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胡蝶の夢、夜に舞う  作者: 天霧 翔
第二章 新天地編
91/106

奴隷

「ハルよ、申し開きはあるか!言い訳くらい聞いてやるぞ!!」


 現在俺は正座中。


 なんで1日2回も正座させられてるんだろう。


「とりあえずただいま。お腹空いた。そして5時半に叩き起こされたから眠い。あと正座したくない。」

「それは言い訳ちゃうわ!ただの願望や!!!」

「そうよ!なんで怒られてるかわかってるのかしら!」


 いや、知らんよ。何かアマネ達はクレシア商会を出てからずっと不機嫌だけど、俺別に奴隷買ってないからね。それにアマネ達が好きにしていいって言ったから好きにしたのに。


「そんなことよりサクヤの尻尾もふもふしたい。」

「ちょ、ちょっと!なんで私の尻尾なんですか!」


 とか文句を言いつつも、サクヤは俺の隣にスッと座り、尻尾を俺の膝の上に乗せ、ブラシと櫛を渡してきた。なんだかんだでもふもふさせてくれるらしい。


「もふもふ・・・ぐふふ・・・」


 最高のもふもふだ。これなら正座も我慢できるというものだ。


「こら、何をしておる!ちゃんと反省するのじゃ!顔が気色悪いぞ!!!」

「そうよ!なに楽しんでるのよ!顔が気持ち悪いわよ!!!」

「なんでや!なんでうちの尻尾やなくてサクヤやねん!」


 怒られた。ヨギリの怒りの矛先だけ少しおかしいけど。あと顔が気持ち悪いとか言わないで。地味に凹む。


 しかし何故そんなに不機嫌なんだ。


 さっきミラの街であった事件もそのせいで・・・


「あの連中・・・大丈夫なのか・・・」

「ふん、別にあんなやつらどうでもいいわよ。」


 コハルが鼻で笑う。


 実はクレシア商会を出た後、俺達は数人の男達に行く手を遮られた。

 

『アマネさんの為!お前を殺す!』

『ヨギリとコハルを解放しろ!!』


 槍や剣といった物騒な物を構えながらそんな事を叫んでいた。


「でもあの時のハルはちょっとかっこよかったで?」

「うむ、わらわを庇ってくれたのは嬉しかったのじゃ!」


 アマネ達が言うには、彼らが飛び出してきた際、俺はアマネとヨギリを庇ったのだとか。正直まったく覚えていない。


「俺そんな事してたのか・・・?」


 あまりに急な展開で、何も考えていなかっただけだと思う。体が無意識に動いたのかもしれない。


「無意識やったんか?ふふ、それはそれで嬉しいな・・・」


 ただアマネ達を庇ったところで、俺には何も出来ない。殺されて終わりだ。俺がしたことは正直無意味だろう。人間窮地に陥ると正常な判断が出来ないと言うが、まさにその通りだ。


 ただアマネ達がいる時点で窮地でもなんでもなかった。小説や映画なら、ここで俺がアマネ達をかっこよく守り、「俺の女に手を出すな!」とか言いながら相手をボコボコにし、惚れられるイベントだったはず。


 だが事実は小説より奇なり。


「気づいたら終わってたなぁ・・・」

「ふんっ、あんな奴ら死ねばいいのよ。次あったら本当に殺してやるわ。」


 俺の出番なんて皆無だった。無意識にアマネやヨギリを庇ったまではまあよかった。ただ次の瞬間にはコハルが既に相手を再起不能レベルでボコボコにしていた。コハルの動きが早すぎて何をしたのかまでは見えなかったが、どうせ彼女の事だから素手で殴り倒したのだろう。


 もちろん戦闘力のない俺が何か出来たとは微塵も思わない。思わないが・・・実際こういうのを目の当たりにすると、男としてはなんかこう・・・悲しい。


「で、コハルは実際何をしたの?」

「え?えっとね、拳で・・・こうよ!」


 目にも止まらぬ速さで拳を突き出すコハル。


「お、おう・・・」


 どうやらただ殴っただけらしい。


 というかエルフって徒手空拳で戦うような種族だったか?弓や魔法を駆使し、華麗に戦場を駆けるのが俺の中のエルフのイメージなのだが・・・


「エルフってこんなバーサーカーな種族なの?弓とか魔法とかは?」

「お主のイメージは別に間違ってないぞ・・・でもコハルじゃしの・・・」

「せやね、コハルやし・・・」


 どうやら素手で殴りかかるような格闘系エルフはコハルだけらしい。よかった。俺のエルフのイメージは守られた。


「うるさいわね!殴った方が早いのよ!ちまちま魔法なんか使ってられないわよ!」


 うん、まあこれでこそコハルなんだけど。毎日俺の事ばかすか殴るし。少しくらいは女の子らしくして欲しいものだ。


「せっかくの美人なのに・・・」

「わ、悪かったわね!でもそう思うなら私の事も庇いなさいよね!」


 ちなみにコハルがさっきからやたら不機嫌なのは、これが原因だ。


 実はこの事件のおかげで、クレシア商会を出たときに比べ、アマネとヨギリの機嫌は少し直っていた。ただコハルだけはもの凄く不機嫌になった。そう、この事件で余計不機嫌になったのは実はコハルだけ。俺を転移魔法陣に無理矢理放り込んだのもコハル。完全な八つ当たりだ。


「そんな無茶な・・・」

「無茶でもいいから庇いなさいよ!ばか!!!」


 俺自身いっぱいいっぱいで何も覚えてないのだから許して欲しい。そもそもコハルは案内役をしていて先頭を歩いていたのだから、庇うのは位置的に無理だろう。


「俺もテンパってて・・・考える余裕なんてなかったんだよ。そもそも3人とも強いんだから俺が庇う必要なんてないでしょ・・・」

「うるさい!乙女的には不満なの!見なさい、あのアマネとヨギリの勝ち誇った顔!!『コハルと違ってうちらは女の子扱いされたんや』とか思ってる顔よ!!ぐぬぬ・・・何か女として負けた気分なの!!もの凄く納得いかないのよ!!」


 ・・・そうですか。ならもう気が済むまで好きに暴れててくれ。俺はサクヤの尻尾もふもふするので忙しい。


「もふもふ・・・やっぱサクヤの尻尾は最高だな。ぐふふ・・・」

「ふふ、ありがとうございます。でもやっぱりお顔が気持ち悪いです。」

「ぐっ・・・だ、大丈夫!気持ち悪いとか言われても気にしない!」

「さ、さすがにそこは気にしてください。お願いします。」


 なんか逆にお願いされた。そんなに気持ち悪い顔してるのか・・・


「くぉおらああああ!だからあんたは何してんねん!!!」


 ヨギリうるさい。今度はお前か。しかしその巻き舌、もしかして気に入ったのか?


「さっきから怒って、喜んで、また怒って・・・情緒不安定な狐さんだな・・・」

「誰のせいやおもてんねん!!!あと狐さん言うな!!!狐やけども!!!」


 どっちだよ。


「はぁ・・・ハルさん?そもそもヨギリ姐さんがお怒りの理由、わかってます?」

「いや、全然わからん。」

「これだからハルさんは・・・ではもう1人の狐さんが懇切丁寧に教えてあげます。クレシア商会での態度が問題だったのです。わかりますか?」


 全然わかりません。


 俺はクレシア商会で奴隷の事について色々と聞いただけだ。確かにエルフィリアには一瞬見惚れたけど、結局彼女の事は買ってない。クレアとのやり取りにも特に問題はなかったはずだ。


「アマネ達には好きにしていいって言われた!だから何が問題かわからない!」

「清々しいまでのドヤ顔じゃな。やはりお主はわかっておらんのか・・・」

「まあハルやしなぁ・・・そんな気はしてたけど・・・」


 おい、そこ。駄目人間を見るような目で俺を見るな。


「なんでわからないのかしら!これだからハルさんは駄目なのよ!」


 そして相変わらず不機嫌なコハル。


「コハルがあれだけご機嫌斜めなんやからなんとなくわかるやろ?」

「んー・・・?」

「あのハーフエルフや。」

「買ってないよ?確かに買おうかなとは思ったけど。でも俺はこれから支配人としての仕事が増えるだろ?だから雑務をする人がいてもよくないか?ヒスイは・・・ほら、あんなんだし・・・」


 そう言ってヒスイの方をチラッと見る。


「なによ。竜族の私に雑用しろっていうの?絶対イヤよ。」


 ソファーにごろんとだらしなく寝っ転がりながら、お菓子をぼりぼり食べているヒスイ。なんというか・・・残念美少女だ。


「見ろよ、ヨギリ。あんなポンコツドラゴンに雑用任せられないだろ。」

「あ、それはわかってる。あのトカゲが役に立つなんて微塵もおもてへんしな。」

「ちょっと!?あんた達何失礼な事いってるのよ!食べられたいの!?カプってするわよ!カプって!!」


 ヒスイよ、わかってるのか?


 そんな事言ったら・・・ほら、後ろに怖いアマネさんが立ってるぞ。


「やはりお主は早々に食卓に並べる必要がありそうじゃな!!!」

「ひぃいいいい!?ハ、ハルううううううう!!!」


 こういう時だけ俺に助けを求めるのはやめてほしい。確かに竜族はかっこいいと思うし、ヒスイの事も気に入っているが、どう考えても自業自得だろう。とりより最近ヒスイのせいで竜族に対するイメージが駄々下がりなんだが。


「ハ、ハル!竜族はね!偉いのよ!かっこいいのよ!だから助けた方がいいわよ!」

「寝っ転がりながら菓子を食ってるようなドラゴンは尊敬できん。」

「ち、違うの!歴戦の戦士である竜族には休息が必要なの!」

「お前は休息しかしてない気がするんだが?」

「ハル、アマネ、そんなトカゲほっとき。相手にするだけ無駄や。」

「なんで・・・ぐへっ・・・ばって(待って)ひょれはひぬ(それは死ぬ)!!!」


 ヒスイが何か叫ぼうとしたが・・・アマネが満面の笑みでヒスイの首を締め上げている。うん、ギブしてるから。必死にタップしてるから。ほどほどにしてやって。


「ほんでな、話を戻すけど・・・ハルが別にあの奴隷買うのは反対せえへん。本当に必要や言うなら買ってええ。うちも雑用係が必要や思うしな。」

「え、そうなのか?」

「せやで。それにハーフエルフやし、うちらとも上手くやれるやろ。なあ、コハルも別にそれに対しては文句ないやんな?」

「そうね、別にそこには文句はないわ。」


 じゃあクレシア商会で俺の何が問題だったと言うのだ。


「コハルは何に文句あるのさ。はっきり言ってくれないとわからん!」


 まさかエルフィリアに一瞬見惚れた事だろうか?


「・・・ほんとにわかってないのね!!!いいわ、言ってあげるわよ!あのハーフエルフの子に見惚れてたでしょ・・・ってのはまあいいわ!それは許してあげる!ほんとはよくないけど!!!エルフの私が隣に居るのに何見惚れてるのよ!!!」


 やっぱり怒ってるじゃん。見惚れた事に絶対怒ってるじゃん。


「何とか言いなさいよ!!!なんで見惚れてたのよ!!!」

「待って!許すっていったよね!矛盾、矛盾してるから!!」


 何この理不尽な展開。


「うるさい!!!大体見惚れるならもっと上手くやりなさいよ!鼻の下伸ばして気持ち悪い!クレアにもバレバレだったわよ!」

「なん・・・だと・・・」

「なに驚いてんのよ!あんなの誰が見ても一目瞭然よ!!!せっかく私達がハルさんを立てようと色々やったのに、全部無駄になったじゃない!っていうか最後なんて完全にクレアに手玉に取られてたでしょ!忘れたとは言わせないわよ!!!」

「ぐっ・・・」


 コハルと言うエルフが隣にいるのに、ハーフエルフに見惚れた事。そしてそのせいでクレアに色々主導権を握られ、コハル達の努力を台無した事。つまりコハルが怒っているのはそう言う事か。


 うん、確かにこれは言い訳出来ない。


「コ、コハル・・・」

「なによ!」

「ご、ごめんなさい。」

「な、なななんでそこで素直に謝るのよ!怒ってる私が悪いみたいじゃない!!!」


 いや、そんな事言われても。悪いと思ったから謝っただけなんだけど。


「そ、その目やめなさい!そんな捨てられた子犬みたいな目で私を見ないで!・・・うー・・・ああもうわかったわよ!もう怒らないから!怒ってないから!」


 断じてそんな目をしたつもりはない。俺のプライドの為にそれだけは否定しておく。でもまあ・・・なんかよくわからないけど、コハルに勝った。


「さすがですね、ハルさん。そんな卑怯な手を使うとは・・・」

「サクヤうるさい。そんな手使ってない。」

「まあコハル姐さん達は少し文句を言いたかっただけです。」


 サクヤがフォローはしておくから大丈夫ですと目で合図してくれる。


「うん、わかってる。ありがと。」

「いえいえ、とりあえず今日の事をまとめると・・・奴隷売買があるカミール王国に胡蝶は『無し』って事ですね?あとはエルフィリアとかいうハーフエルフの奴隷を買うと言う事でよろしいでしょうか?」


 え、待って。まとめてくれるのはありがたいけど、なんか最後に変な事言わなかった?というかあの子買うのは確定なの?


「ま、まだ買うと決まったわけじゃ・・・」

「ふふふ、あれだけあの子に期待させておいてやっぱり買わないとか、ハルさんはど畜生なんですか?極悪非道のど畜生野郎なんですか?」


 サクヤの笑顔が怖い。


 無理です。逆らえません。


「わ、わかりました・・・胡蝶を作る国を決めたら買います・・・。買わせてください。買うのを許してください。」

「許します。でもあと2ヶ国ですよね?胡蝶の方も決めてくださいね?ちゃんと考えてますか?ハルさんは支配人なんですよ?」

「は、はい!頑張ります!!」

「ふふ、いい子ですね。では今日も・・・その・・・わ、私の尻尾抱きしめながら寝ます・・・?」


 何と言う飴と鞭。さすがサクヤ様。


「はい!寝ます!!!」


 ――ドカッ!バキッ!


「何言うとんねん!!!あかんに決まっとるやろ!!!」

「調子に乗るのもいい加減にしなさい!!!」

「寝言は寝て言うのじゃ!!!」


 不機嫌になったアマネ達にしばかれた。最近いつもこれだ。


 酷い。


「痛いから!コハル!蹴るのはやめて!」

「うるさい!もうハルさんはさっさと寝なさい!!」


 問答無用と言わんばかりにコハルに蹴飛ばされ、それと同時に自分の部屋のベッドに転移させられた。まさかそんな転移の使い方をされるとは・・・


 もちろん転移酔いはした。

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