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一条戻り橋  作者: yukko
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地券

孝子が少し起き上がることが出来た日に、公廉は孝子を庭に連れ出しました。

公廉が孝子を抱き上げて庭の草墪(そうとん)に孝子を座らせました。

孝子の背を支えながら、公廉は夫婦二人だけの桜の花を愛でる時を持ちました。



⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂



女君は御簾の奥から、夫・衛門督と異母兄・越前守、二人のやり取りを見て、衛門督の企てに気付いてしまいました。


「此度の御わたましましゃいます邸は、あの三条の邸やと分かりました。

 こないなことなさいましゃいましたら、私の差し金や、と言わしゃります。

 この数年お楽しみにお造り遊ばしまして、御わたましの段にて……

 こないなこと……どない思わましゃりますことでしょう。

 お(もう)さんがお嘆きになりましゃることを私が……(ばち)が当たります。

 どないな罰が当たるかと思うと、恐ろしいことでござります。

 殿さんにお仕えする者らが、お父さんにいけずなさることさえ悲しいのに、

 殿さんまで、こないな風に妨げなさいましゃいます。

 お父さんがお嘆きであらしゃいますことは、私にとっても心憂いことでござりま

 す。

 またあの衛門が大殿さんを唆したんでござりますか。」

「どないにお大事なお(もう)さんやっても、お(たあ)さんがお残しになりましゃいました三

 条の邸をともじされるのは見ていられませなんだ。

 其方のお父君をお嘆かせましゃいました罪は、後で償うたら、ええことでござり

 ます。

 其方が御わたまししたない!と言わしゃりましても、私が供の者を引き連れて御

 わたまししましょう。

 三条邸をお父君にまいらせらるると思わしゃるのなら、源中納言さんに落窪の君

 と呼ばれなされた其方がこちに居ることを報じなければなるまい。

 その後でなら、其方が願うようにしたら宜し。」


衛門督は、そう言って後は聞く耳を持たず、女君ももう一度申し上げることは出来ませんでした。

越前守は家に帰ると、衛門督との話し合いの内容を父親に話しました。


「今となっては、もうどないもならぬことであらしゃいます。

 三条の邸をともじされてしもうて、はもじを負うしかござりませぬ。

 御わたましをお止めましゃいますようお考え下さりますか。

 大事なことやと思うて真面目にお話しましても、衛門督さんは、おとぎして下さ

 りませぬ。

 ただお(いと)ぼいお稚児さんを膝にお乗せてあらしゃいまして、こちの言うことをお

 耳にも入れて頂くことさえ叶わなんだのでござります。

 挙句の果てに、『こちには地券があるのやから、お諦めになりましゃいますよ

 う。』と仰せであらしゃいました。

 右大臣さんは、『私は知らぬことや。衛門督が地券を持っているのなら、地券を

 持っている人が三条の邸の主ではないのか。』と仰せ遊ばしまして、もうお話は

 出来しまへん。

 なんで地券が無いなら無いで、探すこともせんと邸を建ててしまわれたのでござ

 りますか。

 衛門督さんは今宵には御わたましであらしゃいます。

 出だし車(いでだしぐるま)やら、お供のことやら、着々と整えてであらしゃいます。」


と言うので、中納言は気が動転して、酷い話だと思いました。


「落窪の母が、おかくれの後、あの子に与えておいた地券を、そのまま持たせてお

 いたままやった。

 私も貰うておくのを忘れてしもうてた。あの子は何処へ行ったのやろ。

 ああ、あの子が売った地券を衛門督さんがこしらえましゃり、この始末や。

 また世間の笑いものになるのやろなぁ……。

 内裏でどないしても、今は衛門督さんに追い風が吹きましゃります故に、誰が私

 をおとぎしましゃりましょうや。

 おたからの限りを尽くして邸を造ったのに、口惜しいことや。」

「時がお(もう)さんの味方をして下さりませぬ。

 運が悪い人とちゅうのは、こないに悲しいものでござりますな。」


と言って、空を仰いで、座って放心していました。



⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂



「吾が君さん、ありがとう……。」

「何を言わしゃるのや。妹背(いもせ)やないか。」

「吾が君さん、見とうみやす。

 桜の花が……美しゅう……。」

「うむ、そやな。」

「これが……さいご……。」

「うん? 今、なんて言わしゃった?」

「吾が君さん。」

「うむ。」

「幸せな時を過ごさせて頂きました。」

「何を言うのや。」

「吾が君さんと……妹背の契り……結べしゃりましたこと……

 幸せでござりました。」

「孝子……何を……。

 ……孝子!」

「………。」


公廉は急ぎ孝子を部屋に連れて行きました。

抱き上げて急ぎ部屋に……。

草墪(そうとん)…藁を使った椅子。

ともじ…盗むこと。取られること。

まいらせらるる…お上げになる。あげる。

はもじ…恥ずかしいこと。

御わたまし…転居。

おとぎ…相手すること。

(いと)ぼい…可愛い。

お稚児さん…子息。

おかくれ…死ぬこと。

こしらえる…買う。

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