サンクレア公国③
サンクレア公国の花街は幻想的な場所だった。川の水を建物に引き込み、それが滝のようにあちらこちらから流れ落ちている。さらには魔法で色とりどりの光が灯されており、それが水面に反射し、花街全体が美しく輝いている。
美しい。そんな感想しか出てこない。どこかの神殿に迷い込んでしまったかのような神秘的な場所。神々が住まう場所ではないだろうか。そう思える程に美しい。これがただの花街だとはとても思えない。
「凄いな・・・」
「でしょ!カラント自慢の観光スポットなんだよ!」
「え、花街が?」
「うんうん!男性だけじゃなく女性も結構いるでしょ?」
フェミーナに言われ辺りを見回すと、確かに女性の姿が目に映る。こうした娼婦じゃない普通の女性が花街を歩いているのは珍しい。というかノテーファル王国では見た事が無い。キョクトウ連邦やレガス帝国でも見かけなかった。大抵は娼婦が客引きの為に行き交っているくらいで、それ以外は野郎共しかいないのが花街というものなのに・・・
「本当だな・・・新鮮というかなんていうか・・・」
「カラントではそういう取り組みがあってね。女性が歩いていても、迷い込んでも大丈夫。そういう場所にしたかったんだって。」
なるほど。花街のイメージアップ運動とか言うやつか。確かにそれにはこういう風に観光スポットにしてしまうのが手っ取り早い。花街に来れば美しい街並みを見る事が出来る。いい戦略だ。これは素晴らしい。
「いいね、気に入ったよ。うん、この国にしようかな。」
「え、ほんと?じゃああなた・・・ハルだっけ?もここに住むの?」
「まあ、そうだね。なに?毎日もこもこさせてくれるの?」
「な、なんでよ!?させないよ!?」
残念。だがフィミーナとは今後も仲良くしておきたい。勿論もこもこする為ではない。彼女は船頭だ。特定の船頭と契約して、うちの娼館に客を連れて来るようにお願いできれば良い宣伝になるだろう。
「フェミーナちゃん、うちの娼館と契約しないか?」
「契約?」
「ああ、フェミーナちゃんは船に客を乗せてお金を稼いでるだろ?」
「うん、そうね。」
「客が花街に行きたいって言ったらうちを勧めて欲しい。もしフェミーナちゃんの紹介で客が来たら、その客の売り上げの一部を渡そう。」
地球でも風俗案内所のようなものがあった。そういう案内所の紹介で店に行けば、店から彼らに紹介料が入る。呼び込みやキャッチもそうだったはず。その仕組みを使わない手はない。娼館を新規で作るのだから、最初は何かしらの宣伝をする必要がある。胡蝶は高級娼館だ。金持ちを効率的に集客しなければならない。闇雲に宣伝するより、この街に詳しいフェミーナのような子に金持ちを連れてこさせる方が効率がいいだろう。
「ど、どれくらい!?」
「うん、売り上げの1%。」
「うーん、1かぁ・・・いい話だと思うけど、どうしようかなぁ・・・」
「フェミーナちゃん、うちの娼婦の値段知ってる?」
アマネの1%なら10金。ユリやセーラは100金だから1%でも1金。この世界の庶民の稼ぎは平均で月1金。つまり1%でもかなりの大金になる。
「ううん、そこまでは知らないけど・・・」
「そこのセーラは一夜100金だよ。」
「えっ!?」
「つまりその1%は1金。フェミーナの稼ぎはどれくらいなんだ?」
「わ、私はその・・・1日よくて50銀・・・下手すると10銀にもならない。」
それは酷い。下手すると1ヶ月1金も稼げない。どうりでフェミーナはあんな路地裏に住んでるはずだ。いきつけだと言っていたあの食堂だって本当は滅多に行ってないのだろう。
「あの食堂、どれくらい行ってるんだ?」
「うっ・・・月に1回・・・自分へのご褒美に・・・」
「そっか、じゃあ今日はごめんな。」
「大丈夫!今日はハル達に貸し切って貰えたから結構稼げたもん!」
ちなみに1日船を貸し切ると大体50銀程度だそうだ。まあセーラは100銀で交渉したらしいが。ただ獣人ばかりに声をかけてたから、100銀でも怪しまれて中々雇われてくれる船頭がいなかったらしい。
「えへへ、セーラに雇われて正解だった!」
「それならよかった。で、契約の件はどうだ?いっぱい客を連れてきてくれたら1%から2%、最大で5%まで取り分を増やすぞ?」
「ほ、ほんと!?」
「もちろん。細かい契約は今度になるけど。でもフェミーナちゃんがよければうちの娼館と契約して欲しい。」
「す、する!普通娼婦でもそんなに稼げないのに!!絶対する!!!」
「まあまだカラントに娼館を作るって決めたわけじゃないんだけど・・・」
「作ろ!作って!作ってください!私に手伝える事ならなんでもするから!」
フェミーナのもこもこ尻尾や耳がぴくぴく動いている。滅茶苦茶興奮している。まあ1日1金以上稼げるかもしれないとなったらこれが当然の反応か。
「じゃあ俺達はちょっと花街を見て回るから、その間に良い感じの空き物件がないか調べて来てくれないか?」
「わかった!探してくるね!!!」
フェミーナはそれだけ言い残し、どこかへ走って行った。
「ちょ、ちょっと待て!・・・ってもういない・・・」
気が早い。もう少し物件の条件を伝えたかったのに。まあいいか、見繕ってきてくれた物件から選ぶとしよう。
「ハルよ、面白い・・・というか中々によい交渉じゃった。」
「ん?」
「フェミーナとの契約じゃ。あのような方法思いつくとはさすがハルなのじゃ!」
アマネが大絶賛してくれた。とは言え俺が考えたわけではないのだが。日本の風俗街で使われている仕組みを丸パクリしただけだしな。
「そうね!さすがハルさんよ!」
「そんなに褒められると照れるからやめてくれ。」
「あら、照れてるハルさんも可愛いわよ?」
「うむうむ、ハルは可愛いの!」
やめてくれ。アマネ達に可愛いとか言われても嬉しくない。
ごめん・・・嘘です。結構嬉しい。
「そ、それよりこの国にする方向で進めてるけど、いいか?」
「もちろん問題ないぞ。ハルに任せると言ったじゃろ。」
「でも一応みんなの意見を聞いた方が・・・」
「わらわ達の意見なんぞもう既に纏まっておるのじゃ。サクヤ達もサンクレアで問題ないと言っておる。どうせハルはサンクレアかキョクトウを選ぶと思っておったしの。」
え、なにそれ。既に密談が終わってるだと?噂の女子会とか言うやつか?まあアマネ達が気を利かせてくれたということだろう。うん、そう思う事にしよう。きっとその女子会の内容を聞いたら俺は死ぬ気がする。
「そ、そうか。ならこの街で進めようと思う。街の雰囲気も悪くない、花街もいい。冒険者連中の羽振りもよかったし、文句なしだ。後は良い物件があるかだな・・・」
「そうじゃの。それはフェミーナに期待するとしよう。」
「うん。あ、でも娼館の調査はしたいな。」
「だ、だめじゃぞ!?お主が行くのは駄目じゃ!」
「わかってるって。その辺はアマネ達が調べてくれ。」
正直1回くらいは行ってみたい。だがアマネ達が許可してくれるとも思えない。何故かはわからないが、絶対ダメらしい。それを無視して行ったら・・・恐ろしいので考えたくない。とりあえず調べて欲しい事を箇条書きにして渡しておこう。あとは彼女達が上手くやってくれるだろう。
「一応その辺の娼婦に値段だけ聞いておくか。」
「そうじゃの。魔法、使っておくか?」
カラントの花街は観光スポットと言う事もあり、アマネ達はいつものような認識阻害系の魔法は使っていない。変装魔法だけだ。
「うん、頼む。」
さすがにアマネ達を連れているのに娼婦に声をかけるのはおかしい。色んな意味で目立つ。娼婦に声をかける間だけでも姿を消しておいてもらった方がよさそうだ。
「もういいぞ。好きにするがよい。」
「え?もう?」
「うむ。魔法の発動なんぞお茶の子さいさいじゃ。」
「その言い回し・・・ババアだぞ?」
「う、うるさい!余計なお世話じゃ!はよせい!」
はいはい、すいませんでした。ロリ扱いしても怒るし、ババア扱いしても怒る。面倒なロリババアだ。まあそんな事より、さっさと適当な娼婦を捕まえよう。
「さて・・・」
俺は辺りを見回す。
・・・んー?
えっと、どれが娼婦だ?やばい、わからん。普通、花街を徘徊してる女性がいたら娼婦だと言える。ただここは観光スポットだ。娼婦じゃない女性も山ほどいる。そんな女性に「すいません、一晩おいくらですか?」とか言ったらどうなるか・・・絶対にぶっとばされるだろう。
「娼婦がどれかわからん。花街を観光スポットにするのはいいけど、こういう弊害があるのか。間違えて声をかけられる子とかいそうだな・・・」
「あ、そうね。それはあるかもね。」
「ルコ、どの子が娼婦かわかるか?」
女性目線ならわかるかもしれない。ここはコハルに頼るとしよう。
「そうねぇ・・・あ、あの子。あの栗色の髪をした子は多分娼婦よ。」
「ほんとだな?間違えてたら大変な事になるんだからな?」
「大丈夫よ。これでも胡蝶のナンバー2よ?」
「そうだな。じゃあルコを信じる。」
俺は栗色の髪の女性に近づき、丁寧に声をかける。
「お姉さん、すいません。」
「ん?あたし?」
「はい。お姉さん・・・おいくらですか?」
「ふふ、あらあら、私を買ってくださるの?」
この子はやはり娼婦のようだ。「いくら?」と聞かれても驚いたりはせず、余裕ある微笑みを浮かべている。さすがコハルだ。
しかし俺が女性に声をかけるとどうしてこうも年下扱いされるのか。日本人は見た目が幼いというが、そのせいだろうか。キョクトウ連邦で話したヨシノもそうだった。さらに言うならフェミーナも俺を年下扱いしてくる。そしてアマネ達は言わずもがな。まあアマネやサクヤ達は間違いなく俺より年上なのだけど。
とりあえずこの街の娼婦の値段は大体わかった。安いところで10~50銀、高いところで3~5金。平均的な値段だ、これなら問題はないだろう。胡蝶の値段で娼館を運用すればちゃんと差別化を図れる。ちなみに声をかけたお姉さんは一晩1金だった。
「お姉さん、ありがとう。これチップね。」
一応情報料として、1金渡しておく。
「あら・・・こんなに?ありがと。ふふ、いい子ね?お姉さん、気に入ったわ。今度はちゃんと私を買うのよ。あなたならいっぱいサービスしてあげちゃう。」
「あ、ありがとうございます。」
だから何故だ。何故俺は年下扱いされるんだ。そして何故こうも娼婦に気に入られるんだ。何もしてないのに「サービスしてあげる」とか言われるんだが。非常に反応に困るからやめて欲しい。それにアマネ達が・・・
「ふーん、よかったわね?」
「・・・うらやましいの。」
と言う感じで漏れなく不機嫌になる。
「ユリなんとかして。」
「無理です。諦めましょう。ハルさんの宿命です。」
「嫌だよ!そんな宿命、嫌なんだけど!?」
「え、いいじゃないですか。ねえ、セーラさん?」
「です。ハルさんは私達に可愛い弟扱いされるのに何か不満でも?」
「それには不満ないけど!」
「ならいいじゃないですか?」
そうか、じゃあいいか。
「って違う!よくない!あの2人が不機嫌なのを何とかしろってことだ!」
危ない、納得しかけた。
「あ、そっちですか。それも諦めましょう。無理です。」
「ええ、無理ですね。それも宿命です。」
「・・・無理なの?絶対?」
「はい!絶対無理です!」
そんな満面の笑顔で断言しないで。
だがやっぱり無理なのか・・・
俺は年上のお姉さん達に気に入られ、その度アマネ達に苛められる宿命なのか。
っていやいや、色々とおかしいだろ!
「ハルさん、ハルさん、あれこれ考えるだけ無駄です。あの姐さん達に理屈は通用しません。わかりますよね?」
「あ、はい・・・そうですね・・・」
「でしょう?ほら、それよりフェミーナさんが戻ってきましたよ。」
まあ俺の事はとりあえずおいておこう。どうでもいい事だしな。それより胡蝶が優先だ。いい物件、あったのだろうか。
「ハル、お待たせー。」
「おかえり。どうだった?」
「うん、いくつかあるみたい。今日は見れないけどね。」
まあそれは仕方ない。フェミーナが物件の管理をしてるわけじゃないだろうしな。
「内覧できるように手配する?」
「そうだな、お願いできるか?」
「りょーかい!えっと・・・ハルはずっとカラントにいるの?」
そうか、転移で移動してるのは知らないのか。流石にそれを言うのは不味いかもしれない。適当に誤魔化そう。
「数日中には戻ってくるよ。そうだな・・・3日後でいい?待ち合わせ場所は今朝の波止場。時間も同じくらいで。」
「おっけ!いいよー!」
「アーネ達もいいか?」
「うむ、問題ない。」
「よし、じゃあカラントに娼館を作る方向で進める。フェミーナちゃん、世話になると思うけどよろしくね。」
胡蝶が軌道に乗るまでは結構ばたばたするだろう。だから現地の伝手があるのは非常に助かる。フェミーナには色々と協力して貰わないとな。
「フェミーナでいいよ?ハル、私より年下だろうし。」
「え・・・100歳とか?」
「あはは、さすがに100はいってないよ!セーラと同じくらいじゃないかな?」
ほう、アマネやコハルのようなババアではないということか・・・って、ごめん、余計な事考えて悪かった。睨まないでくれ、怖いから。
「そ、そっか。じゃあフェミーナ、よろしくな。」
「ううん、お礼を言うのは私の方だよ!」
「礼はいらんから毎日もこもこさせてくれ。」
「な、なんでよ!?・・・ってまあいいけどね。頑張って集客するからちゃんと娼館をカラントに作ってよ?そしたら好きなだけもこもこさせてあげる。」
「い、いいのか!?」
「うんうん、それくらい全然いいよー。ハルは見返りに体を求めたりしてこないし、酷い事絶対しないもん。お礼とかいって尻尾触ったりするくらいでしょ?羊人族なのにそういう扱いしてくれるだけで嬉しいし。」
どうやらフェミーナも過去に色々あったようだ。一瞬表情が曇った。やはり人族じゃないと、生きるのに色々と支障がある世界なんだな。まあ今そんな事を言っても仕方ない。娼館を作ることで、少しでも彼女の生活がよくなるよう、頑張るとしよう。
「よし、じゃあフェミーナ。3日後に。」
「うん、またね!」




