サンクレア公国①
「おはようなのじゃ!ハル!」
朝っぱらからアマネのテンションがやたら高い。1階の待合室・・・いやもうこの屋敷は胡蝶として運用しないしリビングでいいか・・・で俺がのんびり紅茶を飲んでいたら、アマネやコハル達がドドドと階段を下りてきた。
静かにしろ。
まあそれはいつもの事なのでどうでもいいが、今日は何故か滅茶苦茶機嫌の良いアマネ。どうしたのだろう。
「どうした、ロリババア。あと階段は静かに下りてこい。」
「ロリババア言うな!!なぜじゃ!何故一回貶すのじゃ!!!」
だって調子に乗らせると面倒だし。
「でもそうだな・・・偶にはいいか。」
俺はアマネを両手で持ち上げ、膝の上に乗せてやる。
「な、なにをするのじゃ!離せ!離すのじゃ!」
「こら、暴れるな。」
「わらわを子供扱いするな!!!」
知ってる。280歳なのは知ってる。だがそうは言っても見た目が幼女なんだから仕方ないだろう。子供扱いしたくなるし、甘やかして飴ちゃんをあげたいという衝動にかられてしまう。
「時々甘やかしたくなるんだ。」
「甘やかすのは構わん!じゃが子供扱いは嫌じゃ!」
「はいはい、アマネは大人ですね。」
ヨシヨシとアマネの頭を撫でてやる。
「じゃから子供扱いするなと言っておるじゃろ!!!」
「その馬鹿みたいなやり取りやめなさい。っていうかアマネ、文句言いつつも顔がにやけてるじゃない。本当は嬉しいんでしょ?」
コハルが溜息を吐いている。
「そ、そそそんなことないわ!」
なるほど、そんな事あるのか。
アマネの慌てぶりからして、コハルの言う通りのようだ。
「いい加減素直になりなさいよね。私なんてハルさんにそう言う事してもらえないのよ?幼女体系だからこその特権じゃない。ね、ヨギリ?」
「そこでうちに話し振らんといてや!しらんわ!!!」
まあコハルの言うように、これはアマネだからこそ出来る事だ。コハルは身長も高いし、おっぱいも大きい。つまり・・・
「コハル重そうだから無理だもんね。」
「・・・そうなのね、ハルさんは死にたいのね。いい度胸ね・・・コハルお姉さんの怒りの蹴りをくらいなさい!」
蹴られるとは思ってた。
でもコハル、俺を蹴る為にわざと会話を誘導しなかったか?
「はいはい、それでアマネはなんでご機嫌なの?」
「自分をサンクレア公国に連れて行くべきだとアピールしてるだけよ。ハルさんに甘えておけば無下に出来ないでしょ?全部計算よ、計算。」
ああ・・・そう言う事なのね。さすがに俺の事をよくわかってる。確かにここまで甘やかしておいて、アマネを選ばないという選択肢は俺の中ではもうない。
「なるほど・・・じゃあコハルは連れて行く約束だからコハル、あとアマネ。でもヨギリは留守番ね。」
「な、なんでやああああ!」
ヨギリが頭を抱えて蹲ってしまった。
そこまでか?そこまで落ち込むことか?っていうかこの世の終わりかの如く絶望しないで。そんな尻尾をしゅんとさせて落ち込んでたら連れて行きたくなるから。それに昨日は連れてったんだから、我慢して欲しい。
「「おはようございますー!」」
そんなやり取りをアマネ達としていたら、サクヤ達が起きてきた。どうやら今日は誰も監禁されなかったようだ。安心。
「あ、ハルさん、尻尾をどうぞ。」
リビングに下りてきて早々サクヤが尻尾を押し付けてきた。
やけに積極的だが・・・もしかして?
「あ、一応言っておくけどサクヤは今日は留守番だからね?」
「な、なぜですか!じゃあ尻尾は駄目です!」
やっぱりそう言う事か。尻尾を餌に使うとは、汚い。この狐汚い。
「昨日言っただろ。とりあえずサンクレア公国にはコハル、アマネ・・・あとはユリとセーラで行こうか。」
俺がそう宣言すると、セーラとユリはやったと万歳している。サクヤとヨギリは「そんな!」と完全に絶望しているが・・・お前らヒスイにはあたるなよ。
それからはいつも通りみんなとだらだら過ごし、昼下がりに俺達はサンクレア公国へと転移した。ちなみにヒスイは今日も昼過ぎまで惰眠を貪っていたのは言うまでもないだろう。あいつ、本当に寝てばっかだな・・・
――サンクレア公国
アナトリカ大陸の北部にある小さな国だ。
そもそも公国とは何なのだろう。王国や帝国との違いは?アマネに聞いたところ、単純に国王が君主か貴族が君主なのかの違いなのだと教えてくれた。まあ細かい違いは色々あるらしいが、それだけわかっていればいいらしい。
「外に出る前に教えておくのじゃ。ここサンクレアの公都であるカラントは水の都と言われておる。」
「水の都?」
転移先の建物の一室でアマネが簡単に街の説明をしてくれる。
「うむ。お主がはしゃぐのが目に見えておるからの。先に言っておく。すごいぞ?街中に川が流れていて、基本的な移動手段は小舟じゃからの。」
もしかして街中に水路が張り巡らされていると言う事だろうか。つまり地球で言うところのベネチア。あの街も確か水の都とか言われてた気がする。死ぬまでに一度は行って見たかった国の1つだ。まあ今となってはもう叶わないが。
でもそういう国がこちらの世界にもあるなら是非見たい。今すぐ見たい。
「今すぐ行くぞ!アマネ!早く早く!!」
「ええい!落ち着かんか!鬱陶しい!そうなると思ったから先に言ったんじゃ!」
「うぇーい!」
「なにが『うぇーい』じゃ!!!うざい!!!しばくぞ!!!」
しばかれた。
何故だ、納得いかない。アマネはテンションが高くてもしばかれないのに、何故俺はしばかれないといけないのか。
「コハル!アマネが虐めてくる!」
「うるさい!蹴るわよ!ほら、さっさと街へ行くわよ!来なさい!」
ちゃんと下見メンバーにコハルやアマネを選んだのに、今日の俺に対する扱い、酷くないか?ちなみにセーラとユリはいつも通り我関せずで遠巻きに見ているだけだった。だから笑ってないで助けろよ。
「おお・・・すごいな!」
サンクレアの公都であるカラントは水の都という名に相応しい街だった。
アマネの言う通り、川のような水路が街中に張り巡らされている。そしてその水路の水面が太陽の光によって宝石のように輝いていてとても美しい。水路を跨ぐアーチ状の端も情緒よく配置されており、まさに絶景と言っても過言ではない。
これは・・・良い街だ。まるで小説の中に出て来るかのような街だ。歩いているだけでそれはもう楽しい気分になる。
「よし、この街に決定。」
「早いわよ!?もう少し見なさいよ!まだ来たばかりでしょ!」
「まあ落ち着けコハル。今すぐ帰るとか言わないから安心しろ。」
どうせコハルはそれが心配なだけだろう。
「そ、そうなのね!それならいいわ!」
まあ俺も観光はしたい。こんな美しい街なのだからすぐに帰るのは勿体ない。
(相変わらず姐さん達はハルさんにべったりですね。)
(ですね。でも普通あれだけ好意向けられてたら気付くと思うんですけど。)
(まあでもこの環境だと気付きにくいと思いますよ?私達はハルさんを弟として可愛がってるじゃないですか。だから本人からしてみれば異性としての好意なのか、家族としての好意なのかわからないんだと思います。そもそも私達娼婦ですし・・・まあハルさんが鈍感なのもありますけどね。)
(なるほど・・・確かにそうかも。)
――ヒソヒソ
ユリとセーラが何やら内緒話をしていた。
「なになに、俺も混ぜてよ。」
「・・・ひっ!な、なんですか!?」
「いやそんな驚かなくても。内緒話してたみたいだから俺も混ぜてよ。」
「ダ、ダメです!乙女の話に入るのはマナー違反ですよ!」
「ですです!私達の話なんてどうでもいいから早くカラントを見て回りましょう!」
「わ、わかったよ・・・」
この子達は目を離すとすぐに内緒話を始めるから滅茶苦茶気になるのだ。俺の悪口・・・は言ってないだろうが、なんか噂されてそうで怖い。
「じゃあどこから行こうかな・・・」
やはり冒険者ギルドと市場に行って、少し休憩してから花街を見るいつものパターンでいいだろうか。キョクトウ連邦ではサクヤとヨギリが詳しかったから全部任せたけど・・・
「ハルさん!私に任せてください!」
「・・・え?」
セーラはそう言うと、どこかへ走り去っていった。
「ちょっと!セーラ!?」
俺は慌てて叫ぶが、もうセーラの姿はない。
早い・・・一瞬でいなくなった。なんだあれ。っていうかセーラはどこへ行ったんだ。別に任せるのは構わないが、せめて何しに行くのか言って欲しい。
「あ、大丈夫よ。あの子、サンクレアには詳しいもの。」
「え?そうなの?」
「ええ、そうよ。ってハルさん知っててセーラ選んだんじゃないの?」
いや、全然知らなかった。セーラにしては珍しくアピールしてるなと思ったからなんとなく選んだだけだ。むしろ詳しいなら最初に言ってくれればいいのに。
「露骨に言うのはずるいとか思ったのかしら?気にしなくていいのにね。私なら全力でそれアピールするわよ。」
「いや、お前は少しは遠慮しろ。」
「嫌よ。」
コハルに奥ゆかしさを求めた俺が馬鹿だったようだ。まあそれくらいはっきりしていた方がコハルらしくて清々しいが。
「で、セーラは何で詳しいんだ?」
「うむ、天使族はこの国の奥地にある森を縄張りにしておるからな。セーラの実家がそこにあるのじゃ。だからカラントの街にも詳しいのじゃろ。」
天使族はアナトリカ大陸のサンクレア公国が出身なのか。覚えておこう。
「ちなみにアマネは?コハルは?他の種族はどんな感じなんだ?」
「む・・・まあ・・・そのくらいならよいかの・・・わらわ達は基本的にアナトリカの中央に住んでおった。地域の誤差はあるが、大体あの辺りじゃ。」
アナトリカ大陸の中央とといえば、過酷な自然環境で、人が住めるような場所じゃないとアマネが言っていた。つまり人が立ち入らないような秘境に、アマネ達異種族は暮らしている。種族差別から逃れる為そこに住み着いたのか、そういうところに住み着いていたから差別されるようになったのか・・・
「どっち?」
アマネに聞いてみる。多分、これだけ言えばアマネは理解してくれるだろう。
「うむ。差別されるようになったからそこに・・・って感じじゃ。ただ種族がどうこうは最近始まった話ではない。わらわが生まれる前からじゃから詳しくは知らん。あくまでわらわはそう聞いてるというだけじゃがな。」
「なるほど・・・というかそれならセーラは里帰りもついでにすればいいのに。みんなもしないの?」
家族がいるなら顔を出すべきだろう。それなのに彼女達はずっと胡蝶にいる。むしろ転移魔法という便利な魔法があるのだから、毎晩実家に帰るようにしてもいいのではないだろうか?
「んー・・・まあ、そのうちね?」
コハルが何やら含みのある言い方をする。
「その時は俺も連れてってよ。コハルの家族に会いたいし。」
「な、なんでよ!?私の家族に会って何をする気なの!!!」
何もしないし、出来ないわ。だってコハルの両親や姉妹だろ?俺がどうこうできるような人達だとは思えない。むしろ家族がかりでボコボコにされるのではないだろうか。
「コハルの家族こそ俺に何をする気だよ!全員でボコる気か!」
「しないわよ!!私の家族を何だと思ってるのよ!!!」
暴力一家・・・とか言ったら殴られそうだし、やめておこう。
「コハルには世話になってるし、挨拶くらいしたほうがいいんじゃない?」
「な、なんで挨拶するのよ!一体何をする気なの!?」
人の話を聞け。なんでかは今説明しただろうが。
(ハルさん、ハルさん、この世界で両親に挨拶するっていうのは、結婚を前提にお付き合いしてますって事なんですよ。)
ユリが耳打ちして教えてくれた。
ああ、なるほど。だからコハルは顔を真っ赤にして慌てていたのか。俺がコハルの両親に挨拶すると言う事は、彼女と結婚しますと報告するようなもの。そりゃ慌てるわ。納得。
しかしこの世界では世話になってる程度じゃ挨拶に行くのはおかしいのか。不思議な常識だな。郷に入っては郷に従えというが、なかなか慣れない。
「コハル、俺の世界では世話になってるなら菓子折りでも持って挨拶に行くもんなんだ。この世界では違うんだな。すまん、知らなかった。」
「そ、そうなのね!なんだ、そういうことね!安心したわ!」
「うんうん、でも挨拶には行っていい?」
「な、なななんでよ!?なにしにくるのよ!?」
面白い。コハルの反応が面白い。
「わかったわかった。挨拶はしないから故郷にはいつか連れてってくれ。単純にコハルやアマネ達の故郷がどんなところか見たいんだよ。」
「わ、わかったわ・・・それならいいわよ・・・」
「そもそも何で里帰りしたくないんだよ。」
「まあ・・・私達が何をやろうとしてるか、何をしてるか・・・知らせてないんだもの。顔を出しずらいだけよ。」
「そういうことか。」
確かに実家に帰って開口一番「今、娼婦してるの!」とか言ったら大変な事になりそうだ。俺が父親なら心臓発作で倒れると思う。
「じゃあいつか連れてってくれ。」
「ええ、わかったわ。」
「それで・・・セーラは?」
「ああ、あの子は・・・ってほら、丁度戻って来たわよ。」
コハルがあそこと指差す方を見ると、セーラが手を振りながら走ってきた。セーラもテンション高いな。もしかして故郷があるサンクレア公国に来れたのが嬉しかったのだろうか。
「ハルさん!小舟を手配してきました!1日貸し切ったのでそれでカラントを巡りましょう!船、乗りたくないですかー!」
「・・・セーラ!」
俺はセーラを抱きしめる。
「は、はい!?」
「よくやった!!!」
まさかこの水の都で船に乗れるとは思わなかった。滅茶苦茶嬉しい。これもセーラの伝手のおかげなのだろう。しかも1日貸し切りとかよくわかってる。これで下見だけでなく観光もたっぷり楽しめそうだ。
「アマネ!」
「な、なんじゃ・・・?」
「お舟にのれるね!よかったね!」
きっとアマネも喜んでるに違いない。
「『よかったね』じゃないわ!わらわを子ども扱いするな!!!船に乗れて喜んでるのはお主だけじゃ!もう一度言うぞ!お主だけじゃ!!!」
2回も言われた。どうやら喜んでるのは俺だけらしい。
「知ったことか!嬉しいものは嬉しいんだ!今日は全力ではしゃぐぞ!」
今のところサンクレア公国は満点だ。最高の一言しかない。これではしゃぐなという方が無理だろう。
「黙れ!」
「黙りなさい!」
結局大はしゃぎする俺をアマネやコハルが「鬱陶しい」と一喝し、引きずられるように船着き場へと連れていかれた。
「船頭を待たせてるのじゃ!早く行くぞ!」
セーラが船頭まで手配してくれたらしい。優秀だな。どっかの誰かと違って。
「「うるさい!!」」
「まだ何も言ってないからね!?」
「「黙れ!!!」」




