貰っています。
公廉は再び孝子と散策できる日を楽しみにしています。
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源中納言は言いました。
「他の子らより、ぞんざいに思うてたわけやござりませぬ。
ただ、妻が『まずはこの子に』と言う子に……、妻の言われるままでござりまし
た。
あの子にはあはれなことをしました。
衛門督さんが仰せ遊ばすことに、全く返す言葉もござりません。
典薬の助のことにつきましては、ゆゆしきことでござります。
あないな者に、一体誰が露顕の儀を許すものでござりましょうや。
部屋に閉じ込めましたのも、『あの子が私の言いつけに背いた。』と聞き、立腹
りましてござります。
ああ、何よりもまず孫に……孫にお目見え致しとうござります。
どこに孫はおりましょうや。」
衛門督は、女君の前に立てた几帳を押しやりました。
「こちにおります。さあ、お父さんにお目見えや。」
と言うと、女君は恥ずかしそうに、躄出て来ました。
父・源中納言が見ると、女君はとても綺麗で気品があり、立派に成長していました。
白い綾の単襲、二藍の織物の袿を着て、座っています。
見れば見るほど、この娘よりも良いと思って世話していた娘達よりも美しいのです。
こんなに立派な娘を落窪に閉じ込めて放っておいたのかと思うと、⦅娘はどない思うてたのやろうか。⦆と恥ずかしく思いました。
「お父さん……。」
「落窪………お息文字やったか?
……私を非常な男やと思うて、今まで消息をお伝えましゃいまなんだのかと……
なれど、お目見え致し、心がすきと致しましてござります。
ほんまに嬉しゅうございます。」
「私、そないなこと……お父さんに思うたことはござりませぬ。
こちの殿さんは、北の方さんが私を責める折に居合わせられて、私の境遇をお聞
きしゃられて、『其方のお父さんは、其方を厄介者やと思うていらせられましゃ
います。暫しの間、何もお伝えせずに。』と仰せ遊ばされましたので、お目見え
を遠慮しておりました。
私の心に沿わない騒動が起きたことも、お父さんがご覧になって『どないに思う
ていらせられることであらしゃいましょうや。』と胸を痛めておりました。」
「その時分は、『えらい はもじ を……何故に。何の恨みでこないなことをなさる
のやろう。』と思いましたが、今日衛門督さんの話を伺うて、『其方を疎かに扱
ったことを恨んで、その仕返しをしてはったのや。』と知れば、衛門督さんの其
方への想いの強さを知り、かえって嬉しい思いでござります。」
「恐れ多いことであらしゃいます。」
そうして二人が話しているうちに、衛門督はとても美しい男の子を抱いてやって来ました。
「この子でござります。
機嫌の良い子でござります。
天下に名だたる鬼の北の方でさえ、この子のことは憎めんことであらしゃいまし
ょう。」
と、飛んでもないことを言うので、そばで聞いている女君は心苦しい思いをしていました。
中納言は孫を見て、老いた心にも、とても愛しくて、可愛くて、仕方がない。
頬がゆるんで笑顔になって、「こちへ、おいない。こちへ。」と呼ぶ。
男の子は人見知りもしないで、知らないお爺さんだというのに怖がりもせず、首に手をかけて抱かれています。
源中納言は⦅ほんまに、天下に名だたる鬼のような心持ちの人も、この子を憎むことは出来まいて。⦆と思い、「大きいおちごさんであらしゃいます。御年お幾つであらしゃいますか。」と問うと、子どもの代わりに父親の衛門督が「三つになりました。」と答えました。
「この子の他にもお子さんはいらせられますか?」
「この子の弟は、我が父の邸におります。
他に女児もおりますが、今日は物忌み故に、御目文字叶いませぬ。
また、何時の日にか御目文字叶いましょう。」
と言って、お食事を差し上げて饗応しました。
衛門督は、中納言だけでなく、牛飼いのような下っ端のお供の者にも、格式ばっていない食事を振舞って、丁寧に持て成しました。
衛門督は、「衛門、少納言、越前守さんをお呼び致し、持て成しなされ。」と命じました。
衛門は台盤所の方に越前守を呼び寄せました。
越前守は大夫から北の方の虐待を聞いていましたので、衛門や少納言の前に姿を現すのは恥ずかしかったのですが、「私がやったわけではない」と思い切って入りました。
そこは部屋三つ分の広さがあり、畳が綺麗に敷き詰められ、綺麗に清掃され、誰も彼もが見劣りしない女房達が二十人ばかり居並んでいます。
先ほどは衛門督のところに居ましたが、「退れ。」と言われたときに女房達と一緒に退がっていたのです。
越前守は色好みなので、美人が居並ぶ様を⦅これはきゃもじや。⦆と思い、目を配って女房達を見渡しました。
その美しい顔揃えに、越前守は声も出ず、また、知っている顔も五、六、ありました。
越前守は⦅この女房らも、我が邸から引き抜かれたんやなぁ……。⦆と思いました。
衛門は、「大殿さんが『越前守さんが楽しゅう酔われましゃいますまでくこんを。』と仰せであらしゃいます。青い顔でこの御邸をお出にならしゃいましたら、こちの御持て成しが充分やないと世間が申しましょう。さ、其方ら、盃を持て。越前守にくこんをお注ぎなされや。」と言いますと……。
女房達は代わる代わる越前守の盃に酒を注ぎ、越前守はすっかり酔っ払ってしまいました。
「衛門の君よ、助けてくれまいか。そないに、いけずなこと、せんといておくれやす。」と言って逃げようとしましたが、若く美しい女房達に取り囲まれ、うまく言いくるめられてしまい、逃げられません。
越前守はすっかり酔って苦しくなり、突っ伏してしまいました。
中納言も、衛門督も、盃が重なりに重なって、酔いが回って、よろず語りをしています。
「こないして積年の思いを晴らした今は、私も出来る限りのことはして上げたい
と思うております。
何かご希望がおありであらしゃれば、何なりと御申しつけ下さりますと嬉しゅう
存じます。」
衛門督がそう申し出て、中納言は何よりも嬉しいと思いました。
日が暮れて、中納言と越前守は家路につき、衛門督は心づくしの贈り物をしました。
中納言には衣箱を一対、一方には直衣ばかりを、もう一方には束帯をひと揃い入れ、さらに由緒も名もある素晴らしい石帯も添えてありました。
越前守には女性の装束である袿をひと揃い、綾の単襲を添えて贈りました。
中納言は酔って三条邸を去る際に、「今までこの世に留まり老いた事が心苦しゅう思うておりました。なれど、衛門督さんとのご縁は、およしよしで源中納言家の者皆がお驚きさんでござります。」と言いました。
お供も多くは来ていなかったので、五位のお供には装束を一襲、六位のお供には袴をひと揃い与え、雑色達には腰差をさせた。
お供の者達は、「この邸とは仲が悪いはずやのに、なんでこないな立派な物をおくだしあらしゃったんやろか?」と首を傾げたのです。
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「うぅ~~~ん。なんでや?」
「はい?」
「なんで、あないなことしておいて、こないなこと出来るんや?」
「衛門督さん……であらしゃいますか?」
「そや!」
「それは、もう……女君さんが源中納言さんをおいとしい……。
そないお思い遊ばされておいやす故に。」
「妻の心か……。」
「はい。」
「うむ、そやな。妻は大事や。……そやな。
そや、大君のお姫さんやけどな。
おいとぼい…と婿さんが仰せあらしゃいますのや。」
「おいとぼい……そのままであらしゃいます。」
「そや、幾度も……。婿さんは……。」
「吾が君さんも仰せであらしゃいます。」
「さよであるか?」
「はい、さよであらしゃいます。
娘の時も、同しであらしゃいました。」
「そやったか……同し…な。」
「はい。」
「どないや? しんどないか?」
「大事ござりませぬ。」
「それは重畳!」
二人が微笑みあったのは久方振りでした。
あはれ…可哀想。
躄…ひざや尻を地につけたままで進むこと。膝行。
お息文字…御息災、御元気。
すきと…すっきりと。
はもじ…恥ずかしいこと。
おいない…来なさい。(京都弁ですが、御所言葉ではありません。)
おちごさん…諸家、諸上家の子息。
きゃもじな…華奢な、綺麗な、清潔な。
くこん…酒。
台盤所…女房の詰め所。
青い顔…しらふ。
衣箱…二つで一対の服を入れる箱。美しい装飾が施される。
束帯…晴れの装束、公家の正装である。
石帯…革の地に、玉石をあしらった立派な帯。
およしよし…良いこと。
腰差…巻き物のように巻いた絹を、そのまま腰に差して持ち帰ること。
おくだし…賜ること。
おいとぼい…可愛い。
同し…同じ。
大君…長女。




