栄華
公廉は娘のお腹が大きくなって来たことを喜んでいます。
娘から産まれてくる子を心待ちにしています。
それは、今、発熱して床に就いている孝子も同じでした。
⦅孝子のおねっき薄くなるには、加持祈祷が足らんのか……。⦆
加持祈祷も薬も孝子は今より多くは望んでいません。
「吾が君さん、おたからは、娘のために……。」
「そないなこと……。」
「気になりまする。孝子は母でござります故。」
孝子の熱が下がることを誰もが願っています。
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朝廷では一年に春と秋の二回、六位以上の官人が栄爵をを賜るもので、中央官吏の任命が行なわれた任命し行きを司召と呼びました。
春の司召で、三位の中将は他の人達を抑えて中納言に任じられました。
蔵人の少将は中将になり、左大将は兼任で右大臣になりました。
右大臣は、「わこが生まれた時に、祖父も父親も昇進という喜びを得ることが出来た。このわこは幸せを呼ぶわこや。」と大喜びです。
新しい中納言は権勢は増して、天皇からの寵愛は増して、二条邸は華やいでいます。
しかも、中納言に昇進しただけでなく、衛門督まで兼任するが決まりました。
中の君の夫・新中将は宰相になったのです。
そして、女君の父である源中納言の邸では、蔵人の少将が新中将に昇進したのを知ると、三の君は元より北の方も「なんで名残惜しんで、時折でも会いに来てあらしゃらぬのか。」と恨めしく思いました。
衛門督の天皇からの寵愛はますます強くなり、時流は右大臣家になったように感じています。
次の年の秋、女君はまた美しい男子を産みました。
衛門督の母は、「二条の御産屋には、美しゅういもじさも子宝にお恵まれてあらしゃいます。今回の子は、こちで預からせしゃいませ。乳人と共にお迎え致しましょう。」と言いました。
この時を同じくして、惟成は左衛門尉と蔵人を兼ねて任じられ勤めています。
女君は「まるで絵に描いたような、夢の中のような、幸せな日々を送っています。」と父の中納言に出せない文の文面が簡単に脳裏に浮かびます。
女君の父の中納言は、老いて日々物思いに耽るばかりで、ほとんど内裏にも顔を出さなくなってしまいました。
邸で部屋に座っているだけの日々を過ごしています。
そのような日々を過ごしている中納言が思い出しました。
居なくなった落窪の君の母から相続した邸が三条にある、ということを……。
落窪の君が相続したままであった土地ですが、中納言は考えを変えました。
「もうあの子は現世におらん、そやから私が貰うてしもうても、ええな。」
「さよでござりまする。
もしも、あの子がおするするでも、あないな立派な邸を持つような姫やあらしま
へん。おたからを持っておらぬ子でござりまする。
大殿さんと私らの子らが住めば良うございましょう。
それに、良うないことが続きました。 家相が悪いのやもしれまへん。
新しい邸に居を構えられしゃるのは、運を変えることになりましょう。」
「そやな。」
「ところで、大殿さん、あの落窪の邸の地券はお持ちであらしゃいますか?」
「地券? 落窪が持っていたはずや。」
「大殿さんがお持ちやないと……。」
「そうや。」
「まぁ、手抜かりをあらしゃいますこと……。
あの部屋には何も残ってまへん。阿漕がともじて逃げたんや。
……けど、もうあの落窪は現世の人やあらへん。
大殿さん、すなわち、手入れ致しましょう。」
そう言って、荘園から上がる収入の二年分を尽くして、築地から初めて、邸を建て替えました。
全てを一新させるために古い物は一切使わず、これを源中納言家の一大事と言い付けて造らせました。
金銭を惜しまず使い、光り輝くような邸に仕上げました。
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熱が下がらない孝子の傍に公廉はいます。
「孝子、おねっき薄くなったか?」
「吾が君さん、も、ちょっと……でござります。」
「其方と歩きたいもんや。桜……それから、紅葉。」
「はい。」
「共に……な。」
「はい。
………吾が君さん。」
「なんや?……苦しゅうなったんか?」
「いいえ、お願いがござります。」
「願い? 私に叶えられることかいな?」
「叶えられしゃいます。」
「そうか……なんや?」
「落窪の君の物語、でございまする。」
「もう、書かんでええのや。書かんでええ。」
「物語が泉の如く沸き上がって参ります。」
「孝子………。」
「吾が君さん、私が言う話を文字に……書いて頂きとうござります。」
「そないなことして悪うなったら、どないするのや!」
「吾が君さん、私の代わりに……。」
「孝子……。」
公廉は苦悩しました。
おねっき…熱。「おねっき薄く」は、熱が下がる。
衛門督…宮中を警備する衛門府の長。
いもじさ…忙しさ。
左衛門尉…宮中警備。
おたから…お金。
ともじ…盗むこと。
すなわち…直ぐに。
築地…屋根がついた立派な塀。
荘園…領地。




