初産
孝子の体調は良くなる日が少しあり、悪くなる日が同じほどありました。
公廉は日々不安が募ります。
娘は公廉に「この子の出産をおするすると終えさせて頂ければ、お母さんも、おするするとお過ごしであらしゃいます。」と言いました。
そして、それは二人の息子達も同じ想いでおりました。
特に地方へ赴任した次男は、「今直ぐにでも京に戻りたい。」と文に書き送っています。
その想いは夫である公廉も同じでした。
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落窪の君を今や誰も「落窪」と呼ぶ人は居ません。
今や「女君」と呼ばれて、三位の中将の父である左大将の邸でも二条邸でもこれ以上ないほど大事にされています。
これまで経験したことが無いような幸せな日々を暮らしている女君は、年老いた父・源中納言を想いました。
「殿さん、こないに幸せな日を……ありがとうございます。」
「何を……其方は我が妻なれば、当たり前のことや。」
「殿さん、源中納言さん……お父さんに……
私はするすると暮らしております、と……お伝えしゃいませ。」
「それは、ちょっと後にすると決めていますのや。」
「殿さん……お父さんは、もうおとしめしであらしゃいます。
恐ろしいことでござりまするが……
今宵、明日の暁……いつ絶えるか分からんお年であらしゃいます。
もうお年やのに、このままやったら悔いだけが残るやもしれん、と思うと
心細うて仕方ないのでござります。」
「それは、そやねんけど……な。
も、ちらと、このままで……な。
其方のことが あちらさんに知れると……北の方への憤懣遣るかたない思いが晴
れんのや。」
「もう、止めて頂き遊ばされませ。……私は、もう、何にも思うてまへん。」
「其方を大切に想うが故やと分かって欲しい……も、ちと……な。
それに、私の身分。」
「殿さんのご身分であらしゃいますか?」
「うむ、其方の御父君に御目文字叶う時には、人並みの身分になっておきたい。
身分が人並みになり、其方を我が北の方と、お披露目する時には、おひしひしに
おにぎにぎに宴を執り行うと決めております。」
「殿さん……。」
「案じんでも、必ずや、お披露目を行う故。」
「はい。」
女君は中将の気持ちを知っても尚、父に会いたい気持ちが、無事でいると伝えたい気持ちが消えることはありませんでした。
その気持ちを包み隠して過ごすうちに、日は過ぎていき、その年も暮れて新年を迎えました。
そして、一月十三日、女君はとても安らかに男の子を産みました。
中将の男子誕生の喜びは大きく、⦅二条邸には若い女房ばかりで心許ない。⦆と思いました。
そこで、中将は自分を育てた乳母を二条邸に呼びました。
「お母さんに仕えたように、我が妻にも仕えてやってくれるように、な。」
「はい。心を込めて女君さんのお役に立つよう……。」
「うむ、頼む。」
「はい。」
二条邸に迎え入れられた乳母は誠心誠意、女君に仕えました。
乳母は産湯につかる御湯殿始めなど、全ての儀式をそつ無く熟しました。
女君が打ち解けて寛いでいる様子を見て、乳母は⦅ああ、中将さんがあないに移り気あらしゃらぬはずや。⦆と納得しました。
御産養には、我も我もと詰めかけました。
御産養に使われた物は、すべて白銀ごしらえでした。
誰も彼もが管弦に酔いしれ、大騒ぎをしました。
この目出度い様子を見て、衛門は⦅このおにぎにぎの御産養を源中納言邸の北の方の御目に触れあらしゃることが出来たら、ええのに。⦆と残念に思いました。
新しく生まれた男子の乳母は、ちょうど同じ頃に子どもを生んでいたので少納言に任せることにしました。
少納言はこの男子を可愛がり、とても大事に育てたのです。
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長男が落窪の君の物語を読んで、孝子に聞きました。
「お母さん、これは妹のことを心に描いて、書かしゃいましたか?」
「そない思わしゃいますか?」
「はい。」
「お産は子も母も命を懸けます。
おするすると終えることが出来ても、後々まで、おするするという訳には参りま
へん。」
「はい。」
「どのお方のお産でも、どうか、おするするに!と願うてしまいます。」
「さよでございますね。」
「ちょっと、息が苦しゅうて……。」
「お母さん!」
孝子は床に就き休みました。
するする…無事。
おとしめし…老人。
ちらと…ちょっと。
御産養…誕生から3、5、7、9日目の夜に開かれる宴。親族や知人から祝いの品が贈られます。
平安時代には、出産に際して5人にひとりの母親が亡くなったと言われています。それほど危険度が高かったのです。当然、子どもも健康で生まれてくることは少なく、「母子共に健やか」な出産は、それだけで兎に角お目出度いものだったのです。
一般的な貴族の出産では、部屋全体を真っ白にしました。「白」には清浄、お清めの意味があったからです。お産そのものは、座ったままの座産が多かったようです。妊婦のお世話をする係の人が5〜6人はついていました。そのほかに、物の怪を退治するためのお経の声が響き渡り、悪いものを退治するために「散米」と呼ばれるお米が撒かれました。「弦打ち」と呼ばれる、弓の弦を引っ張って鳴らす魔除けの儀式も行われ、平安時代の出産は、かなり賑やかなものであったようです。(Precious.jpより一部抜粋)




