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胡蝶の夢、夜に舞う  作者: 天霧 翔
第二章 新天地編
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サンクレア公国②

 セーラが手配してくれた船は転移場所から歩いて5分くらいの波止場に停まっていた。どうやらこのカラントは街のいたるところに船着場が設けられているようだ。船が日常的な移動手段である水の都だからこそなのかもしれない。


 他にも普通の街では見かけないような船に関する設備がいたるところにある。何に使うのかまではわからないが、きっと水と共に生きる為、必要なものなのだろう。


「あら、セーラさんの連れってあなた達なの?」


 可愛らしい小舟に乗っている船頭の女性が声をかけてきた。これがセーラが雇った船と船頭だろうか・・・しかしまさか女性とは。船も可愛ければ船頭も可愛い。


 しかも獣人。


 さすがセーラ、本当に俺の事をよくわかっている。


「はい、俺達がセーラの連れです。」

「そ、そうなのね?で、あなたはどこを見て話してるのかな・・・?」


 どこって当然もこもこの尻尾に決まってるだろう。


 この子は多分羊の獣人だ。胡蝶にはいないタイプの種族だったので、つい凝視してしまった。そう、だからもこもこ尻尾を凝視してしまうのは仕方ない事なのだ。


「気にしないで。この人、獣人好きの変態なだけだから。」

「え・・・むしろそんな事言われたら余計気になるんだけど。」


 おいこらセーラ、変態とか言うな。変な誤解を与えてしまうだろうが。


「ハルさん、そんな目で見ないでください。事実でしょう?」

「うっ・・・獣人が好きなのは事実だが!でも断じて変態ではない!」

「あ、そこは冗談です。」

「おいいい!?初対面の人にそんな冗談いうなよ!?信じちゃうだろ!」


 この可愛い羊ちゃんに嫌われたらどうしてくれるんだ。


「え・・・だからセーラさんは獣人の船頭にしか声かけてなかったの?怪しいと思ってたのに・・・まさかそんな理由?」

「うん、そういうことだよ。獣人の方がハルさん喜ぶと思って。」

「誘拐でもされるのかと心配しちゃったよ。もー。」

「あはは、ごめんごめん!」


 セーラと羊ちゃんが楽しそうに会話している。


 しかしセーラは本当に使える子だ。わざわざ獣人の船頭を選んでくれたらしい。獣人の船頭を雇ったのは偶然ではなかったのだ。


「ところで羊のお嬢ちゃん!お名前は何なのかな!」

「ひっ!?あ・・・え、えっと私はフェミーナだよ・・・?」


 いや、そんな後退りしないで。怖がらなくていいから。俺は獣人が大好きな優しいお兄さんですからね。


「ぐふふ・・・フェミーナちゃん、お兄ちゃん専属の船頭になって毎日俺ともこもこしないかい?」

「ひぃいいいい!?」


 ――ザッパーン!!!


「この!変態!!一回頭を冷やして来なさい!!!」


 コハルに思いっきり蹴飛ばされ、川に落とされた。


 え、酷過ぎない?


「ぶはっ・・・!てめえ!コハ・・・ルコ!何すんだ!!!」


 危ない、コハルと呼ぶとこだった。アマネとコハルはいつも通り変装魔法を使ってるからアーネとルコだ。


 しかし俺は泳げるからよかったけど、もしカナヅチだったらどうするんだよ。殺人事件だぞ。コハルめ、何をやってるんだ。


「少しは考えて行動しろ!!!」

「そのセリフそっくりそのまま返すわよ!!!バカなの!?何が『一緒にもこもこしようぜ』よ!完全に変態じゃない!もう犯罪者よ!犯罪者!!!」

「いやいや!ただの挨拶だよ!?」

「そんな挨拶があるわけないでしょ!!!沈め!!!」

 

 ――ゲシゲシ

 

「こら!頭踏むな!し、沈むだろ・・・ぶはっ・・・」

「うるさいわね!ふんっ!」


 やめて。俺の頭を足蹴にしないで。口に水入るから。苦しいから。


「アーネ!助けろ!」

「たわけ!黙って沈むがよい!」


 アマネに助けを求めたら、アマネにも足蹴にされた。おい、お前もか。女性2人に足蹴にされてる光景は色々不味いからやめて欲しい。めっちゃ目立つだろうが。


「やめて・・・めっちゃ見られてるから!」

「自業自得じゃ!!!」

「ごめんて!謝るから!!!」


 もう下着までびしょびしょだ。まさか川に落とされるとはさすがに思わなかった。これからカラントの街巡りをするのに、どういうつもりだ。


「しょうがないの・・・ほれ。」

「そうね。そろそろ許してあげるわ。ほら、手を出しなさい。」


 アマネとコハルが手を差し伸べ、俺を川から引き上げてくれる。そのまま手を掴んで川に落としてやろうかとも思ったが、余計凄惨な目に遭うだけだと思い、やめておいた。


「うう・・・寒いんだけど、びしょ濡れだよ。」

「ハルさんが悪いのよ。」

「えー、ルコ、何とかならないの?」

「はぁ・・・仕方ないわね。魔法で乾かしてあげるわよ。」


 コハルは軽く手を振る。


 ふわっ・・・と風を感じた。


 おお、俺の服や髪があっという間に乾いた。凄いな、そんな魔法もあるのか。というかこの魔法あるからコハルは俺を遠慮なしに川に突き落としたのか?


「ごめんね、フェミーナちゃん。こいつらのせいで待たせたね。」

「は、はぁ・・・」

「お主のせいじゃ!!!」

「うるさくてごめんね?」

「もう一回落とされたいの!?」


 怖い。アマネとコハルがもの凄い形相で睨んでくる。


「それよりもこもこしていい?」

「だ、だめ!なんで!?」

「はいはい、ハルさん、きりがないので早く行きましょうね。フェミーナも気にしないでね。ハルさんはちょっと頭がアレだから。でも悪い人じゃないの。」

「う、うん。わかった・・・悪い人じゃないのはわかる。ちょ、ちょっと目が怖いけど・・・」


 完全に不審者扱いされているのは気のせいだろうか。おかしい。紳士的な態度で接してたのに、何故か変質者を見るような目で見られている気がする。


 まあいいか。


「とりあえず冒険者ギルド、その後市場までお願い出来るかな?」

「あ、うん。わかった。じゃあ船に乗ってね。」

「乗る乗る!ついでに尻尾触ってもいいかな!」

「ひっ!?なんでよ!ついでがおかしいよ!?」


 フェミーナが恐ろしい物を見たかのように震えながら後退りする。

 

 ――ドンッ!


「手をわきわきさせてんじゃないわよ!変態!さっさと船に乗りなさい!」

「お主はあとで再教育じゃ!!!」


 そしてアマネとコハルに波止場から船に蹴飛ばされた。酷い。


「平和ですね。」

「いつも通りですね。」


 ユリとセーラは相変わらずのマイペースだ。


 だから見てないで少しは助けろ。






 まあいつも通りの茶番を繰り広げたものの、俺達は予定通りフェミーナの船で冒険者ギルドと市場へ向かった。その道中、フェミーナが色々と街について説明してくれた。


 やはり基本的な移動手段は馬車ではなく船。この世界では乗合馬車のような公共交通機関が普通あるのだが、この国ではそれが船で代用されてるようだ。まあ道もある程度整備されてるので、地上での移動も可能なのだが、基本徒歩になる。道幅が狭いから馬車が走れないのだ。


「船の方が楽なの。水路はかなり細かく張り巡らされてるからね。道はそうでもない。だから結構遠回りにもなったりするのよ。だからみんな船を好むわ。」


 とのことらしい。さすが水の都。


 冒険者ギルドも中々に面白かった。何より川から直接ギルドに入れるようになっていたのには驚いた。波止場がギルドの裏手に設置されており、そこから中に入る事が出来る。勿論道側からも入れるのだが、そちらはあまり利用者はいないらしい。むしろこの波止場の方が正面入り口で、道側が裏口のような扱いになっているんだとか。


 ギルドの依頼掲示板に貼られていた依頼も、海辺に出現する魔物退治や船の材料を取りにいく為の護衛といった水の都ならではの依頼が並んでいた。ギルドはその国の特色が出ていて、いつ来ても面白いし、勉強になる。それにここに来れば国の景気もある程度わかる。冒険者の羽振りに比例して花街の活気もよくなるのだ。


 カラントの冒険者ギルドはそれはもう賑わっていた。今日は儲かったから飲みに行こうだの、女を買いに行こうだの、そういう会話があちらこちらから聞こえてきた。これならこの街の花街にも期待できそうだ。


 それに冒険者のマナーも割とよかった。アマネやコハルは変装してるから見向きもされないが、セーラやユリに変装していない。つまり美少女のままだ。それなのに誰も余計なちょっかいを出して来なかった。見惚れはしていたが、それだけだ。俺に対する妬みの視線は感じたが、キョクトウ連邦のような面倒な事にはならなかった。


「アーネ達が絡まれないのはいいね。」

「そ、そうね?うん、それは良い事ね。」

「うむうむ!」


 何気なしに呟いた感想だったが、何故かコハルやアマネが嬉しそうにしていた。もの凄いにこにこしてた。さっき俺を川に落したくせに、ムカつく程の笑顔だ。






 冒険者ギルドはそれくらいにして、俺達は市場へ向かった。こちらも色々と面白かった。市場は水路に沿って作られている。というより、船が店舗代わりになっており、船の上から買い物をするというスタイル。そして売られている食材はやはり川魚や海産物が中心だ。肉も好きだが、魚も大好物なので俺としては嬉しい。


 今までは食生活にあまり拘って来なかったけど、最近はサクヤ達が料理してくれる。あれが食べたい、これが食べたいと言うと、嫌な顔一つせずに作ってくれる。それに転移魔法でキョクトウ連邦から日本食も仕入れられる。そうなるともう拘るしかないだろう。何より1人で食べるより皆で食べる飯は美味い。


「というわけでご飯でも食べようか。フェミーナちゃん、いいお店しらない?」

「私のいきつけでよければ案内するよ。」

「じゃあそれで。フェミーナちゃんも一緒にどう?」

「え、いいの?お腹空いてるから嬉しいけど・・・」

「もちろん。」

「尻尾もこもこは駄目だよ・・・?」

「も、もももちろん。そんな事考えてないよ。」

「怪しいなぁ・・・まいいか。わかった、ご相伴に預かるね。」


 本当にそんな事考えてないから・・・だからアマネ、そんな目でこっち見ないで。そしてコハル、足踏まないで。






「うん、美味い。」


 フェミーナのいきつけの店は小さな食堂だった。老夫婦で切り盛りしているようなこじんまりとした食堂。そしてでてきたのは魚のムニエルとスープ。客も全然入ってないので少し不安だったが、杞憂だった。滅茶苦茶美味い。


「でしょ!ここ美味しいのにお客さん少ないんだよね!」

「そうなんだ、立地が悪いのかな?」


 この店は確かに分かりにくい。水路沿いではなく、一度船から降りて数分歩いた路地裏にある。この街でそれは立地が悪いと言えるだろう。ここに来るまでに見かけた他の酒場や食堂は全て波止場がすぐ側にあったしな。


「でもフェミーナちゃんはよくこんな食堂知ってるね。」

「うん、私すぐそこに住んでるんだ。」

「なるほどね。」


 それなら知っていても当然だろう。しかしこんな路地裏にフェミーナは住んでいるのか。治安は大丈夫なのだろうか。


「女の子が1人でこの辺に住んでても大丈夫なの?」

「あ、お兄さん心配してくれるんだ。ありがと。でも大丈夫だよ。比較的この辺は治安いいんだ。それにカラント自体結構平和だからね!」


 獣人だからあまり大通りに住むのは憚られるのかもしれない。船頭としても稼ぎもそんなによくないと言っていたし、この辺りに住むのが精一杯なのだろう。


「そっか。じゃあこの後はフェミーナちゃんのお家いってもこもこしていい?」

「・・・ひぃ!な、なんでそうなるの!?ダ、ダメだよ!」

「そ、そこまでドン引きしなくても・・・」


 だから後退りしないで。「やっぱりこの辺に住むのやめようかな」とか言わなくていいから。俺は不審者じゃないぞ。人畜無害なお兄さんだ。


「ふふ、冗談だよ。あなたが悪い人じゃないのはもう知ってる。でも変わった人だよね。獣人が好きなんて・・・うーん、ちょっとだけ・・・触る?」

「さわる!」


 言い続けた甲斐があった。人間、諦めない心が肝心なのだ。


 ちなみにフェミーナの耳と尻尾はやっぱりもこもこしてて気持ちよかった。アマネとコハルは俺の隣で頭を抱えていたが。もう怒るのに疲れたようだ。


「セーラ、あなたのお友達、本当に変わった人なんだね・・・」

「まあね。でもいい人よ。」

「うん、それはわかる。私と普通に接してくれるもん。変な目で・・・は見られてる気がするけど、悪意ある目じゃないし。へへ、なんか新鮮で楽しい。」

「でしょ!私の自慢の弟分なんだからね。可愛がってあげて!」


 何やらセーラとフェミーナが俺の話をしている。だが俺はフェミーナをもこもこするので忙しい。


「ふぅ・・・」

「あ、もういいの?」

「うん、もこもこ出来て満足!飯も美味かったしな!」

「それはよかった。じゃあ次はどうする?どこに案内すればいい?」


 さて、どうしよう。この後は花街を下見する予定なのだが、フェミーナに「娼館に連れてって」とは言いずらい。ここで解散する方が良い気がするが・・・


「んー・・・」


 唸りながらチラッとセーラの方を見ると、彼女は大丈夫と静かに頷いた。どうやら頼んでもいいらしい。


「フェミーナちゃん、花街が見たいから案内してくれないか。」

「うん、了解だよー!」


 おお、ほんとに大丈夫だった。っていうか軽いな。特に疑問には思わないのか?俺はアマネやセーラ達を連れているのに。


「ふふ、セーラから一応聞いてるからね!支配人さんなんでしょ?」


 不思議そうな顔をしていたからかフェミーナが教えてくれた。


「お、知ってるのか。そうなんだよ。だから案内して貰えると助かる。」

「任せといて!」


 俺が娼館の支配人で、この国で新しく娼館を立ち上げようとしているのは聞いているらしい。さらにはアマネ達が娼婦だと言う事までフェミーナは知っていた。そこまで話してもいいのかと思ったが・・・アマネやコハルが何も言わないところを見ると大丈夫なのだろう。


「じゃあ船に戻ろ。花街は少し離れてるからね。頑張って漕ぐよ!」

「おっけー、よろしく頼む。」


 カラントの花街を見て問題なさそうなら、胡蝶はこの国にしよう。キョクトウ連邦のような遊郭じゃないと願うばかりだ。胡蝶が溶け込めるような花街なら最高なんだが。さらには娼館を運営できるような良い感じの空き物件があるといいな。


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