晩酌
「気持ち悪い・・・」
あんな体勢で転移する羽目になるとは思わなかった。さすがに気持ち悪すぎて床に寝っ転がっている。
「おかえりなさい、ハルさん。」
目を開けると、サクヤが覗き込んでいる。
どうやら俺は胡蝶の待合室に転移したようだ。
「ただいま、サクヤ・・・」
「おつかれさまです。転移酔い、大丈夫ですか?」
サクヤはそっと俺を抱きかかえ、ソファーに座らせてくれた。
抱きかかえられた時、サクヤの豊満な胸が最高に気持ちよかったのは言うまでもないだろう。ちなみにサクヤはコハル程ではないが、結構大きい。何がとは言わない。
「ハルさんはこの胸がいいんですか?」
そう言ってサクヤは胸を両手で軽く持ち上げる。
・・・さっき当ててたのはわざとか。
「ま、まあ俺も男だし。でも俺はサクヤの尻尾のほうがいい。」
「ふふ、しょうがないですね。じゃあどうぞ。」
サクヤは俺にもたれかかるようにして隣に座ると、尻尾を俺の膝の上に置いてくれた。まさか本当に撫でさせて貰えるとは思わなかったので驚いた。
「え?いいの?」
「はい。今日はハルさんをとことん甘やかす日になったんです。」
「そういうことです!」
いつの間にか逆側にマシロが座っていた。それも人化を解いた兎の姿で。
「ど、どういこと?」
「みんなハルさんに『ありがとう』がいいたいだけですよ。」
「ずーっとみてましたからね!」
そういってマシロが俺の肩に乗っていたユイカの蛇を指差す。
「なるほど・・・とりあえずユイカ、ありがと。」
俺は蛇をそっと掴み、ユイカに渡す。
「ハルさん・・・泣いてたから・・・!みんなで甘やかす・・・です!」
「あー・・・」
あれか。恥ずかしい。今思うと恥ずかしすぎる。今すぐ自分の部屋に戻ってベッドに潜り込みたい。1週間くらい引きこもりたい。
だがサクヤとマシロが俺が逃げないよう両脇をがっちり掴んでいる。さすがみんな俺の性格をよくわかってるな・・・
「黒歴史だから忘れてくれ。」
「ダメです。嬉しかったですから。みんな少し泣いたんですよ?」
嬉しそうに笑うサクヤ。
彼女達も泣いてくれてたのか。それは素直に嬉しい。少し報われた気分だ。これなら黒歴史を作った甲斐があったというものだ。
「うん・・・すごく嬉しかった・・・サクヤさんが一番泣いてた・・・です!」
しれっとサクヤの痴態を暴露するユイカ。
「ちょ、ちょっとユイカ!何言ってるんですか!!!ほとんど泣いてませんから!ちょっとだけです!あ・・・こら!ハルさん!ニヤニヤした顔で見ないでください!ゆ、許しませんよ!!!」
顔を真っ赤にして必死に否定するサクヤが可愛い。
いつも余裕ぶって、お姉さん風を吹かせているサクヤだが、アマネ達同様すぐに照れるし、動揺する。最近分かった。彼女にこんな一面があるなんて全然知らなかった。よく話すようになったせいだろうか。
「でもハルさんってサクヤさんの事かなり好きですよねー・・・」
俺とサクヤの様子を見ていたサラがポロっと呟く。
でも言われてみれば確かにそうかもしれない。
「うん・・・好きかも。何かサクヤは落ち着くっていうか。話してて凄く安心する。それに頼りになるし・・・あと狐だし!!!」
「さ、最後のは同意できないですけど・・・」
相変わらずですねとサラが溜息を吐く。
「な、なななに言ってるんですか・・・!そ、そんな急に・・・!わ、私にも心の準備ってものがですね・・・大体弟にそんな事言われても・・・うぅ・・・」
ちなみにサクヤは顔をさらに真っ赤にして、それを隠すように両手で覆い、羞恥に悶えている。狐耳もぱたぱたと不規則な動きをしていて落ち着きがない。どうやら恥ずかしさが限界突破したらしい。
(サクヤさんっていつもアマネ姐さん達を揶揄ってますけど・・・)
(そうね・・・うん、サクヤさんも案外そうかもね・・・)
(ですです・・・弟とか言ってるけど逆に言い過ぎてて怪しい・・・)
ふと横を見ると、サラ達がヒソヒソと話していた。
「サラ?サクヤやアマネ達がどうしたって?」
「いえ、なんでもないですよ!はい!」
「ふーん?・・・ってアマネ達は?ずっといないよね?」
浮遊島に戻ってきてからアマネ達の姿を見てない。
「あ、はい。ハルさんが気を失ってる間にちょっと。」
サラ曰く、俺は転移してきた際、意識が飛んでいたらしい。まああんな形で無理矢理転移の魔方陣に放り込まれたんだから当然か。
「あいつら・・・覚えてろ・・・」
「あ、その辺は私達がしっかり『お説教』しておきましたので。」
けらけらと笑うサラ。
「あ、そうなんだ。で、どこいったの?」
「席を外させ・・・いえ、外してくださってます。私達もハルさんにお礼が言いたかったので、気を遣ってくれたんです!」
そうか・・・席を外させたのか。よくあのアマネ達を言いくるめられたものだ。
「それよりご飯作ったんですけど食べますかー?」
「いや、ご飯はアマネ達と食べちゃったからいいかな。」
「そうですか・・・」
マシロが兎耳を折り曲げ、しょんぼりしている。
「だったら酒でも飲むか?マシロ、飲める?」
「あ・・・!はい!飲めます!じゃあお酒持ってきますね!」
そう言うとマシロがもの凄い全力疾走でどこかへ走って行った。さすが兎。あれが脱兎の如くか・・・。別にそんなに急がなくてもいいんだけど。
しかしサクヤは大丈夫だろうか。まだ顔を真っ赤にしたまま悶えているんだが。
俺はサクヤの肩を掴み、軽く揺する。
「サクヤ、サクヤ!」
「ふぇ!?・・・あ、は、はい?」
いい加減戻って来い。
「おい、大丈夫か?」
「は、はい・・・!ちょ、ちょっとボーっとしてました。でも大丈夫、全然大丈夫です。それで、えっと、どうしました?」
全然大丈夫じゃない。なんも話聞いてないじゃないか。
「いや、サクヤは酒飲める?」
「え、はい。飲めますけど・・・?」
「これからマシロ達と酒飲むんだけどサクヤもどう?」
「あ、なるほど。もちろんです、喜んで。」
サクヤがちょっと待っててくださいとどこかへ走っていった。酒を取りに行ったのだろう。しかしサクヤにしては心なしか足取りが軽い気がしたのだが、気のせいだろうか。
あれ、そう言えばユイカ達もいつの間にかいない。まさかユイカ達も?
そして数分後、俺の前には大量の酒がずらりと並んでいた。どうやら俺の予想通り、嬢達は飲みたい酒をそれぞれ取りに行っていたらしい。
「どれだけ飲む気だよ・・・っていうかうちにこんなに酒あったのかよ。」
俺の呟きが聞こえたのか、サクヤがくすくすと笑う。
「ふふ、全部客から貰ったお酒なんですよ。」
「アマネ達もそんな事言ってたな。客はみんな酒持ってくるのか?」
「ええ、私達のご機嫌取りの為ですね。酒を飲ませていい気分にさせようという魂胆でしょう。プレゼントも結構もらいますよ?」
なるほど。彼女達の心証を良くすれば、ムフフなサービスもよくなるし、身請けできる可能性だってあがる。あと酔わせた勢いで色々と・・・。男が性欲にかける情熱は凄いな。
「で、実際は?酔っていい気分になるのか?」
「ハルさんは私達が客の前でお酒を飲むと思ってるんですか?」
やはりサクヤ達の方が一枚も二枚も上手らしい。
「そう言うってことは飲んでないんだな?」
「飲むわけないです。振りですよ振り。そしていい気分になった振りくらいはしてあげます。」
さすがうちの嬢はやり手だな・・・
「プレゼントは意味あるのか?」
「ふふふ、意味あると思います?」
「・・・思わない。」
客が可哀そうになってきた。でもまあ娼館なんて一晩の恋愛を楽しむために来るところだ。恋人や嫁探しをする場所ではない。だからサクヤ達の対応は間違っていないのだろう。
「まあ玉の輿を狙ってるような娼婦もいるとは思います。貴族様に見初められるのを夢見て娼婦になる子もいるでしょう。でも私達は違いますしね。」
そういうパターンもあるのか。だが確かに平民の女が手っ取り早く成り上がるにはそれが一番現実的なのかもしれない。容姿さえあればなんとかなる世界だからな。
「しかしアマネ達がそうなのは知ってたけど、サクヤ達もか。そうなのかとは思ってたけど、やっぱりそうなんだな。」
彼女達が全員異種族だと知るまでは、ずっとそれぞれの目的があって娼婦をしてると思っていた。だが彼女達の異種族としての姿を見てからは、「ああ、みんなアマネと同じ目的なのか」と気付いた。
「あ、確かに言ってませんでしたね。はい、そうです。ここの子達はみんなアマネ姐さんと同じ目標の為に娼婦してるんです。内容はまだ内緒ですけどね。なんとなくは察してると思いますが。」
「まあね。でも話してくれるまで、詳しく聞くつもりないよ。」
アマネがそのうち話すと言ってるのだからそれでいい。無理に知ろうとは思わない。
「それよりプレゼントとか全く意味ないんだな。身請けを承諾しないのもそれが理由だったか。」
胡蝶は身請けできませんよってしておけばよかったかもしれない。その方が余計なトラブルも起こらなかっただろう。だが疑似恋愛に先がないと分かってしまうのは諸刃の剣だ。可能性が0%だと、客は夢を見れない。そう言う意味ではやはり身請けという人参はぶら下げておいた方がよさそうだ。
「ええ。勿論悟られないように演技はしますけど。プレゼントを貰った時はそれはもうもの凄く喜ぶんですよ?」
サクヤが不敵な笑みを浮かべる。
なるほど、さすがサクヤ。しかしその演技にはちょっとそれは興味がある。
「へぇ・・・見てみたいな。やってみていいか?」
「ふふ、ちょっと面白そうですね。いいですよ。ハルさんを私の虜にしてみせますね。ではそこにあるお酒をプレゼントだと思って私に渡してください。」
サクヤがテーブルに並べられている酒を指差す。
「お、おう・・・じゃあやってみるぞ。」
何か緊張する。でも確かに面白そうだ。
俺はテーブルの上から高そうな酒を1本選ぶ。それを両手で持ち、サクヤを正面から見据え、酒を差し出しながら口説き文句を口にする。
「サクヤ。お前は今日も美しいな。そんなお前の為に最高の酒を持って来たんだ。受け取ってくれないか?」
サクヤ達が客とどういうやり取りをしているかなんて見た事がないので、想像だけでやってみたが、こんな感じでいいのだろうか。
とりあえず1つ言えるのは、滅茶苦茶恥ずかしい。
「嬉しいです!このお酒、ずっと飲みたかったんです!」
サクヤは目を輝かせ、花が咲いたような笑顔を浮かべる。
「私の事をわかってくれるのはハルさんだけです!・・・えへへ、ありがとう。」
そして少し頬を赤らめ、上目遣いでお礼を言ってきた。
「お、おう・・・」
凄い破壊力だ。演技だと分かっているのに、凄い嬉しい。そしてサクヤが可愛い。尻尾もぱたぱたと揺れていて、それはもう可愛い。今すぐ抱きしめたい。なんでも言う事を聞いてあげなきゃという使命感に駆られる。
あ、うん、駄目だこれ。惚れるわ。
「ふふ、どうです?私の虜になりました?」
くすくすと笑うサクヤ。
「惚れました。参りました。サクヤ凄い。」
「ハルさんにそう言われるのは嬉しいですね。でもこれくらいはここにいる子達ならみんなできますよ。男なんて単純ですからね。」
たしかに単純だな。耳が痛い。
「客ならもっと簡単です。お金払って会いに来てるんですから、私達に好意があるって最初からわかってます。だからちょっと大げさに褒めたり、喜んだりすればいいだけです。」
「俺も演技だってわかってるのに一瞬でサクヤに惚れたからな・・・」
「ふふ、ハルさんは私の尻尾が大好きなのわかってましたから。今みたいに揺らせばすぐに落ちると思っただけです。」
恐ろしい。これは勝てない。
「うちの娼婦は凄いな。ちなみにもらったプレゼントはどうするんだ・・・?」
今の話からして、サクヤ達が喜んで使うとは思えない。
「ハルさん、消滅魔法って知ってます?」
あ、うん、知ってる。なるほど、そう言う事ね。誰から何を貰ったか忘れないようメモだけして、プレゼント自体は破棄してるのだろう。
「本当に欲しいものは自分で買います。客から貰った物を使うのは怖いですし。」
「それもそうか。でも俺も気を付けよう・・・」
先日この子達にプレゼントをあげると言ってしまった。消滅魔法の餌食にされないようにしなければ。
「ふふ、ハルさんにはそんな事しませんよ。可愛い弟からのプレゼントは大切にします。なので期待してますよ?」
「お、おう・・・頑張るよ。」
「さあ、ハルさん、お話もいいですけど、そろそろ飲みましょう。」
そう言ってサクヤはワインをグラスに注いでくれた。
「サクヤのお酌なんて贅沢だ。」
「そうですよ?それにお酒も特別なやつです。」
サクヤおススメの最高級のワインらしい。なんでもこれ1本で胡蝶くらいの屋敷は余裕で買えるらしい。
「そんな高い酒なのか・・・。あ、ほら、サクヤも飲めよ。」
俺はサクヤから酒を奪い取り、お酌してやる。
「あ、え、はい・・・あ、ありがとうございます・・・」
「どうした?」
「な、なんでもないです。いただきます。」
サクヤはどこかぎこちない様子で、酒を一気に飲み干す。
そんな飲み方して大丈夫なのか・・・とサクヤを見ていたら、トントンと肩を叩かれた。サラだ。
「ハルさん、ハルさん、今のがサクヤさんが本当に嬉しい時にする反応です。あんな感じにちょっと頬を染めて、口数が少なくなるんですよ?」
なるほど。そうなのか、覚えておこう。
「ちょ、ちょっとサラ!なにを言ってるんですか!ハルさん、違いますよ!違いますからね!!!」
「ああやって慌ててるのが何よりの証拠です。」
「なんか可愛いな。」
「ち、違います!違うの!!!も、もう知りません!知らない!!!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶサクヤ。そして酒を手当たり次第に飲み始めた。
「さて、サクヤさんを肴に私達も飲みましょう。ハルさん、どうぞ。」
今度はサラがお酌してくれた。しかし言ってる事が酷いな。まああのサクヤを眺めながら飲む酒も悪くはないが。
「ありがと。しかし本当にいいのか、こんな良い酒。」
「はい。」
サラはそう言って、俺が持っていたグラスに彼女のグラスを軽く打ち付ける。
――チン
そして真面目な顔で・・・
「ハルさん、改めてお礼をいいます。ありがとうございます。私達の為に泣いてくれて、怒ってくれて。本当に嬉しかったです。色々辛い事はありました。差別もされました。だからハルさんの言葉には本当に救われました。ハルさんはこれからも私達の可愛い弟です。何があっても守ります。いつでも頼ってくださいね。」
サラが最後に乾杯と呟く。
「うん、こちらこそ。乾杯。」
「わ、私も!ハルさん!乾杯!」
おお、サクヤが復活した。サラのスピーチが効いたらしい。ちょっとだけ涙目になってる。
「うん、乾杯。」
「乾杯・・・です!」
「ハルさん、私も!」
ユイカ達と一言二言交わし、楽しい晩酌が始まる・・・はずだった。
「ちょっと!!!何ハルさんと楽しそうに飲んでるのよ!!!」
「あんたら!!!うち抜きでなに勝手に宴会してるねん!!!」
「わらわを差し置いて晩酌とは許さんのじゃ!!!」
雰囲気をぶち壊すかのような怒号が胡蝶に響き渡る。何事かと思い吹き抜けになってる待合室の上を見上げると、俺の部屋がある5階からアマネ達が鬼のような形相でこっちを睨んでいた。あいつら目が血走ってる気がするんだが・・・
しかしアマネ達のコレにもすっかり慣れたものだ。前は鬱陶しかったけど、今ではコレがないとどこか物足りない。
「はぁ・・・五月蠅いのが来ましたね。」
「邪魔だから追い払ったのに、戻ってくるのが早い。」
「せっかくハルさんと楽しく飲んでたのに・・・」
「アマネ姐さん達・・・うるさい・・・です。」
あとサクヤ達のあの3人に対する扱いが最近酷い。遠慮がなくなったというか、なんというか。まあアマネ達の自業自得か。




