父と娘の再会―その壱―
公廉は娘が無事に女児を出産したことを聞き安堵と嬉しさでいっぱいになりました。
婿も大変喜んでくれました。
「妻に似て欲しいと思うておりまする。」
「さよであらしゃいますか……。」
「私に似れば……この顔では……。
妻に似れば、おいとぼいお姫さんになることでござりましょう。」
「まぁ……さよでござりますか……。」
婿は孝子の身体を気遣いながらも喜びを隠せません。
婿は生まれた我が子を孝子が床に臥している部屋に連れて行きました。
誰もが反対しましたが、娘は妨げません。
「お母さんに……この子を……。」と涙を流して頼みました。
「頼まれるまでも無いことや。元より御目文字叶えなあかん。」と初めから連れて行く気だったと言いました。
孝子の部屋に婿自ら抱いて連れて行ったのです。
あり得ないことでした。
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早朝、「衛門督さんからの御文であらしゃいます。」と文が届きました。
源中納言が文を読みました。
「昨日、越前守さんにお伝えた言葉をお聞きましゃいましたか。
今日、三条邸に御出で遊ばしますよう、申し上げたき儀がござります。」
中納言は、「昨日、越前守から話を聞き、すなわち御目文字致したく存じましたが、日が暮れましたので思いとどまりました。今から御けさん致しまする。」と返事を書きました。
この返事の文を貰いました衛門督は、その心づもりで女房達に持て成しの準備をさせました。
文には越前守も一緒に来ると書いてありました。
文の通りに、牛車の後ろに乗って、越前守は中納言と一緒にやって来ました。
中納言到着の報告が来ましたので、衛門督は中納言と越前守を家の者に案内させました。
越前守を伴った中納言は、邸の南の建物の、母屋の廂で衛門督と対面しました。
女君は几帳の中で座っています。
「皆、北の方へ退りおれ。」と衛門督が人払いをしますと、皆が退がりました。
部屋には中納言、越前守、そして几帳の中の女君だけになりました。
衛門督と中納言は、互いに向かい合うと、口を開きました。
「この邸のことでは、お聞かせしたい事が仰山ござりまする。
この機会に全てお話申し上げます。
源中納言さんがこの三条に邸をお建てしゃいましたこと、
一見は道理に適ったことのようであらしゃいます。
なれど、地券を見れば『そなたさんよりも、こちの土地』でござります。
『何故に、こちに断りも無く邸を建てましゃいましたのか?』と思い、こない
に、おはやばやに御わたまし致しました。
御わたましした所、妻が『源中納言さんは、何年もお掛けにならしゃい御建てで
あらしゃいました御邸の御わたましを心待ちにしてあらしゃいましょう。そやの
に、こないなことをして、こちが御わたまししましたこと、源中納言さんはどな
いに御気落ちなさったことであらしゃいましょう。この邸は源中納言さんに。』
と嘆きましてござります。
邸を源中納言さんに……と申しておいるのやよって、そやったら、邸だけやのう
て土地をも源中納言さんに……と……。そやったら、地券も……と。
そないなことで、地券をお渡しすべくお越し頂いた次第でござります。」
「ああ、ほんまに仰せの通りであらしゃいます。
数年前、けもじなことに娘が姿を晦ましましてござります。
娘の消息は分からぬまま、居場所も分からぬまま、『もうこの世にはおらんのや
ろう。この忠頼、年若ければ娘に巡り逢えることが叶うやろう、と思うたでござ
りましょうが……。もう老い衰え、今日明日とも分からぬ命になってしもうたの
でござります。娘がそないな老い先短い私をうち捨てるなどあろうはずがござり
ませぬ。けど、娘はどこにおるか分かりまへん。影も形も見せてくれまへん。そ
やから、おかくれしてしもうたのや。』と、悲しく嘆いておりました。
この邸は、あの子が居てくれたら、あの子の邸でござります。
おらんようになりました故に、已む無く『私の邸にすべきや。』と思い、邸が荒
れ果ててしまう前に修繕した次第でござります。
衛門督さんの所に娘がおるやなんて、知る術もあらしまへん。
衛門督さんと娘の御縁は、ほんまにお目出度いこと思うております。
今までこのことをお伝え遊ばされませぬのも、きっと娘がこの忠頼を恨んでいる
からなのござりましょう。
それとも、私の子であることが はもじ や。知られとうないと、画していたので
ござりましょうか。
この二つが、はもじでござります。
地券は進ぜられましても、どないして受け取れましょうや。
こちから更に他の土地を差し上げたく存じます。
今までこのおとしめしが、おかくれやないのを、けもじに思うておりました。
娘に再び生きて会うために、神や仏が生かして下さりましゃいました。」
「我が妻は、源中納言さんの御邸を出て、私の邸に身を寄せしゃり、すなわち『私
のお父さんは、今宵とも、明日の朝とも分からぬ命であらしゃいます。』と嘆い
ておりました。
なれど、この道頼が思うところありまして、待つようにと止めておりました。
私は妻がそなたさんの御邸の西の落ち窪んだ部屋に住まいしておりました頃よ
り、時々忍んで通っておりました。
その際に、源中納言さんご家族の妻に接する様子も拝しましたが、異母姉妹と比
べて、これ以上ないほど貶めておられました。
……北の方の心栄えは大層浅ましく、仕える者たちよりも酷いいけずをなさりま
しゃいました。
そやから、妻が生きていることをお伝えしても、源中納言さんの御邸の方々はお
喜びではあらしゃいませぬ、と……そない思いましてござります。
少しばかり人並みの地位に就いたら、お伝えしようと思うておりました。
妻を納屋に閉じ込め、典薬の助に露顕の儀をお許しあらしゃいましたことは、
非常に情けないことでございます。
『そないなことをなさる人々が、落窪の君がおかくれになったことを知ったとこ
ろで、何とも思いはらへんやろう。』と思い、妻ではなくこの道頼が『しんど
い、悲しい。』と思ったことを忘れずにおりました。
源中納言さんを酷いとは思いまへん。
けど、北の方の仕打ちは、あまりにも酷いと思っておりました。
そやから、祭りで見かけた折に『あれは中納言家の車やないか。』と私が言うた
のを供の男らが聞いて、まるで私の心が分かるかのように失礼を働いたのでござ
ります。
源中納言さんは私の妻を、実の娘のことを、ご存知ではござりませぬ。
私は源中納言さんの仕打ちをひどいお父さんやと思います。
他のお子さんには、朝に夕に顔を見せ様子を見られて、けど、妻の部屋にはお見
えになりましゃいませなんだ。
そないなお父さんでも、妻は『何よりも、お父さんがお見えになりましゃいませ
ぬことが悲しゅうござりました。』と慕っていたのでござります。
私は妻の親への情の深さをしみじみと思い知りました。
妻が慕うのであれば、私も妻のお父さんとしてお仕え申し上げようと思うたので
ござります。
幼い子らもすくすくと成長しておりますし、『この姿をお見せせずにいられよう
か。』と思い、こないして御目文字叶うこととなりましてござりまする。」
衛門督は落窪の君が源中納言家に居た頃のことを、虐められたことを、全て話しました。
それを聞いて、中納言はとても恥ずかしく、さらに北の方の虐待の数々を聞き、『仕返ししたいと思うてたに違いないのや。』と、娘が限りなく不憫で、碌に返事も出来ません。
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孝子は身体を起こすことが出来ませんでしたが、女房の「御生まれ遊ばしました。」の声に、何とか目を覚まして「あぁ、御生まれ遊ばしましたのやなぁ……。」と呟きました。
そして、子を産んだ時のことを思い出していました。
「上の息子の時は……おするするとは、いかなんだ。
下の息子の時は、おするすると……娘の時は……。」
そう女房に話している時、部屋の戸が開きました。
婿が赤子を抱いて入って来たのです。
孝子は涙が止めど無く流れました。
熱が下がったとはいえ、病の床に臥している義理の母に婿は初めての子を連れて来てくれたのです。
「……ありがとう。……ありがとう。」
座っている孝子の身体を公廉が支えました。
娘が産んだ孫娘との面会は、その場の者、皆が涙したのです。
おいとぼい…可愛い。
すなわち…直ぐに。
御けさん…御見参。御目に掛かること。
廂…正式な客を迎える部屋。客間。
おはやばや…早くに。
おとしめし…老人。
けもじ…奇妙。
忠頼…源中納言の本名です。
いけず…意地悪。
おかくれ…死ぬこと。




